落ちるには低すぎて、登るには高すぎた5
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「今日はライトニングワイバーンのジャンパー着てないんだ」
翌日、赤髪少女――、御堂椿は俺の顔を見るなり不満そうな顔をした。オッサンのファッションセンスに対して一家言あるようだが、無視する。
髭を剃ってボサボサの頭をなんとか人前に出るに耐える状態までした段階で、俺の身だしなみに対する気遣いは使い果たしている。
アウターのセンスにまで気を使っていられない。
「テトラコードの監督兼戦術担当として席に着くんだろ? 他チームのジャンパー着て座るわけにはいかないだろ」
それはそれとして、真っ当な理由をでっち上げる。
本音を言えば、どんな理由であれ、逃げ出した俺がダンジョンアタックの試合に出るのにライトニングワイバーンのジャンパーを着るなんて許されるわけがないからだ。
元チームメイト達なら笑って許してくれそうだが、自分が許せない。
嗚呼、駄目だ。まだ負える責任があるのだと、幻覚を見ている。
俺は出そうになる溜息を、苦笑で隠して肩を竦めた。
「そう……そういう理由なら良いわ」
御堂の謎の許可を頂いてマンションに入る。
俺と御堂が最後だったようで、中には全員が揃っていた。
青髪オレ少女の堺凛堂、黒髪ご実家ヤバそうガールの四ツ橋牡丹、銀髪サイコパス少女の谷町桔梗。
各々が好き勝手にくつろいでいる。練習試合とは言え、昇格リーグが始まる前の大事な時期だ。それなのに緊張が見えないのは良い事だが、監督としては自信過剰の油断では無いことを祈るばかりだ。
あーいやいや。何を真面目に分析しようとしているのか? 俺はお飾りである。
「リーダー、わざわざそんなお飾り迎えに行かなくても」
黒髪、四ツ橋が蔑んだ目で俺を見てくる。成る程、御堂は俺をわざわざ下で待っていてくれたのか。オートロックのマンションに招き入れる為の手間を惜しんだだけかもしれないが。
それでも気遣いは嬉しい。
「コンビニに行くついでだっただけよ」
そう言って御堂はプラケースに入ったキャンディーの箱を振るが、それでも俺は嬉しい。オッサンってチョロい。
「先程の私たちを見るような、嫌らしい目で見られませんでしたか?」
継いで四ツ橋が冤罪を吹っかけてくる。
おいおい、わざわざマンションの外まで迎えに来てくれるような心優しい少女だぞ? お前のそんな甘言に惑わされるわけないだろ。
と思ったら御堂がドン引きした顔で俺を見ていた。
「まて! そんな目で見てない! 誤解を招く言い方をするな!」
慌てて釈明するが返ってきたのは。
「見てたのは本当なんだ」
という冷たい一言で泣きそうになる。
「緊張してたようですので、冗談ですよ」
四ツ橋のクッソ良い笑顔に、お前絶対それ嘘だろと思いながら。彼女の実家が怖そうなので愛想笑いで顔面を防御する。
「つまらない人」
という言葉は聞かなかった事にした。
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ダンジョンアタック競技で練習試合。
日本に住んでいると感覚が麻痺してしまうが、これは相当に贅沢な話だ。
殆どの国、というか日本以外の国ではダンジョンが都合よく空いている、などという時間は無い。
ダンジョンの平和利用、ダンジョンアタックのスポーツ化等というお題目を掲げてしまった以上。ダンジョンから物を持ち出すには競技の結果でならなければならない。
この馬鹿げたルールを国際法で決めているのだから、当時のダンジョンが原因で今にも戦争が起きそうだった空気感のヤバさが分かる。
つまりは通常、ダンジョンをフル稼働させる為に毎日ダンジョンアタック競技が開催されている。ミッチリと。
下位リーグ、上位リーグで潜れる階層が分けられているのも、効率化の一環だ。
しかし、日本では事情が大きく異なる。ダンジョンの数が他国と比較にならないくらいに多いからだ。他国からしたら意味が分からないだろうが、四部リーグが高校生の部活動や大学のサークル活動にまで門戸が開かれているのはそういう理由だ。
そうでもしなければ、ダンジョンが遊んでしまうのだ。
まあ流石に大阪や東京などの、人口が集中している都市部のダンジョンはそれ相応に混むが。それでも運が良ければ次の日に〝練習試合〟が組めたりする。
というわけで、急いで練習試合をセッティングした場合、こういう事が起きたりする。
俺は、堂々とアイ・キャント・スピーク・ジャパニーズと宣言した白人男性を前に固まる御堂を見て、仕方ないと前に出る。
日本ではダンジョンアタック競技者の数が足りない、海外ではダンジョンが足りない。
ここに需要と供給の美しきコラボレーションが発生した。
自国のリーグで少ない出場機会を奪い合うぐらいなら、日本に行って経験を積んだ方が強くなれる。というのは、今やダンジョンアタック競技の世界では常識だ。
そのためこういう事故が起きる。
俺は御堂の代わりに、相手チームの監督と話をする。内容は単純に挨拶とルールの確認だ。ついでに雑談がてら相手のチームを探る。
なるほどアメリカの二部リーグ所属チームの育成チームか。日本と同じく国内に多くのダンジョンを抱えるアメリカだが、それでも数は足りない。
アメリカ出身の育成選手が日本で、というのは良くある話だ。おそらく実力も高い。
俺はお互いの健闘を祈る言葉を交わして振り返る。
赤髪の頭頂部が目に入る。
なんだ? お飾りの監督がしゃしゃり出てきてお怒りか?
「ありがとう」
少しオッサンの過剰な被害妄想が出ていたのかもしれない。素直な感謝の言葉に俺は肩を竦める。
「お飾りとは言え監督だからな」
言外に余計な事はしないよー、と宣言する。
返ってきたのは、熱を帯びた赤い瞳だった。色っぽい理由の熱って意味じゃない。
こっちを焼き殺しそうなって意味での熱だ。
「そうね、指揮は私がするから。黙って座ってて」
そんな怖い顔して言わなくても重々承知しているよ、そう言おうとした時には御堂は立ち去ってしまっており。
俺は自分が、指揮を取るつもりなんてない、と即答できなかった事に驚いていた。
また胸の奥が疼く。彼女を殺しておいて迷宮に戻ってきている自分が、酷い卑怯者であるような気がしてくる。
最低だと、自分を罵る楽だけは出来ない。
スキットを求めようとする手を無視して自チームブースまで歩く。
戦術担当の椅子に座る。大丈夫何も感じない。
俺は平静だ、自分を責めてもいないし、喜んでもいない。
ちょっと熱にあてられただけだ。スキットの代わりに握った肘掛けの感触は酷く懐かしい。大丈夫、俺は深呼吸する。
どうにか形を保っている灰の塊が、ボロボロと崩れる音を立てた気がした。




