サンドシザーの帰還2
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というのがまあ、昨日の事でして。
いい大人が五人、金曜日に集まって何も起こらないはずがなく。
俺の酒を飲まない宣言は当然のように無視され、酔っ払い、酔い潰れ。
笑うというよりも、叫びながらなんか飲んでいた記憶はあるが、殆どは記憶の彼方だ。
オッサンになると酒の飲み方を覚えるもんだが、集まった俺達は完全に酒の飲み方を忘れていた。
学生時代のノリを、大人の財力でやるとここまで酷い事になるんだなと。
俺は自宅の玄関で凍えながら目覚めて痛感した。
本当に酷い目にあった。
質が悪い事に楽しかった。酒を飲んで楽しい、大阪に帰ってきてからは初めての事だった。感謝して良いのか、もしくは酒を辞められそうだったのに、と文句を言うべきか。
……微妙なラインだな。
そう思いながら這うようにバスルームに行きシャワーを浴びる。
真冬の暖房なしの玄関で、コート一枚で一夜を過ごした馬鹿なオッサンの体にお湯が染みる。
シャワーを浴びて、二日酔いではないが、明らかに酔が残る頭が多少スッキリした所で、スマホの通知に気が付く。
〈今後の方針についての相談があるから〉
〈明日の午前十時にマンションに来て〉
なんで若い子ってメッセンジャーアプリで文章を分割するんだろ?
そう思いながら時間を確認した俺は、短い悲鳴を上げてから急いで着替えた。
それで土下座である。
現在の時間は九時四十五分。約束の時間十五分前である。
それでどうして土下座しているかと言うと、早く来すぎたからである。
言い訳をさせて欲しい。ライトニングワイバーンは三十分前集合が基本なのだ。
俺の乏しい社会人経験は全てライトニングワイバーンでの日々が基本になっている。
だから、十時集合というメッセージを見た時に、九時半まであと三十分しかないと焦ったのだ。
当然走った、そして思った以上に早く着いてしまったのだ。
酔いが残った足で、息も絶え絶えになりながら、俺はオートロックの暗証番号を入力し、部屋に入った。
実に迂闊である。ちょっと走っただけで膝がガクガクするようなオッサンとして、迂闊に過ぎたのだ。
扉を開けたらマッパの御堂がいた。
マッパだ、つまり裸だ。
首にかけたバスタオルで大事な部分は隠れているものの、完全にマッパである。
俺はそのまま土下座した。玄関の冷たく硬いタイルが膝にくる。
御堂が小さく呟いた「これは責任案件では?」という言葉が怖すぎる。
どうか通報だけは勘弁してもらいたい。事故なんです。
ペタペタと裸足でフローリングを歩く足音と、衣擦れの音。
土下座していると全ての音が頭上から聞こえてくるんだな、としょうもない事を考えながら。本気でこれはマズいと冷や汗を流す。
「上がって」
短い御堂の言葉にリビングまで移動し、再び土下座する。
頭上で聞こえた御堂の溜息が、しゃーない殺すか、という溜息でない事を祈るばかりである。
今なら殺されても正当防衛が認められそうだ。
人権は平等な生得的権利だと言うが、公園で座っているだけで何度も通報されている身としては、無職のオッサンになった時点で生得的権利を失っていると信じている。
部屋に入ったのが九時半頃、そこから十五分、みっちりと土下座していた俺は、意を決して口を開く。
「言い訳――の前にまずは謝罪を。ごめんなさい」
「分かったわ、謝罪は受け入れます」
やっぱりこの娘は天使かな?
「謝罪の前に言い訳してたら牡丹の家に頼んでたけど」
あぶねー。四ツ橋さん家のお世話になる所だった。
「実はちょっと昨日、飲みすぎまして」
「どうりでお酒臭いわけね」
まだ酒臭いのかと、嗅いでみたがフローリングの接着剤の匂いが微かにしただけだった。
「えっとですね、ちょっと旧友とばったり会いまして。そのままちょっと飲みに行くかという話になったんです」
土下座で昨日の顛末を話しながら、なんだこの会話と思ってしまう。
まるで奥さんに怒られる旦那である。いや結婚した事ないので分からないけど。
何故だろうか? 御堂の雰囲気が変わったのが分かった。土下座してるのに。
「私達の打ち上げには参加しなかったのに?」
御堂の冷たい声に、オッサンの第六感が反応する。
ここで、実は自分も打ち上げに参加するのを望まれていた、と勘違いしてはいけない。
そんなわけが無いのだ。
心の中でウッキウキで、なんだーそっかー、みたいな顔をする自分を踏み潰す。ちょっとお前は出てくるな。
そういう問題ではないのだ。御堂が怒っているのは単に、比べられて自分達が選ばれなかった、それだけを怒っているのだ。
平たく言うと、私達を選ばなかったのだからお前に他を選ぶ権利はない、という事である。理不尽? 馬鹿を言え。女性は理不尽なのだ。
そしてここで安易に謝ってはいけない。
ここで一言、すいませんと言えば、もうアウトだ。致命だ、そのままフェイタルだ。
謝った瞬間にこう言われる「え? なんで私が責めてるみたいになってるの?」と。
彼女は怒っていない。例えどれだけ怒っているように見えても、怒っていないのだ。
彼女が立っている場所は、道徳的正義のポジションであり、そこは怒り等という感情からは最も遠い場所なのだ。正義は怒らないし責めない、だって正義だから正しいのだ。
ここで必要なのは理由だ。正義を執行しない自分を許す理由が必要なのだ。
「高校、大学とチームを組んでダンジョンアタック競技に参加した仲間でして。その……私ちょっと諸事情で五年程連絡が取れない状態になっていましたので、偶然にも再会しましたら盛り上がりまして」
チラっと土下座状態から顔をちょっとだけ上げて御堂の顔を確認する。
んん? なんで笑っている?
「偶然見たから知ってるわよ」
喉から変な声が出そうになる。つまりこれは、からかわれていたのか?
「まあ、良いんじゃない? アンタもあんな風にお酒飲めるんなら」
やっぱりこの娘は天使かな? 人の首をねじ切るけど。
それじゃあと、御堂がパンと手を叩く。
「さっさと土下座やめて貰える? 牡丹が来たら本当に大変な事になるわよ」
ヤバい、御堂が神に見えてきた。
「十分からかったし、今回の事は私の不注意でもあるから許してあげるわ。でも次からはインターホンを鳴らす事、いいわね」
「次があったら通報してくれ」
真剣に言ったら、何故か御堂に笑われた。




