過去は追いかけるには遠すぎて、未来は追いかけるには速すぎる10
イラっとする。まるでアイドルみたいに呼びやがってこの野郎。
交際を普通に公言していたので、変なファンレターを山ほど貰ったりと、この手の呼び方する奴に碌な思い出がない。
ある意味、(俺を含めて)この場で一番まっとうな反応を返したのは、遠距離アタッカーの男だった。
首を傾げて自チームの監督、腹黒イケメン眼鏡に連絡を取っている。
杖の先端を御堂に向けたままなのは、油断していないという事なのだろうが。ダンジョンアタックで敵チームの人間を人質にとる無意味さの前では間抜けに見える。
「確認した。信じられないが本当の事のようだ。試合は一時中止だ。聞こえているだろうが、そちらの監督にも一応伝えてくれ。あと直接の通話が可能になるそうだ」
「だ、そうよ」
御堂が人質を解放しながら俺に言う。
「了解した。四ツ橋、堺、谷町。試合は一時中止だ。モンスターは排除して良いけどプレイヤーには絶対に攻撃するなよ」
「了解しましたわ」
「わか……おい! 桔梗そっちじゃない! こっちだ!」
「東が右で、左が西で」
あっちはあっちで、何か変な苦労が発生している。
そうか谷町は北南が入れ替わると混乱するタイプか。
人に道を尋ねられると、方角で道案内しがちな関西では生きづらそうだな。
松屋町筋をまっすぐ北に行って、と説明されてどっちが北か南か分からないってのはあるあるだ。ちなみに大阪人は梅田を起点に南北を把握している説あると思います。
「ジャッジです、このチャンネルで両チームが会話できます。選手には聞こえない点については注意してください」
ジャッジの声に、了解のビープ音が二回鳴る。俺と三国監督だ。
時間を惜しむ時はビープ音で返事する癖がついているのは良い戦術担当である事の証拠だ。腹黒でイケメンのくせに。
俺は自分の心が浮だっているのを自覚する。
何が起こっているのかはさっぱり分からない。だけど目の前にいるのだ。彼女が、愚か者がたった一言が言えずに失った彼女が。
失った物を取り戻せる。失敗を取り返せる。負える責任なんて無かったのに、それが目の前に現れた事に俺の心は浮足だつ。
「試合は中止となります。今後の予定は未定ですが、まずは彼女の保護を最優先とします。これは日本迷宮連盟としての正式な決定です。両チームはそれを承知してください」
何を当たり前の事をと思いつつもビープ音で返事。
「こちらも人員を準備していますが、まずは現場にいる人間で彼女を保護してください。不慮ではありますが、攻撃してしまっているので慎重に接触してください」
「マナトーカー了解しました」
「テトラコード了解」
ジャッジに返事を返す、逸る心がビープ音で返事を返しそうになるが、自重する。流石にこの確認でビープ音はマズい。
とにかく浮足立つ自分を落ち着かせる。あえて右手デバイスを慎重に操作。
「こちらテトラコードの戦術担当砂崎徹だ。マナトーカーの選手、俺の声が聞こえているなら返事を頼む」
「聞こえてる」
「聞こえてるぜ、もげろ」
後者は絶対にヒーラーの奴だな。
「車電阪ですわ! 聞こえていましてよ!」
「森小路、聞こえてっしゃ」
お前もうワザとだろ、そのインチキ訛り。
「当然こっちも聞こえているわ、牡丹そっちはどう?」
「こちらも聞こえています。マナトーカーのイケメン眼鏡さんはどうです?」
「イケ? イケメン? ああ、いえ大丈夫です。マナトーカー監督兼戦術担当の三国です。両チームとも通信良好ですね」
すいません、ウチのチームが本当にスイマセン。
内心で謝りながら、何を想定して作られたのか分からなかった機能。マップ共有機能をオンにする。おそらくだが、ダンジョンアタックが競技化する前に実装されていた機能なんだと思う。
案の定、プレイヤー達からこんな機能あったのかと驚きの声が返ってくる。
おい三国、あんたは驚いたら駄目な人間だろ。内心の呼称から監督を省く。
格段に増えたマップに、四ツ橋たちの為に最短ルートを指定してやる。ついでに驚いて指示が出しが止まっている三国の替わりに、マナトーカーのお嬢様ペアの方にもルートを指定をする。
「流石ですね」
何が流石なのか分からない三国の声を無視して、現場の三人に声をかける。
また消えてしまうのではないか? ヒンヤリとした心配が喉を撫でる。
五年前、日比谷彩芽が巻き込まれた事故。
局所迷宮空間補完相転移。
クソ長い名前のこの現象は、ダンジョンが現れてから四半世紀。ずっと発見されてこなかった現象だ。
詳しい原理なんかは、いくら勉強しても理解できなかったが。平たく言うと数年に一度、ダンジョンが溜めた歪みのストレスを解消する為に発生する現象らしい。
半年ほど世界中全てのダンジョンを封鎖し、ありとあらゆるデータをかき集め、世界中の頭の良い人達が出した結論がそれだった。
個人的には、それに巻き込まれた人間がどうなるかに関しては不明、という結論の方が大事だったが。今となってはどうでも良い。
目の前にその答えがあるからだ。
今ではその周期、発生場所などは完全に予測可能となっており。梅田ダンジョンで言うのならば、予想されている発生時期は来月のはずだ。
いやそんな事はどうでも良い。
「お前達が一番近いというか、目の前だ。保護してくれ。ダンジョンから強制排除される制限時間までは十分に余裕があるから、落ち着いて行動しよう」
自分の声が震えていない事に感謝した。
モニターには今も彼女の姿が映っている。配信用ドローンのカメラは見れないので、画角のせいでドローン映像では顔は確認できないが。それでも見間違いようが無かった。
ふと違和感を感じる。
「御堂、変な質問だが……、地面が“ふわふわ”したりしてないか?」
遠距離から一方的に攻撃するつもりだったのか、長い直線通路に繋がっている大部屋を奇襲場所に選んだ三国のセンスは確かだ。
そのおかげで長い距離を歩かないと駄目だが。
「いえ? 特に地面が変とかはないわ」
その長い通路を歩きながら御堂がつま先でトントンと地面を蹴る。
そういえばコイツ、この距離を壁を蹴って進むって何なんだ? 一部リーグでもそんな事できる選手は少ないぞ。重力系能力者か? 俺の学生時代では強い能力者はだいたいが重力系能力者だった。カッコいいよね重力使い。
「そうか、なら良いんだけど。何か違和感があったらすぐに連絡をくれ。他の皆も頼む」
普段では聞くことのない八人からの了解の声。
急ぐ必要はあるが、焦る必要もないのだ。落ち着け、焦る戦術担当は天才を揃えていても負ける。
俺は一気に二倍に増えたボディカムの映像とドローンの映像を整理し、もう一度ドローンで彩芽の姿を確認する。
見間違えようのない姿。
大型のククリナイフのような形状の剣を右手に持ち。左腕には前腕に固定した円盾。あの日、俺の目の前から消えた時と同じ装備、同じ格好でいる。
何度も魔法を弾いたしたバックラーは、表面に汚れが着いているが、それ以外は本当にそのままの姿だ。
込み上げてくる涙を堪える。
彼女の声が聞きたい。夕焼けではなく、朝焼けのようなあの目を正面から見たい。
難しい言葉を使おうとしては間違えて勝手に怒る理不尽さに困りたい。
ただ、彼女の手を握りたい。
思わずモニターに伸ばした手が、パネルに触れる前に、決定的な違和感に気が付く。
一歩も動いてない。
攻撃を警戒してる?
混乱している?
それとも怪我をして動けない?
そんな馬鹿な、彼女はさっきマナトーカーの魔法攻撃を全て弾いたんだぞ?
いやそもそも、なぜ動かない?
強烈な違和感。あの日比谷彩芽が、暴力と日常が表裏一体どころか、仲良く肩を組んでベリーダンスを踊ってるような奴が。
攻撃されっぱなしで黙って突っ立ってる?
それはいったい何の冗談だ?
違和感に引っ張られた思考が、再び俺に敗北感を思い起こさせる。
御堂に声を掛けられ、ダンジョンに帰ってきた。
そしてダンジョンは俺にご褒美をくれた、失った恋人を、二度と会えないと受け入れた彼女と再び再会できるというご褒美を。
嗚呼、そうなんだ。
やっぱりダンジョンを信じて良いんだ。
《《ふざけるな》》!
腑抜けていた脳が敗北感で目を覚ます。
勝者が敗者に手を指し伸ばすのは許す。しかし勝者が敗者にご褒美ぶら下げてヨシヨシ良くやったね、なんてのたまうのは悪辣な嘘だ。
舐めんな、そのニヤケヅラぶん殴るぞ。
「迂闊に近づくな!」
俺がそう叫んだのは、テトラコードの遠距離アタッカーの男が、目測で彩芽からおおよそ1.5メートルの位置で声をかけた瞬間と同時だった。
俺の声に反応したのは御堂ただ一人だった。




