第13話 砕けぬ吊り飾り
「——ガンッ!」
レオンは両手を握りしめ、拳をテーブルに叩きつけた。
道具で、無理やりこじ開ける——それが、レオンの出した結論だった。
力任せにこじ開ける。とっくに思いついていた。方法とも呼べない、最後の手段だ。
やり方は単純。迷う必要もない。
だが——あれほど精巧で美しいペンダントが、二度と元の姿に戻れなくなると思うと、胸の奥がずきりと痛んだ。他に手段があるなら、こんな乱暴な真似は絶対にしたくない。
誰かに頼めば、開けられるかもしれない。だがレオンは、いつの間にかこのペンダントを——母が遺してくれたたった一つの形見を、自分だけの宝物だと思うようになっていた。他人には、知られたくない。
それに、昨夜ペンダントは光った。あの淡く揺れる青い光は、断じて幻なんかじゃない。
ペンダントの中に、何かがある。
空っぽかもしれない。ただの殻かもしれない。
——それでも、賭けてみたい。
中身はきっと、ペンダントそのものより遥かに価値がある。そんな確信が、レオンの胸を焦がしていた。
考えれば考えるほど、もどかしさが募る。
この謎を解かないかぎり、夜も眠れやしない。
覚悟を決めたレオンは、こっそりと邸の物置に忍び込んだ。雑多な道具の山を漁り、手頃な重さの小さな鉄槌を一つ選び出すと、誰にも見られないよう自室に持ち帰った。
部屋に戻ると、隅に転がっていた半分に割れたレンガを引っ張り出し、床の比較的平らな場所に据える。その上にペンダントをそっと横たえた。
右手で鉄槌を持ち上げる。
槌の頭が、空中で一瞬だけ止まった。
——迷いを振り切るように、振り下ろす。六角柱の最も突き出た面を狙って。
「コンッ」
中身を壊すわけにはいかない。最初の一撃は軽く当てるだけ——硬さを確かめるための一打だ。
傷一つない。ヒビすら入っていない。
レオンは少し安堵した。もう少し力を入れても大丈夫そうだ。
「コンッ」——五分の力。
「ガンッ」——七分の力。
「ガンッ!」——全力。
「ガァンッ!」——ありったけ。
振りかぶる腕はどんどん大きくなり、槌が落ちる速度も一打ごとに増していく。最後の一撃では、ペンダントの半分がレンガにめり込んだ。
——なのに。
ペンダントは、完全な形を保っていた。砕ける気配など、微塵もない。
レオンは呆然とした。
信じられない思いで、槌が当たった箇所を指先でなぞる。打痕は——ない。青い表面は変わらず滑らかで、美しく輝いている。まるで何もされていないかのように。
予想を、完全に超えていた。
この瞬間、レオンは確信した。
このペンダントは、ただの装飾品じゃない。母が何気なく遺したものなんかじゃ、断じてない。この中には——十中八九、途方もない秘密が封じられている。
今は開けられない。ならばせめて、守らなければ。
誰にも見つからないように。
レオンは深く息を吐き、決断を下した。
ペンダントを隠す。自分だけが知っている場所に。
周囲を見回す。誰もいない。
ペンダントを首にかけ直し、服の内側に滑り込ませた。これなら、そう簡単に人目には触れないだろう。
ようやく、胸の内が落ち着いた。もう不意の事故でペンダントが見つかる心配はない。
レオンはこっそり鉄槌を物置に戻し、何食わぬ顔で邸内を歩いた。誰も自分の行動に気づいていないことを確かめてから、部屋に戻った。
◇
夕暮れ時。
専属メイドのローシーが、夕食を部屋まで運んできた。レオンの手が怪我をしていることを知っているから、自分が付き添って一緒に食べるつもりらしい。
ローシーは不器用に椅子を並べたり、テーブルの位置を直したりして、ずいぶんと手間取っている。レオンは少しおかしかったが、それ以上に——胸の奥がじんわりと温かくなった。
二人がテーブルにつくと、邸内のとりとめのない話をしながら食事を始めた。
しばらくして、ローシーがふと箸を止めた。何か言いたげに口を開きかけ、また閉じる。それを二度ほど繰り返してから、意を決したように切り出した。
「あの……坊ちゃま、今日……大丈夫、ですか?」
その声は小さかった。だが、その一言に込められた心配は、痛いほど伝わってくる。
鑑定の結果のことだけを言っているのではない。ローシーの目が泳いでいる。彼女はきっと、もう一つのことも耳にしたのだろう。
——リゼロッテとの婚約が、破棄されたことを。
鑑定の結果が出た直後、リゼロッテ家から正式な通達が届いた。「魔力値3の者に、我が家の令嬢を嫁がせるわけにはいかない」——体裁を取り繕いすらしない、露骨な切り捨て。
レオンは、その話題には触れなかった。
「ああ、大丈夫だよ」
軽く笑って、それだけ答えた。
ローシーはじっとレオンの顔を見つめていた。嘘だと分かっているのだろう。だが、それ以上は追及しなかった。代わりに、少しだけ声を強めて言った。
「坊ちゃま、あの人たちは本当にひどいです! エイドリアン様たちは皆の前で堂々と嘲笑うし、他の方々は知らん顔で……冷たい目で見てるだけで……!」
その憤りは、紛れもなく本物だった。ただのメイドでありながら、心の底からレオンのために怒っている。話題を変えたのは、レオンが触れたくない部分を察したからだろう。不器用だが、優しい子だ。
「ローシー——君がそばにいてくれるだけで、俺は十分だよ」
レオンは苦笑して言った。本心だった。
ローシーは頬をぷくっと膨らませたが、目の縁がわずかに赤くなっていた。それ以上は何も言わなかった。
食事を終えると、ローシーは手早く食器を片づけ、部屋を出ていった。去り際に振り返り、「早く休んでくださいね、手の傷、ちゃんと養生しないとダメですよ」と念を押すのも忘れない。
だが扉が閉まる直前、彼女は小さく付け加えた。
「……坊ちゃまは、坊ちゃまですから」
扉が静かに閉じた。
レオンは扉の前に立ち、彼女の後ろ姿が廊下の向こうに消えるのを見届けてから、急いで部屋に戻った。
扉を閉める。窓も閉める。換気用の天窓だけを残して。
そして懐からペンダントを取り出し、再び研究を始めた。
◇
しばらく弄り回してみたが、手がかりらしい手がかりは何も見つからなかった。
レオンは小さく息を吐いた。
——焦っても仕方がない。
叩いても壊れない。開け方も分からない。ならば今は、下手に弄り続けるより一旦引くべきだ。前世のエンジニア時代に嫌というほど学んだ。手詰まりの時に無理を重ねても、ろくな結果にはならない。
それに、手の怪我もある。今日はもう休んだ方がいい。
ペンダントを握りしめたまま、ベッドの縁にもたれかかる。目を閉じるつもりはなかったが——疲労が思った以上に深かったのだろう。いつの間にか、意識が薄れていった。
どれくらい経っただろう。
ぐっすり眠っていたレオンの意識を、手のひらに広がる温もりがそっと揺り起こした。
びくっ、と体が震える。
重い瞼を無理やりこじ開け、自分の手元を見た。
——次の瞬間、レオンは跳ね起きていた。
口が大きく開く。息が荒くなる。眠気なんて、一瞬で吹き飛んだ。
目の前の光景に、心臓が鷲掴みにされた。
肉眼ではっきりと見える——青い光の糸が、部屋でただ一つ開いている天窓から、まるで天から降り注ぐように流れ込んでくる。その全てが、手の中のペンダントに吸い寄せられていた。
米粒ほどの青い光点が無数に集まり、ペンダント全体を薄い青の光で包み込んでいる。
その光は、とても柔らかかった。眩しさは全くない。そしてあの温もりは——この淡い光そのものから伝わってきているのだ。
レオンは生唾を飲み込み、ようやく我に返った。
だが、火傷したように投げ捨てたりはしない。逆にしっかりと握りしめ、慎重に周囲を見回した。
しばらく警戒しながら観察する。危険な気配は——ない。少しだけ、肩の力が抜けた。
青い光に包まれたペンダントは、格別に美しかった。どこか神秘的な色彩を帯びて、見る者の目を奪う。
レオンは少し躊躇ってから、指先でそっとペンダント表面の光点に触れてみた。何も起こらない。異常な反応はなし。
慎重にペンダントをテーブルの上に置き、自分はその傍にうつ伏せになった。興奮で胸が高鳴る中、この見たこともない光景を食い入るように観察し始めた。
瞬きすら惜しかった。
一刻以上——じっと集中して見つめ続けて、ようやくいくつかのことに気づいた。
ペンダントは、表面を通じて周囲に漂う青い光点を絶え間なく取り込んでいる。
——いや、違う。「吸収」じゃない。
光点のほうが、必死にペンダントの中へ入ろうとしているのだ。一つ一つが先を争い、押し合い、まるで——意志を持った生き物のように。
レオンは好奇心に駆られ、指先でその中の一粒にそっと触れた。
温かい。——それだけだ。それ以外には、何も特別なところはない。
顔を上げて、天窓を見る。
青い光の糸は、途切れることなく降り注いでいた。止まる気配は、まるでない。
閉ざされた扉と窓を見る。そして、唯一開いている天窓を見上げる。
——ここじゃ、足りない。
レオンは閃いた。扉をそっと押し開け、首だけ伸ばして外を窺う。
深夜だった。虫の声だけが静寂を縫い、周囲には人の気配は一切ない。
よし。
頭を引っ込め、振り返ってペンダントをひっつかむと、慎重に懐に仕舞い込んだ。そして——駆け出した。
後庭の、人気のない広い場所まで一気に走り抜け、ようやく足を止めた。
周囲を見渡す。本当に、誰もいない。
慎重にペンダントを取り出し、そっと——夜空に掲げた。
懐に入れていた間に、ペンダントの周りの光点は跡形もなく消えていた。
だがレオンは焦らない。
予想通りだった。
しばらくすると——部屋の中とは比べものにならないほどの光の糸が、四方八方の夜空から集まってきた。
数え切れない青い光点が、密集してペンダントの周りに現れる。どんどん膨らみ、やがて——洗面器ほどの大きさの、巨大な光の球を形成した。
レオンは、息を呑んだ。
夜空の下。
青い光の球が、彼の手の中で静かに脈動している。
まるで——生きているかのように。




