勝利と言うには苦く、敗北と言うには楽しみ過ぎた2
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突然動きだした彩芽に全員がギョッとする。
生えた腕を抱えて身を固まらせるマナトーカーの遠距離アタッカー。
御堂の背中とゆっくりと動き出した彩芽との間で、顔を左右に振っているヒーラー。
御堂たちから離れるでもなく、近づくでもなく、上半身を揺らす彩芽。
その動き、そして御堂のボディカムが拾った彼女の声に、俺は唖然と呟いた。意識しての事ではなかった。
「やっぱり彩芽だ、間違いない」
ユラユラと上半身を揺らしながら歌う下手くそな歌。
メロディは阪神タイガースの応援歌の丸パクリ、彩芽自作のライトニングワイバーンの応援歌だ。
試合開始前、ダンジョンの入口に出る前にする彼女のルーティーン。おそらく配信でも一度として流れた事はないんじゃないだろうか?
殺意丸出しだった、らしからぬ彩芽の瞳に。日常と暴力が同居しているような怪しい光が戻る。
いや、マズい。ビックリするぐらいにマズい。
これは彼女がダンジョンアタックに挑む時のルーティーンだ。
「気をつけろ御堂。来るぞ」
ダンジョンから強制退場されるまであと5分ほど。
恐怖に固まって、明らかに動けない馬鹿だけでも、トドメをさして強制退場させておくべきだった。いや駄目だ、現状でどうなるか分からないのにそんな事できない。
彩芽を刺激しないようにと、睨み合いを選んだ結果だが、御堂に要らぬ負担をかける事となってしまった。
「後ろの二人。彼女が動き出したらルートに従って全力で逃げなさい。この部屋を出るまでは私が安全を保証するわ」
恥じ入るだけの羞恥心があるのか、ヒーラーが悔しそうな顔で頼むと呟く。
「馬鹿言ってんじゃねぇ! お前も逃げろ! こんな馬鹿げた状態に付き合って何になるんだよ!」
そして遠距離アタッカーが叫ぶ。これはこれで筋が通っているし、真っ当だな。
そうは思うが俺は御堂の戦術担当だ。
彼女の勝利を最優先させる。
「そちらのタイミングは三国監督に任せます。俺は自チームの指揮に集中します」
そしてダンマリになってしまっているジャッジにも報告する。大人だからね。
「ジャッジ、この状況で強制退場がどうなるか分かりませんが。謎の……謎のイレギュラーに殺さえてどうなるかを試すよりかはマシでしょう。テトラコードは時間を稼ぎます」
「分かりました。その……どう言えば適切か分かりませんが、よろしくお願い致します」
オーケー。これで大人としては筋を通した。
あとは意味わからない状態で、勝つだけだ。
「御堂、確認だ」
「何かしら?」
「お前の勝利条件はなんだ?」
俺の問いに御堂が短い笑い声を上げる。
「貴方は本当に負けず嫌いなのね」
まあ戦術担当だからな。
「当然だけど勝利条件は一つよ、生きてダンジョンから出る。それが私のたった一つの勝利条件よ」
「了解した。任せろ、俺がお前達を必ず勝たせてやる」
俺の声が聞こえたわけではないだろうが、そう言ったのと同時に彩芽が動き出した。
良く見知った動き。足の運び。
だけど俺は何も言えない。戦術担当である俺にとって、彼女たちが生きている世界はあまりにも遠いからだ。
御堂の直剣と彩芽のククリナイフがぶつかり合っては撒き散らす火花が、辺り一面に舞う。下手な喩えだがド派手な線香花火のようだ。
目で追えない攻撃の応酬は、御堂が吹っ飛ばされる事で一旦終わる。
両腕をクロスさせた御堂が5,6メートル吹っ飛ばされてはそのまま転がり一瞬で立ち上がる。
バックラーで殴られたのか。
彩芽の近接戦闘での搦手の一つだ。御堂のヒットポイントを確認すると20%ぐらい減っている。
三国の言った通り、ダメージ計算がおかしい。
御堂が持っている防御力の数値で、殴られて5メートル吹っ飛ばされてヒットポイントが20%の減算で済むわけがないのだ。
逆に言うとヒットポイントが30%も残っているのに、腕が切断されたさっきの現象もおかしい。
ヒットポイントというルールは残っているが、細かい所でレギュレーションが変わっている。しかし出鱈目に変更されているとも思えない。
ダンジョンなんざ二度と信じる気にならないが、ダンジョンのルールそれ自体は信じている。
何が違う? 御堂とあのヘタレ遠距離アタッカーと。
「疑っていたわけじゃないけど本当に痛いのね。愉快だわ」
腕の痺れをとるようにプラプラとさせながら構えをとる御堂を見て、瞬間答えが分かった。
「御堂ルールが分かった。ダメージ計算が変更された、というかダメージ判定が変更された。今ダンジョンの中はより現実的だ」
ヒットポイントの取り扱いに関しては、ちょっと謎が残るが。おそらく現在のダンジョンのルールはより現実に寄った物となっている。
「つまり斬られたらヒットポイントとか、防御力関係なしで腕が飛ぶ、気をつけろ」
「わーいリアル大好き」
御堂が俺以外の全員がギョッとするような声で冗談を言い、上半身を大きく逸らす。
腕の痺れがまだ取れていないのだろう。
体捌きだけで彩芽の連撃をひたすら避ける御堂。
曲芸のようにもダンスのようにも見える、が俺は彼女の戦術担当である。
彼女の勝利の為の勝ち筋を指示してやらなければならない。あと三分、戦闘が始まってまだ二分しか経っていない事が腹立たしい。
ダンジョンなんだから時間の流れも出鱈目で良いじゃないか。
「御堂、三十秒後、俺の合図で彩芽の気を引けるか」
声を出す暇がないのだろう。ビープ音で了解の返事が返ってくる。
マップを再確認、オッケー俺の計算はあってる。
じれる程の三十秒。
「今!」
俺の合図と共に、マナトーカーお嬢様ペアが大部屋にエントリー。
ドローンのカメラが、彩芽の頭がお嬢様ペアの方に向くのを捉える。
「わーいリアル大好き」
再び俺以外の全員がギョッとするような御堂の声と冗談。
御堂が地面から何かを蹴り上げる。
先程斬り飛ばされたヘタレの腕だ。




