過去は追いかけるには遠すぎて、未来は追いかけるには速すぎる8
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人が死んでも生き返り、モンスターとしか呼べないような奇妙な動物が発生し、ヒットポイントや防御力に攻撃力。
果ては魔法なんていう馬鹿げた現象が使用可能となる、不可思議なダンジョンという存在。それに人類は夢中になった。
そこから得られるエキゾチック物質は、人類に多大な利益をもたらし。エネルギー問題や、貧富の差すら多少は解決した。
ダンジョンが現れて四半世紀。
ダンジョンから得られる富みに慣れ、ダンジョンの出鱈目さを“そういう物”だと受け入れなれた人類は、肝心な事を忘れていた。
まるでゲームのようだ、そう喩えるそれは。
ゲームの世界では絶えず人類の敵であった事を。
かくいう俺もその一人だった。
忘れていたというよりも、むしろ目の前にあるダンジョンこそが本物のダンジョンなのだと思っていた。
ゲームで表現されるダンジョン。
古くはテーブルトークRPGから、最新ゲームのリアルなグラフィックで描かれる、危険で人類にとって全くもって友好的でないダンジョン。
それらこそが偽物だと、無邪気なまでに《《ダンジョンを》》信じていた愚か者が俺だ。
俺はそれを、JDA四支部の一部リーグ覇者を集めてのチャンピョンシップで思い知った。重たい代償を払って。
クリスマスから始まり、大晦日で決着が付く。日本のダンジョンアタック競技最大のイベント。今まで配信で見るしかなかった舞台に自分が立っているのが、当時の俺は信じられなかった。
明らかに自分の実力以上の事が起きている。
当然のように努力は重ねてきたし、それなりの自負はあった。
しかしその年に起きた事を自分の実力だと思うには、俺の周りには才能が溢れすぎていた。俺の戦術に合わせる為に、ヒーラーからマジックユーザーにコンバートした選手。
相手の攻撃を避け続けられれば実質タンクだよね、と豪語する選手。
魔法が使えなくなったら殴ればいいじゃないかと、真面目に俺を説得してくる選手。
そして、俺と同い年で、競合ひしめくJDA東支部で、圧倒的な強さを見せ最速でプロ入りした若き天才。
学生時代には、支部交流戦で何度もしのぎを削ったライバルであり、俺の恋人だった日比谷彩芽。
この四人がいたからこそ、ライトニングワイバーンは強かった。
結局、俺の仕事は学生時代と変わらなかった。天才が天才である事を証明し続ければよいだけだった。彼らが実力を発揮できれば、勝利は勝手に転がり込んでくるのだ。
なので、俺はその日も勝手に勝利が転がり込んでくると思っていた。
必要なのは勝ち筋を示し続ける、正しい指示だけだ。
「さてと、今日も元気に勝ちますかー」
ダンジョンで聞くには能天気で、殺意の欠片もないようなノホホンとしたオレンジ色の瞳。暴力はチラリズムが一番ばえる、とのたまう彩芽らしい目。
俺はそれを良く覚えている、今も。
ダンジョンの異変は些細で、かつ俺の見るモニターでは捉えられない物だった。
震度5のダンジョンで行われる試合は、単独クロールをするにあたって些細な変化を考えるだけの時間を与えてはくれなかった。
いつも通り、速攻で四人をバラバラに動かし、その日新しく生成されたばかりの未踏破のダンジョンを埋めていく。
震度4を超えると、出てくるモンスターは怪獣じみていて。プレイヤー対モンスターでも大いに盛り上がる。
華麗にモンスターを討伐していく攻略組。その中でも彩芽の動きは過去一で良かった。
なので、俺は彩芽からの違和感がある、という言葉を理解できなかった。
「徹、何か今日のダンジョン変だよ。地面がふわふわしてる気がする」
愚かな俺は、それをフィーリングの話だと思った。
現場からの、尊重すべきフィードバック。それ以上の意味を俺は見出さなかったのだ。
この瞬間、俺は戦術担当でありながら、選手よりもダンジョンを信じていたのだ。
四半世紀人類に富みと幸福をもたらし、そしてその中では死ですら超越させる。
俺は、戦術担当でありながら、選手よりもダンジョンを信じた。
人類は未知や恐怖を前にして挑むと同時に、逃げるという選択肢も絶えず用意してきた。
そうやって生き延びてきた。
だが、ダンジョンという未知を前にして、俺という一人の愚か者は。逃げろとは指示できなかった。
ただ了解のビープ音で返事をし、次に進むようにと指示を出したのだ。
その支持を受け取った時の彩芽の顔を俺は見ていない。
ドローンのカメラからは顔は映っておらず、そして一人称カメラは当然のように前しか映さない。
ただ記録に残るのは彼女の声だけで、その声はいつも通り、戦術担当を信じてくれている彩芽の声だった。
その戦術担当は、選手の声よりも、ダンジョンという存在を信じた愚か者であるというのに。
彼女が進んだ先は、モンスターのいない大部屋で、間抜けな俺は相手チームの踏破個所を踏んでしまったのか、等と考えた。
そして異変はすぐに始まった。
「やっぱり変だよ」
彩芽がそう言った瞬間に、ドローンが奇妙な映像を映し出した。
まるでダンジョンが震えているように見えた。
ダンジョンでは地震は起きないその定説が覆された瞬間だった。
「徹?」
それは彩芽が俺に指示を求める声で、そして愚か者が目を覚ます最後のチャンスだった。
だがその愚か者は、最後のチャンスをみすみす見逃したのだ。
ただ一言、逃げろと言うだけで良かったのに。
信じていたダンジョンの、初めて見る想定外の現象に頭を真っ白にさせて。
俺を信じて指示を待った彩芽を助ける最後のチャンスを逃したのだ。
その後のドローンの映像は今でも夢に見る。
空中にいるドローンだけをその場に残し、ダンジョンの一区画が横にスライドする奇妙な映像。マップから消失する日比谷彩芽のアイコン。
俺はただ一言、逃げろと言えずに恋人を失った。
そして今――。
モニターに彼女が映っていた。
「日比谷彩芽」
喉から出た声は他人の声のようで、現実感がまるでない。
五年前に、俺の目の前から消えたそのままの姿で彼女がいる。
何が起きたのか? そんな事はただどうでもよくて、俺は目の前で起きた奇跡に《《頭を真っ白に》》させた。
自覚した瞬間、反射で叫んだ。
「御堂! 後ろに飛べ!」




