勝利と言うには苦く、敗北と言うには楽しみ過ぎた3
通常、四肢から離れた身体部位はダンジョンでは直ぐに消える。リアルに寄ったせいで残っていたのか。
彩芽の頭が蹴り上げられた腕に向くのが分かった。
――再び撒き散らされる火花。
「囮に引っかかったのはブラフだったの!?」
珍しく御堂が悪態を付き、それは彼女の余裕のなさの現れだった。
お嬢様ペアの方に頭を向ける、蹴り上げられた腕に気を取られる。それら全てが彩芽のブラフだったのだ。
ひときわ高く鳴り響く金属音、御堂が大きく体勢を崩し、必死の形相で地面を転がる。
その手には剣が無かった。
「流石にちょっとマズいわ」
ボヤくように呟く御堂に、勝ち筋しか示せない自分を恨む。
「あと五秒持たせろ!」
言いながらそれがどれほど難しいかと想像しかできない自分が情けない。
「無茶を言ってくれるわ戦術担当」
それでも俺は、御堂なら出来ると信じる。
俺の感覚は、この勝ち筋なら御堂が完遂できる、そうと信じているからだ。
祈りと信じるは似ているようで、全然違う。
出来ると思うから、信じられるのだ。
「椿ちゃん!」
そして、偶には信じた事に対して、幸運というオマケが付く事がある。
とうに退避したと思った金髪ドリルヘアお嬢様、車電阪京が自分の剣を投げる。
マナテック社のハイエンドモデル直剣、娘の刃、の意味分からんダウングレード特注品、ちょっとマナテック社の社長さん娘さんを溺愛しすぎじゃないですかね?
マナテック社の社長、その娘への重たい愛が詰まった剣は、これまた御堂に重たい感情を向ける娘によって。ドンピシャ、これ以上ない完璧なタイミングと軌道で、彩芽の妨害すらすり抜けて御堂の手に収まる。
「ありがとう! 京ちゃん!」
ぎゃああああ! 再びお嬢様の汚い叫び声が大部屋に鳴り響く。
「何やってんしゃ! お嬢! ここにいたら邪魔になるっしゃ!」
ヤンキータンク君が車電阪選手を担いで離脱する。
「部外者がいたら《《連携》》の邪魔っしゃ!」
その通りだヤンキータンクの森小路くん。
お嬢様から受け取った剣で、戦術担当が求めた五秒を稼ぎきった御堂。
「御堂、二歩バック。のち視界を守れ」
瞬時にバックステップする御堂。
虚をつかれたのか反応が一瞬遅れる彩芽。
そうだったな、彩芽は楽しく戦っている時に相手が急に退くと、いつも残念そうな顔をして一瞬反応が遅れたよな。
嗚呼、懐かしい。やっぱり君は君だ。
「四ツ橋やれ」
俺の声というより、合図のビープ音で四ツ橋が指示した通りに魔法を放つ。
咄嗟に魔法を弾こうと身構える彩芽。
残念、彩芽。この状況で俺がお前にパリィさせるわけがないだろ。
普段はしない、プレイヤーに使う魔法の種類まで指定する戦術指示。
四ツ橋に使わせたのは、ファイヤーボール。びっくりするぐらいに分かりやすい名前の魔法だ。《《そして》》谷町に使わせたのはウォーターボール。対人戦闘では嫌がらせにしかならない素敵な魔法だ。
御堂の気を散らさないようにと、左手デバイスを酷使しまくって文字情報で送った戦術指示。『彩芽の背後1.5メートルの所で魔法をぶつけて水蒸気爆発を起こせ』
四ツ橋から返ってきた「馬鹿、アホ、無茶言うな! 死ね、このたこ焼きにオシャンティーさ出そうとする中年! 終わったらビーフシチューをもう一回作れ!」というメッセージが超怖い。
これでビーフシチューを作らなかったらマジで四ツ橋さん家案件にされそう。
時折、通常の試合でも偶然おこる魔法の衝突による特殊効果。
遠距離アタッカーでマジックユーザーが複数いる事が稀なので、狙ってこれをやったのは日本では俺たちが初かもしれない。
自分から大きく外れる魔法に、興味をなくした彩芽が再び御堂に襲いかかろうとした瞬間、四ツ橋と谷町はそれを成功させた。
水蒸気爆発、と勝手に呼んでいるが。魔法と魔法がぶつかる事によって発生する特殊効果なので、現実の水蒸気爆発とは異なる。
爆発が起きる所までは同じだが、ファイヤーボールとウォータボールがぶつかる事によって起きる水蒸気爆発は、大量の蒸気を発生させる。
背中から爆風で押され、体勢を崩す彩芽。大部屋の大半が濃い霧のような蒸気で満たされる。
「蒸すなぁ!」
堺の言葉に、機会があったら奇襲の時に声を出すなと教えようと心のメモに書き残す。
ほぼ完璧なタイミング、完璧な角度の堺の奇襲は、声に出すという一つでその連打を全てバックラーで受け止められてしまう。
貴方は目がイッパイあるからね、プレイヤーの私も目をいっぱい付けようと思うの。
彩芽が冗談めかして言っていた事を思い出す。マジで付ける奴があるか、凄いぞ彩芽。
堺が「かってぇ!」とボヤきながらサイドステップで蒸気の中に消え、俺のピンを頼りに御堂の横に付く。
見えない蒸気の中で野生の勘だけに頼った感じのする見事な動きだ。
魔法の衝突によって発生した蒸気も、魔法の効果の一つなので時間経過で物理法則に関係なく消える。
晴れる視界、四対一。
如何に相手が一部リーグのトッププレイヤーであっても後三分稼ぐだけなら余裕だ。
なんせウチの子たちは天才ですから。いや三分って長いな!
「皆ありがとう」
二方向から囲まれて、膠着状態が発生した所で御堂が言う。
「リーダーが一人でリーダーしてましたからね」
「美味しい所を残しておいてくれてるじゃーん」
「監督の女を処す処す」
ヨシ、いつものテトラコードだな。
現場猫も真っ青なヨシ案件だが、仕様がない。これが我がチームだ。
負ける気がしない。残り二分。このまま睨み合いで良い。
「戦術担当」
不意に御堂が俺に話しかけてきた。その声音に御堂らしからぬ迷いがあって驚く。
「勝利条件は変わらない?」
何を言い出すのかと思ったら、御堂が良く分からない事を言い出した。




