勝利と言うには苦く、敗北と言うには楽しみ過ぎた
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「このグズ!」
御堂椿は、砂崎の言葉に反応しないグズ二人を罵った。
特に最も日比谷彩芽に近い遠距離アタッカーの男に関しては、土下座してきても自分のチームに入れる事はないと思った。
砂崎徹が、《《私達の》》戦術担当が退けと言ったのだ。両足もがれていようとも退けと思う。
バックステップした足が着地するまでの間に、御堂は一瞬迷い、反射で砂崎の意図を汲み取る。被害の最小化だ。
どうして私が指示を無視する馬鹿の尻拭いをしないと駄目なのか。
地面に足が着いた瞬間にステップ。
退けと言われたのに! 自分で戦術担当の指示を破る事になって腹が立つ。
腹が立つが戦術担当の意図を汲み取れないと思われるのは、もっと腹が立つ。
腹が立つというより、そう思うのが砂崎なので、そう思われる事自体が許しがたい。
前ステップで未だ「は?」みたいな顔をしてる間抜けの襟首を掴み、足払いしながら自分の体ごと引き倒す。
その判断は正解だった。
マナトーカーの遠距離アタッカーが、御堂に引き倒されてバタつかせた片腕が、前腕の中程から切断された。
倒されたのなら腕を体の方に引け! バタつかせていたら受け身も取れないじゃない!
御堂は自分の頭上スレスレを何かが通った感触に悪寒を感じながら、片腕を切断された間抜けを後方に放り投げる。
続く悪寒に全賭けする。
後退するのではなく、その場で剣を抜いて純粋に勘だけで剣を振るう。
ゾッとするほどに思い感触。
打ち払って軌道が変わった剣が、石で出来ているように見えるダンジョンの地面を砕く。
「わお、だわ」
反撃というより逃げる為の牽制。御堂は剣を横に振りながら体勢を立て直すとバックステップをして距離を稼いだ。
少なくとも剣の間合いからは逃れられた。
事情も状況も分からないが、とにかく強制退場させられる事は回避できた。
強制退場までは十分程しか残っていないが、そういう問題ではない。
自分が落ちれば砂崎の手札が減る。
自分に何が出来るかは分からないが、おそらく自分よりも混乱しているだろう戦術担当を置いて強制退場させられる、そんな間抜けを御堂は自分に許せなかった。
さて、ここからどうしようかしら?
暫くすれば砂崎から指示が飛んでくるだろうけども、その前に何か自分から仕掛ける?
御堂はいつでも迎撃できるようにと、剣を構えて間合いをはかっていると、背後からダンジョンでは聞くことのない叫び声が上がった。
「痛えぇ! なんだこれ!? なんで痛いんだ!?」
退けと叫んだ後の攻防は、俺の動体視力だと何が起こったのか殆ど分からなかった。
プロボクサーの試合を見ている感じに近い。
確かに何かやって、腕が動いたりしていたのは分かるのだが、なぜパンチを当てた方が逆に倒れているのか? そんな試合を見せられている気分になった。
気がつけばマナトーカーの一人の腕が飛んで。確かにバックステップして退いたはずの御堂が、腕が飛んだプレイヤーを後方に放り投げて、彩芽との間で火花を数回飛ばしたかと思ったら、元の位置に戻っていて……。
そしてマナトーカーの選手が痛いと叫んでいた。
情報量の多さに目眩を起こしそうになるが、成る程やっぱりだなこのクソ野郎という気分になる。こっちは一度ボコボコにやられてるんだよ。
負けたオッサンの警戒心なめんなよ。
それにな、彩芽はそんなずっと殺意丸出しの目をしないんだよ。ぬるっと殺意が出てくるんだよ表に。
ボディカムに映った彩芽の顔を見て思う。彩芽だが彩芽じゃない。少なくとも正気じゃない。動きは完全に彩芽だから彩芽なんだろうと思うけど、とにかく普通じゃない。
「一体何がおこっているんですか!?」
ジャッジの焦った様な声に、誰にとっても予想外かと、当たり前の事を思う。
「御堂! 慎重に動け、こっちから攻撃はするな」
とりあえず何か試してみようかな? みたいな顔をしている御堂を止める。
ダンジョンの中で斬られて痛みを感じるだって? 普通じゃない。
「分からん! 見たとおりだ。攻撃されて、腕を斬られた選手が痛みを感じている。普通じゃない事だけは確かだ。中に追加で送り込んでくるのは一旦中止にさせろ!」
八つのボディカムとマップを同時に見ながら考える。
「三国、そっちの画面だと斬られた選手はどうなってる?」
「ヒットポイントの残りが30%です。なんだこれダメージ計算が合わないぞ。それに痛みを感じるって何が」
「そっちは忘れろ」
俺は撤退経路をマップに引き、まだ合流できていない四ツ橋組とお嬢様ペアに経路を指示する。
この状況で未踏破部分を進ませる気は起きないので、両方とも彩芽がいる現在のこの大部屋を通らないといけない。
彩芽は先程から動かないので、一定以上近づかなければ攻撃しないとか、そういう条件があるのかもしれない。
腹が立つ、何もかもが分からない。彩芽は彩芽じゃないのだろうか?
あれは幻か? ダンジョンが作り上げた悪辣な罠か? せっかく会えたと思ったのに。
「ヒーラー! 何をしている! 仲間が傷付いているんだぞ! ダンジョン内で仲間を癒やすのは誰の仕事だ!」
ダンジョンで見る事になるとは思わなかった、仲間が痛みに苦しむ姿。
それを目の前にして呆然としているテトラコードのヒーラーに檄を飛ばす。
ついでにいうと実験だ。
前に立つ御堂の影に隠れて、ヒーラーが仲間の傷を癒そうと魔法を使う。
腕が生える、というより服ごと再構築される奇妙な現象。
よし、大丈夫だ。
「ダンジョンの決まりごとが全部無かった事にされているわけじゃない」
つまり魔法は使えて、ダンジョン内では地上以上に身体能力が上がっている。いやそっちはさっき御堂が証明していたな。
「ふざけるな! 何がダンジョンの決まりごとだ! 斬られたら痛いんだぞ! だったらここで死んだら本当に死ぬかもしれないじゃないか!」
嗚呼、そうだよボケ!
だからお前を身を挺して庇っている御堂の前でそれを言うか?
コイツは裸で土下座してきても、絶対に俺のチームには入れない。俺は心のメモにキッチリと書き込みつつ、御堂にどう言おうか悩む。
十七歳の少女に、今は本当に死ぬかもしれないけども、頑張ってくれって言うのか?
オッサンが? 世も末にしても末のレベルが高すぎる、終わりどころか前世に期待だ。
「大丈夫よ戦術担当」
御堂の声、ヤバいな、脳が痺れる。
「私はダンジョンで《《生きている》》の。生きているんだったら、痛い事もあるだろうし。死ぬ事だってあるはずだわ。世の道理って奴ね」
見えなくても分かった。その瞳はきっと炎のように輝いている。
「私はダンジョンに生きているの」
瞬間ヘッドセットに絶叫が流れる。
ぎゃぁあああああ! 御堂ちゃあああん!
ちょっと! 急ぎますわよ! ウチのリーダーがリーダーしてます!
滾るぅ! 滾るぅ! 乗り遅れんな!
西から上った東丸山!
御堂のクソカッコイイ宣言に痺れていた脳が一瞬で現実に戻される。
ちなみに車電阪京、四ツ橋牡丹、堺凛堂、谷町桔梗の順番だ。特に車電阪選手はお嬢様が出しちゃいけない汚ねぇ叫び声だった。
谷町? 今更ツッコミ入れるだけ野暮だろ。
「うちの選手がすいません」
恥ずかしそうに謝る三国の声を合図に彩芽が動きだした。




