過去は追いかけるには遠すぎて、未来は追いかけるには速すぎる
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ダンジョンアタック競技者にとっての最大のイベント。
クリスマスシ―ズン、その最終戦は日本ダンジョン連盟の北、東、西、南の四支部で大々的に行われる。
メインイベントは一部リーグのプレーオフ決勝だが、二部リーグになると配信視聴者数の数も百万の単位になる。
深い深度で行われる一部リーグのプレーオフ決勝は、そりゃもうド派手な怪獣映画みたいな戦いが繰り広げられるのだが。
それはそれとして、深度の低いスタンダードなダンジョンらしいダンジョンで行われるダンジョンアタック競技にも需要はあるのだ。
さすがに三部リーグの昇格戦となると、視聴者数は少なくなるが、それでも十万人単位だ。なので、こんな連絡も来たりする。
「いえ、取材の類はすべて断っています。……え? 昇格戦終了まで密着取材? こっちの話を聞いてました?」
時間は午前十一時半。テトラコードの試合は午後二時からなので、それに合わせて御堂たちに早めの昼食をとらせた後での事だった。
「また取材の依頼?」
ため息を吐きながら電話を切った俺に御堂が訊いてくる。定位置のソファで薄い文庫本を読んでいるその姿に緊張は見られない。緊張するのはまだ先で良いと分かっている顔だ。
「チームの連絡先に俺の電話番号を登録するんじゃなかった」
電話番号の登録は必須ではなかったが、軽い気持ちで登録したのが間違いだった。
客観的に見て、御堂たちは全員が美少女だ。まぎれもない美少女だ。
昇格リーグで下馬評通りに敗退していたら、所詮は三部リーグの事だ。捨て置かれただろうが、下馬評をひっくり返した挙句に、美少女で尚且つ久方ぶりの未成年チームがストレートで二部リーグに昇格するかも、となった時から俺の電話にメディアからの取材依頼が日に三度はかかってくるようになった。
ちなみに今かかってきたのは海外大手の動画配信サービスの人たちだった。日本の三部リーグのチームに密着するぐらいなら、本国のチームに密着してやれよと思う。
「なんでしたら私の家をお使いになります?」
四ツ橋が堺の手から視線を上げないまま首を傾げる。大事な試合前には堺の爪にネイルアートを施すのが彼女のルーティーンらしい。青髪オレ少女の堺が大人しくネイルを塗られているのが面白い。
「魅力的な提案だけどこれも監督の仕事だからな」
正直に言えば四ツ橋さん家の力を借りるのが怖い。
相変わらず何をやってるお家なのか知らないが、言えば解決するだろうと妙な確信が持てるのが怖い。
「八目さんの頼みでしたら、どうとでもしますので。気が変わったらいつでも言ってください」
四ツ橋がそう言って堺の爪に視線を戻す。
ちなみに八目というのは俺の事だ。テトラコードの面々に、俺を試して貰おうとアルデバランアルファとの再試合の時から変なあだ名をつけられた。
曰く、あんな指揮を執るには、目が八個ぐらいないと無理でしょう、という事で八目らしい。“さん”を付けてくれているので、きっと悪口ではないはずだ。
「担当。なんだ? 殴ってほしい奴でもいるのか? まずはオレに言えよ? 速攻エントリーなら御堂にも負けねぇからよ」
堺が完全に女性としてアウトなだらしない恰好で、四ツ橋に差し出している腕だけは一ミリも動かさずに、空いてる右腕でシャドーボクシングをしてみせる。
「ダンジョンの外で一般人相手に暴行したら一発アウトだからな」
アルデバランとの練習試合、そしてその後の昇格リーグ、そこで勝利を重ねる事で彼女たちの信頼をある程度は得られた。そう考えているが、堺からのそれは信頼とういより身内判定なのだ。
今も迂闊に視線を向けると、あられもない姿が目に入ってしまうので超気を付けてる。
事案は嫌である。堺は俺を何だと思っているのか?
「監督、ボンバー」
そして一番俺の事を何だと思ってるのか謎なのがこの谷町だ。
「監督は爆発しないなー」
タコパでエビを具に選ぶだけの思慮があるから、まともさは持ち合わせている。そのくせ言葉のチョイスだけは相手の理解を求めてない言葉が並ぶ。
無口さも相まって本当に謎だ。
おっさんの言葉だと、不思議ちゃんという言葉が真っ先に思い浮かぶが、所作の端々に冷徹な意思が感じられるのが逆に怖い。
つまり若い子分からない怖い、といういつもの結論に達する。
「監督不発」
だから俺は爆発しないよ? させたいの爆発?
オッサンなんて爆発させても、何にもならないよ?
谷町は謎の一言を残してソファにダイブして、四ツ橋と堺から抗議される。
当たり前の話だが、チームが変われば雰囲気はまったく変わる。大事な試合の前には普段の騒がしさが嘘のような緊張感に包まれていた学生時代のチーム。
試合開始直前まで全員で集まってあーだこーだと議論してたライトニングワイバーン時代。
たぶん同じチームなんて一つも存在しないんだろうなと思う。
昔、ダンジョンに潜って変わる髪の色でする性格診断というものが流行った時期があった。いかにも日本人が好きそうな抽象化だ。
それによれば赤色は、情熱的で元気でリーダーシップがある人、らしいが。同じ赤髪でも全く違うもんだなと、文庫本を読みふけっている御堂を見て思う。
底なしの負けん気で人を巻き込みまくっていた、同じ赤髪の彼女を思い出す。
試合前はひたすらに喋りまくってる人だったな。
俺の視線に気が付いた御堂がが文庫本から顔を上げて首を傾げる。
すまん、何でもないんだと答えようとして、ふと放置していた問題がある事を思い出す。
「あー」
放っておくわけにもいかないので口にする。
「ところで前監督から送ってこられた新装備はどうする?」
俺はリビングの端っこにまとめて放置されている前監督からのプレゼントを指さす。
決定戦進出おめでとう、というメッセージカードと共に贈られてきたそれは、前監督がテトラコードの昇格リーグを勝ち抜ける事を信じていたという証拠だ。
明らかにオートクチュ―ルのその防具は、勝ち上がる事が決まってからでは到底間に合わない物だ。
四人分で車が買える値段のはずだが、前監督は石油王か何かなんだろうか?
「そうね……」
御堂が小さく呟いて、他のメンバーたちを確認するように視線を泳がせる。
要らない。
一瞬の間を置いてから、御堂たちの見事な四和音による返答。
前監督かわいそう。そして税金関係が面倒な俺、かわいそう。
俺は溜息を我慢して、フリフリが増量されたドレスみたいな防具をゴミ袋にまとめた。




