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錬金系の落ちこぼれ四男、辺境領主として無双する  作者: 穏やかな旅人


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第98話 地脈共鳴器


エーテル結晶は、ヴァルトシュタイン伯爵家が独占的に採掘権を持つ鉱物で、サーキットの強化に絶大な効果がある。年数によって品質が異なり、五年物のエーテル結晶一個で金貨五十枚。十年、二十年物ともなれば、その数倍から数十倍にまで跳ね上がる。


「ディートリヒ様についていきます!」


「俺たちもです!」


ディートリヒは周囲を見回し、人数を数えた。「二十人か。もう少し集めたいな」


最近、王都アルテリアから半日ほどの距離にある森の奥で、古い都市の遺跡が発見された。暗黒時代以前——おそらく旧帝国時代のものだろうと言われている。すでに何組かの探索隊が入ったが、目立った成果は上がっていない。ディートリヒもまた、仲間を集めて探索に向かうつもりだった。


◆◇◆


学院の図書館の一角で、レオンはその光景を遠目に見ていた。


隣にはオースティンとローシーがいた。ローシーは星苔の抽出作業で手が荒れており、指先に薬草の匂いが染みついていた。


「あのエーテル結晶があれば、オースティン兄さんのサーキット強化が一気に進むんだけどな」レオンが呟いた。だがエーテル結晶は、今の彼らに手が出る代物ではなかった。


金さえあれば、珍しい薬草も高純度の触媒も手に入る。セレーネの治療も、自分の傷の回復も、格段に早くなる。


だがレオンの意識は、金のことにはなかった。別のことを考えていた。


◆◇◆


あの遺跡——。


『小僧、あの連中が騒いでおる遺跡のことだが』


オグリの声が、胸元のペンダントから響いた。


『儂にも少し心当たりがある。あの方角にあるとすれば、旧帝国の辺境開拓拠点だった可能性が高い。もしそうなら——中に一つ、非常に価値のあるものが眠っているかもしれん』


(何だ)


『テラフォーマー——地脈共鳴器だ』


レオンの指が止まった。


『旧帝国時代、帝国が版図を広げる時に使った魔法道具だ。地面に設置すれば地下のマナラインと共鳴し、荒れ地の魔力循環を活性化させる。数ヶ月で不毛の土地が肥沃な農地に変わり、同時に弱い魔力の防護圏を形成して低級魔獣を寄せつけなくなる。——旧帝国が短期間で版図を数倍に広げられたのは、この道具のおかげだった』


(……辺境開拓用の道具か)


レオンの脳裏に、成年礼の後のことがよぎった。セレリック侯爵家の四男。魔法の才能がないと思われていた少年に、まともな領地が与えられるはずがない。おそらく辺境の荒れ地を押しつけられるだろう。——だが、もしテラフォーマーがあれば。


『普通の探索者はあれを見ても、ただの古い石板だと思って見過ごす。紋様が刻まれた平たい石だ。装飾品か祭祀用具に見える。だが儂にはわかる。あの紋様の意味が』


(……つまり、他の連中が見向きもしないものを、俺だけが価値を知っている)


『そういうことだ。——ただし、遺跡に入るには戦力がいる。お前一人では危険だ』


◆◇◆


レオンは立ち上がり、ディートリヒの集団のほうへ歩いていった。


「俺もその探索に加わりたい」


周囲の視線が一斉に集まった。


ディートリヒが顔を上げ、レオンを値踏みするように見た。


「お前は? 何の用だ」


取り巻きの一人が鼻で笑った。


「おい、こいつセレリック家の四男だろ。『デキソコナイ』の」


「二つ星にも届いてないガキが何しに来たんだよ。帰れ帰れ」


レオンは取り巻きの声を完全に無視した。ディートリヒだけを見ていた。


「あの遺跡に行くんだろう。アルトハイム遺跡——旧帝国時代の辺境拠点だ」


ディートリヒの目が僅かに細くなった。遺跡の正式名称は、まだ一般には知られていない。彼が独自の情報源から得た名前だった。


「……なぜその名を知っている」


◆◇◆


「それと、あの遺跡の年代も特定できる」


レオンは構わず続けた。


「アルトハイムの建築様式は、方形の城壁に円蓋の塔を配置する旧帝国後期の典型だ。だが城壁の基部に使われている石材が、本国で一般的な玄武岩ではなく、辺境でしか採れない灰白色の霊石グラウシュタインだ——これは旧帝国の辺境拠点に特有の特徴で、本国の都市では使われない。つまりアルトハイムは旧帝国の正規の都市ではなく、辺境開拓のための前線基地だった」


取り巻きたちは互いに顔を見合わせた。内容はよくわからないが、何やらとんでもないことを言っているらしい——という程度の理解だった。


レオンは止まらなかった。


「辺境拠点ということは、内部の構造は本国の都市とは全く異なる。普通の遺跡探索の手法で入っても、主要な施設にはたどり着けない。辺境拠点には必ず地下に補給庫と指揮所がある。入口は城壁の内側ではなく、外周の排水溝から繋がっている」


ディートリヒの指が、テーブルの上で止まった。


——彼の手元には、入手した遺跡の地図があった。だがその地図は不完全で、地下構造の情報が欠けていた。


(……こいつ、その欠けた部分を知っているのか?)


◆◇◆


「なるほどな」ディートリヒが立ち上がった。「博識じゃないか。——俺の下につけ。資源は保証してやる」


レオンは薄く笑った。


「下につくつもりはない。今回は協力だ。お互いに得のある取引をしよう。遺跡の構造は俺が案内する。見つけた宝物のうち、一つだけ俺が先に選ぶ。残りは全部あんたたちのものだ」


「先に選ぶ?」取り巻きが声を荒げた。「何様のつもりだ」


「二つ星にも届かないガキが、ディートリヒ様と取引? 身の程を知れよ」


ディートリヒはレオンを見つめた。この少年の目には、実力に不釣り合いな——いや、何かに裏打ちされた、奇妙な自信がある。


「俺を連れて行けば、必ず成果が出る」


レオンは断言した。地脈共鳴器テラフォーマーの正確な場所を知っているのは、この世界で自分とオグリだけだ。だからこの自信は、ハッタリではない。


ディートリヒは数秒間沈黙した。手元の不完全な地図のことが頭をよぎった。


「……いいだろう」


「ディートリヒ様!?」取り巻きが驚いた。


「三日後、夜明け前。東門の外で集合だ。遅れたら置いていく」


ディートリヒはレオンの背中を見送りながら、唇の端を吊り上げた。


「——面白い奴だ」


◆◇◆


「遺跡探索か。準備しなきゃいけないことが多いな」


レオンは図書館を出て、回廊を歩きながら呟いた。


『小僧、お前の実力であの遺跡に入るのは危険だぞ。低級魔獣程度ならともかく、旧帝国の拠点には防衛機構が残っている可能性がある』


(わかっている。だからこそ準備だ。三日あれば、星素から回復薬剤を何本か作れる。セレーネの治療用とは別に、自分の分と遺跡で使う分を確保する)


『それだけか?』


(……それと、ディートリヒを信用しすぎないこと)


『当然だ。あの男はセレーネの伯爵位を狙っておる。お前がセレーネの治療に関わっていることを知れば——利用するか、排除するか、どちらかだろう』


(わかっている。今は、あの男の戦力と人手が要る。テラフォーマーを手に入れるまでの話だ)


『一時的な協力ほど危ういものはないがな。——まあいい。お前の判断だ。だが遺跡の中では常に退路を確保しておけ。あの男の背中を信じるな』


レオンは黙って頷いた。


◆◇◆


時間は午後に移った。


王都アルテリア、錬金術師協会。


協会の実務を取り仕切っているのは、マルガレーテ・ヴィントという名の女性だった。まだ二十六歳という若さで、理事の座に就いている。


マルガレーテは銀級の錬金術師だ。腕前だけなら飛び抜けて優れているわけではないが、薬剤の精製と配合に関する知見は、協会の古株たちですら一目置くほどだった。


見目も美しい女性だった。彼女が理事に就任した当初、協会の連中は「顔で上り詰めた女」と陰口を叩いた。だがマルガレーテが次々と成果を出すにつれて、その声は徐々に消えていった。——完全には消えなかったが。


いつものように、マルガレーテは協会の投書箱に届いた手紙を仕分けていた。錬金術師たちが自分の研究成果や新しい配合法を投稿してくる。協会はそれを査読し、有用なものは冊子にまとめて全会員に配布する。


もっとも、上古の錬金術の文献がほぼ失われた現在、投稿される内容の大半は既知の焼き直しか、見当外れの仮説ばかりだった。錬金術師という職業自体が、王都では中途半端な立場に置かれている。精製できる薬剤の効果が限られているため、医師や薬師の下位互換のように扱われることも少なくなかった。


マルガレーテの指が封筒を一通一通開けていく。——求愛の手紙が三通。ため息とともに脇へ除ける。読む価値のない論考が五通。流し読みして積み上げる。


やがて、一通の手紙に目が止まった。


◆◇◆


「『星苔シュテルンモースの錬金術的応用に関する論考』……?」


マルガレーテは眉をひそめた。


星苔。あの、庭の飾りにしか使えない光る苔に、錬金術的な応用があるというのか。


読み進めた。紙面には、びっしりと書き込まれていた。


——星苔をエーテル精製水で特定温度にて煮出すと、星素シュテルンエッセンツが抽出できる。


——星素を回復薬剤の精製過程で触媒として添加すると、有効成分の純度が十倍以上に向上する。


——星素とルナリア・ブルームを組み合わせることで、ナイトエーテル沈着症に対する特効薬剤が調合可能。


——星素を含む溶液で銀器を洗浄すると、魔力伝導率が三割向上する。


全部で六十以上の応用法が列挙されていた。そのうち半数近くは、もし事実なら錬金術師協会の常識を根底から覆すものだった。


◆◇◆


マルガレーテは鼻で笑った。


「私の名前を使って星苔の価格を吊り上げようってわけ。——ずいぶんと手の込んだ話ね。この人は間違いなく詐欺師だわ」


手紙を脇に放った。たかが星苔にこれほどの効能があるはずがない。


他の手紙に目を通し始めた。だが——しばらくして、手が止まった。


視線が、先ほど放った手紙に戻っていた。


(……万が一、本当だったとしたら)


星苔の効能が事実なら、錬金術師協会にとって途方もない発見だ。今まで限定的な効果しか出せなかった薬剤が、星素一つで飛躍的に改善される。協会の地位そのものが変わる。


(……いえ、騙されてはいけない。だけど——)


マルガレーテは唇を噛んだ。知的好奇心が、疑念を押しのけ始めていた。


「……試すだけ試してみましょうか。——おい、星苔を持ってきなさい」


助手が走っていった。しばらくして戻ってきた。


「マルガレーテ理事、申し訳ありません。協会の在庫には星苔が二ポンドしか残っておりません」


「二ポンド? なぜそんなに少ないの」


「それが——ここ数日で、王都中の星苔が大量に買い占められたようでして。どの薬材店にも在庫がないと……」


マルガレーテの目が鋭くなった。


星苔の効能を説く論考が届いたのと、王都中の星苔が買い占められたのが、ほぼ同時期。——偶然とは思えなかった。


(……この論考を送ってきた人物が、先に星苔を買い占めた。そして今、協会に論考を送ることで星苔の価値を公に認めさせようとしている。——価格を跳ね上げるために)


マルガレーテは商売の仕組みを瞬時に見抜いた。だが同時に、もう一つの考えが頭をもたげた。


(……でも、もし本当に効果があるなら——買い占めた側が正しいのよ。価値のあるものを、誰よりも先に押さえた。それだけのこと)


「二ポンドでいいわ。持ってきなさい」


マルガレーテは手紙を拾い上げ、もう一度最初から読み始めた。


◆◇◆


回復薬剤の標準的な精製手順は、王都で数百年前から伝わるものだ。配合を勝手に変えることは、錬金術師の間では禁忌とされていた。材料が高価であるため、失敗すれば大損になる。誰もわざわざ危険を冒して、検証されていない成分を加えようとはしない。


だがマルガレーテは理事だった。協会の材料を使う権限がある。そして何より——知的好奇心に嘘をつけない性分だった。


「……まずは回復薬剤に星苔の抽出液を加えてみるわ」


助手が不安そうな顔をした。「理事、本当によろしいのですか。もし失敗したら——」


「失敗したら、私が責任を取る。それだけよ」


マルガレーテは星苔を手に取った。論考に書かれていた通りの温度と手順で、エーテル精製水に浸した。


淡い緑色の苔が、水の中で仄かに輝き始めた。


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