サンドシザーの帰還8
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「御堂そっちの鍋かき混ぜといて。ヘラを鍋底までツッコんでゆっくり全体回す感じで」
十二月二十七日、いつものマンションで。俺はなぜか御堂と二人で飯を作っていた。
クリスマスシリーズ、すなわち昇格リーグの四日目の試合が終わっての事だった。
年間順位の関係でテトラコードは四日連続の連戦だったが、下馬評をひっくり返しての四戦全勝で一位抜けだ。
俺は相変わらず世間の情報が怖いので、ネット関係は見ていないが。四ツ橋曰くかなり騒がれているらしい。
なんでもプライベーターで、かつ攻略組が全員未成年のチームで、四部リーグからストレートで二部リーグに昇格できるかも、というのはかなり久しぶりの事らしい。
俺もかつてやったので、その大変さが分かる。マジで大変だった、特に学業との両立が。留年しなかったのは奇跡だ。
さぞかし、御堂達はネットの記事で褒められまくってるだろう。明日の一位と二位による昇格決定戦で勝てば、それこそ大手メディアから取材が殺到するだろう。
かつての俺の仲間達がそうであるように。
怖いのを我慢して俺もネットの情報を集めてみようかな? 御堂達は全員見た目も良いしさぞかし話題になっているだろう。
俺は付け合せのポテトサラダ用に、ジャガイモをマッシャーで潰しながら考える。
いや、無理だな。この時期のネットに触れるのはやっぱり怖い。
「その、ごめんなさい。私達の夕食まで作らせてしまって」
ビーフシチューが入った圧力鍋をかき回しながら御堂が謝ってくる。謝る時にこちらの目を見れない、彼女と同じその仕草に過去を思い出してちょっと胸が痛い。
「決定戦を前日に控えた選手の夕食を、たこ焼きにするわけにいかないからな」
クリスマスシリーズは全て梅田ダンジョンで行われる。歩いていける距離で、かつ四人全員が泊まる広さも寝具もある。彼女たちには今更必要ないとは思うが、決定戦前に英気と士気を養う為にも全員で一泊、というわけなのだが。
彼女たちがまともに作れる料理がたこ焼きしかなかったので、急遽俺が作る事にしたのだ。特別な日を前にいつもと違う場所で仲間と泊まる、という非日常は馬鹿にできない効果があるが。たこ焼きは流石にちょっと看過できなかった。
彼女達がせめてカレーでも作れたら、オッサンが出張る事なんて無かったんだけどな。
「疑問点としては、誰も料理をしないのに何故圧力鍋まであるのかが疑問なんだが」
圧力鍋って結構ハードル高くない?
「牡丹の家の人が、圧力鍋はいざという時に役に立つからって」
四ツ橋さん家の〝いざという時〟とはどういう状態なのだろうか? 深掘りすると碌でもない答えが出てきそうだな。
「それにしても御堂は良かったのか? 一緒に行かなくて」
テトラコードのメンバーは御堂以外の三人はスーパー銭湯に行っている。このマンション、めっちゃ良い部屋だがお風呂のサイズは常識的なサイズなので、さっさと済ませる事にしたそうだ。
「私は後でマンションのを使うわ。それに貴方一人に作らせるわけにはいかないもの」
なるほど真面目だ。
「邪魔……だったかしら?」
「いや大変助かってるよ」
同じ赤髪だった彼女の事を思い出す。家事能力はマジで壊滅的な人だった。信じられる? 水が流れるんだからって言ってお風呂を洗わない女の人がこの世に存在するんだよ? いかん胸が痛い。
この時期はやっぱり駄目だな。
俺は潰したジャガイモに、ハムとかキュウリを入れる。人参は入れないし、ましてやリンゴは絶対に入れない派閥過激派だ。
最後にレモン果汁を入れた水に漬けて、辛味を抜いた玉ねぎのスライスを潰さないように混ぜる。本当はここにツナを入れて、正気を疑われる程にブラックペッパーをぶち込みたいが、今回は我慢する。
お酒のアテじゃないからね。
「料理が上手なのね」
「あー、昔付き合ってた彼女が料理の……出来ない人だったからね」
一瞬、声をつまらせた自分を酷く後悔してしまう。思うだけなら、心中で苦笑を浮かべて自嘲でもしていればサッと流れてしまうのに。声に出してしまうと駄目だな。
上手く誤魔化せただろうか? 声が震えていなかっただろうか?
手は? 視線は? いつも通りに答えられただろうか? 心配になる。
ここで辛辣な声で、貴方に恋人なんていたの? くだらない嘘はつかないことね、とか言ってくれないかな?
そしたら、笑って見栄を張ったんだと、俺も言えるから。
いや……無理だな。彼女の事を無かった事になんて出来ようはずがない。
俺は野菜を混ぜる事で温度を下げたジャガイモにマヨネーズを加えて混ぜる。
御堂にとっては、大した意味のある質問でもなかったはずだ。単純に、オッサンがそこそこ料理が出来る事が疑問だった、それだけの事だ。
ただの世間話、俺が自分で自分の地雷を踏んだだけだ。
途切れた会話の隙間を御堂の溜息が埋める。
「ごめんなさい」
何の謝罪だ? 意味がわからなくて混ぜすぎたポテトサラダから視線を外して、御堂を見る。なんだ《《君は》》謝る時に人の顔を見れるじゃないか。
赤い瞳が俺をじっと見ていた。
「私、貴方の過去を知っているの」
「そうか」
まるで悪い事をした、みたいに言うんだな。彼女からすれば、酔っぱらいのオッサンを拾ってきたのだ。調べるのは当然の事だろう。
「だから、その」
言いにくそうに、それでも俺の目から視線を外さない。
「私は貴方に酷い事をしているという自覚がある。それと同時に凄く感謝してる。身勝手だけど、この時期に貴方がダンジョンに、私達と一緒にダンジョンアタックに参加してくれる事に、凄く感謝してるの」
これは……どういう顔すりゃ良いんだろうな?
良く分からない感情が胸を埋めていく。俺の恋人が行方不明、いや死んでから五年。
それに対して取れる責任があるはずだと、そう思い込んで飲んだくれ、街を徘徊してダンジョンから逃げ続けた。
ダンジョン関連の情報も遠ざけ、去年まではダンジョンアタックの広告が増えるこの時期は家から出るのも嫌がっていた記憶がある。
それが唐突に、自分が彼女に対して負える責任なぞ一つも無いのだと、公園で気がついたと思ったら、御堂に出会ってダンジョンに連れ戻された。
そしてその少女に俺は今、ダンジョンに連れ戻してゴメンナサイ、と謝られている。
この感情はなんだろうか? 怒りだろうか?
ああ……いや違う。これは〝舐めんな〟だ。




