落ちるには低すぎて、登るには高すぎた3
音楽グループみたいなチーム名だな。
「前の監督は私たちをドル売りしたいという、方針の違いによりクビにしました」
三人の少女からイエーイという歓声が上がる。見たこともない監督の気持ちが少し分かる。この四人ならドル売りしたくなる気持ちも分かる。
実際にそういうダンジョンアタックチームもある。そういうチームは下位リーグからスポンサーを手に入れられて実際に有利になる。一概に否定できる戦略ではないが、この少女たちにとっては無理案件だったんだろう。
昔なら下位リーグまで、あらかたのチームは把握していたが。今では上位リーグですら危うい。
なのでテトラコードという彼女たちのチーム名も聞いた事はなかった。
なので彼女たちの歴史は知らない。つまりその結論に達するまでの事情も分からない、こういう時にしたり顔で、頷いたり、分かるよって迂闊に同意を示すとキモいオッサンの出来上がりである。どうしたん? 話を聞こうか? ほらキモイ。。
できるだけ無表情をキープしていると、ちらりと俺の顔を見てきた赤髪少女と目が合う。
どうやら正解だったようで、満足げな顔で小さく頷いていた。
「それでリーダー」
黒髪少女が手を上げて発言する。
リーダーというのは赤髪少女の事なのだろうが、これも結構珍しい呼び方だ。
ダンジョンアタックでは通常、攻略組に指揮官は置かない。つまりリーダーと呼ばれるような存在というのは珍しい。
もし俺が以前から彼女たちの戦術担当であったなら、攻略組にリーダーと呼ばれる人間がいる事に強い危機感を持っただろう。それはチームが瓦解寸前という事だからだ。
攻略組は戦術担当の指示に従う。少なくとも強いチームはこれを徹底している。
監督と戦術担当が兼任であるのは下位リーグでも上位リーグでも珍しくないが、現場側に指揮官がいるというのは危うい珍しさだ。
よほど前の監督がヘボだったかな?
手を上げた黒髪少女が俺を見る。
「その新監督の実績は?」
「知らない」
黒髪少女が変な顔をする。どうしたリーダーの正気を疑いたくなったか?
実は俺はずっと疑ってるよ。黒髪少女が〝それ〟で良いのか? みたいな視線を向けてくる。イイね! 若い女の子ってそうやってオッサンを物みたいに見るよね!
「監督と戦術担当がいなかったらリーグに参加も出来ないんだから、いてくれるだけで良いのよ。それに私が現場で指揮を取るのは変わらないんだから、誰が戦術担当でも関係ないわ」
成る程、やっとで自分の立場が分かる。
赤髪少女は、本当の本当に誰でも良かったのだ。たまたま目に付いた暇そうなオッサンが俺だっただけだ。
「それに!」
赤髪少女が手のひら全体で俺を指差す。
「ライトニングワイバーンのチームジャンパー着てるのよ! しかも二世代前の! どう考えてもダンジョンアタックのファンよ! 断るはずもないもの!」
そう言う少女の顔は自信に溢れていた。
凄いな、ちょっと納得感があるのが凄い。勢いって大事だな。
黒髪少女は長い長い溜息を吐いた。良かった、冷静担当はやっぱり黒髪だったみたいだ。
「すいません、リーダーがご迷惑をおかけしたみたいで。今のやりとりで大凡の事は理解出来たつもりです」
本当か? お前のリーダーは公園で酔っ払ったオッサンを誘拐したんだぞ? そこまで理解できてるか?
「あの、断って頂いても構いませんので」
黒髪少女が、つい先程には死体の処理どうこうと言っていた口からは想像できないまともな事を言う。
「なんでよ!」
それに反論するのは赤髪少女で、一度でも赤髪少女が一番の常識人キャラだったのかと思った自分を恥じる。常識人はオッサンを拉致ったりしない。
燃えるような瞳が、俺をまっすぐに見つめてくる。燃え殻にもう一度火を付けようとするような熱量を感じる。
残念ながらここにあるのは燃え殻ではない、ただの灰の塊だ。なんとか形を保っているだけの、強い風が吹けば崩れてしまうと、過去から逃げ隠れしていた灰の塊だ。
「あんた無職でしょ? だったら戦いなさい!」
あ、はい。
気がついたら俺は頷いていた。
無職のオッサンに無職煽りは効くのだ。
*
意外な事に、ちゃんとした契約書に俺はサインした。
サインするまでの流れを鑑みれば、俺が契約書がある事に驚いた事は何一つ失礼には当たらないだろう。
契約書にサインし、連絡先を交換し、そして俺はマンションから放り出された。
寂しい、そして妙に寒い。
すっかり酔いの冷めた頭で、帰り道をテクテクと歩く。
まさか自分がこんな意味の分からない流れでダンジョンアタック競技の世界に帰る事になるとは思わなかった。
自分がどれだけ酷い失敗をしても、世界は構わず回り続けていくのを身を以て知った五年間だったが。たまには世界側から自分に掴みかかってくる事もあるのだなと、感心してしまう。
思わずチームジャンパーの刺繍を指でなぞってしまう。
ライトニングワイバーン。かつて自分が所属し――、今なら分かる、俺が逃げ出した場所。日本最強のプロチーム。
彼女のいない古巣。
やっぱり都会の冬は寒い。チームジャンパーのポケットに手を突っ込む。指がスキットルに当たる。
アルコールで暖を取るか、そう思ったが指は動かなかった。
何故か脳裏に炎のような瞳がちらつく。
右手はスキットの替わりに、久方ぶりにメッセンジャーアプリの通知音を鳴らしたスマホを取り出した。冷たい指でタップ。
指紋だらけのディスプレイに表示されるメッセージ〈逃げたら許さないから〉の一言。
炎の熱はまだ遠い。




