落ちるには低すぎて、登るには高すぎた19
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ダンジョンアタック競技における戦術担当の仕事は?
もし人にそう訊かれたら、俺ならこう答える。
殺せるタイミングで殺せと指示を出す事だと。
ダンジョンアタック競技はどこまで行っても蛮族のゲームだ。
だから人を惹きつける。
強力なモンスターを前にして、仲間の勝利の為に自分を犠牲にするタンク、九死に飛び込むアタッカー、逆転の一撃を可能にする為に、自分ではなく仲間を優先するヒーラー。
勝利の為の自己犠牲、勝利の為の勇気。それら全ては、敵を殺す、その目的の為だけに発揮される。
だから観客は目を離せないのだ、惹かれるのだ。ダンジョンにおいて相手を殺す事は生き残る事に直結する。
畢竟、モンスター、人間、相手がなんであれ。ダンジョンアタックは敵を殺すスポーツだ、それが俺の結論だ。
だから戦術担当の仕事はと訊かれたら、俺は殺せと指示を出す事だと答える。
そんなゲームで、先に攻撃権を取られ、攻撃タイミングの自由を敵に与える恐怖。
俺はそれを、アルデバランアルファの連中に教えてやった。
最序盤から襲撃を警戒していたのは、良い。
実に良い判断だと思う。
だが、二組にわけで通路を埋めに行ったのは良くない、本当に良くない。
というかあの野郎、あのマッチョなエリート監督さんよ。
お前はやっぱり、うちのチームを舐めてんだろ?
このタイミングなら、慎重に動くにしても効率を考えても良いはずだ、という相手の侮りが手に取るように分かる。それは上位リーグではしない侮りだ。
一部、二部の上位リーグで、アタッカー四枚構成と試合をするなら。この時間は既に最大限に警戒すべきタイミングだ。
つまり、相手はこちらがとる戦術は警戒していても、彼女達の実力を甘く見ているのだ。
そんなに早くモンスターを倒して規定量に到達できないと。
こいつらに教えてやったらどんな顔をするだろうか? お前らが今いる場所の周辺は、全てこちらが踏破済みだと。
継戦能力とバランスを無視したアタッカー四枚構成、その恐ろしさを教育してやる。
俺は相手の移動に合わせて御堂に移動ルートを指示する。
後は簡単だった。驚くほどに簡単だった。
相手が二組に別れて通路を埋めに行ったタイミングで、非戦闘表示で突っ込ませ、相手が分断を嫌って慌てて引き返す所に奇襲をかけた。
言葉だけなら簡単だが、割と難しい戦術だ。
非戦闘表示を解除するタイミングと、御堂が襲いかかるタイミングがズレては、逆に背中から攻撃されかねない。
だが俺の選手達は完璧にやってくれた。
御堂と四ツ橋ペアは、敵の近接アタッカーと遠距離アタッカーのペアを瞬殺し。
堺と谷町ペアはそのまま先行し、相手のタンクとヒーラーペアをボコボコにした。
つまり、真正面から二対二で殺したのだ。
俺は反射的に左手テバイス操作、マイクをミュートにする。
「ハッハー! ざまぁああ!」
小さなガッツポーズを連打。
最高だ、最高すぎるぞ。俺のチーム!
俺はカメラで見た彼女たちの動きを思い出す。特に凄かったのは御堂だ。
ゴーサインに反応する速度、壁を蹴っての強襲、狙いすましたかのような剣筋。
全て最高だった。
それは御堂の一撃で相手のヒットポイントが全損し、手が切断された事からも明らかだ。
ダンジョンアタックのルールは人間が決めた。
だが、ダンジョンでの生き死には《《ダンジョン自身》》が決める。
御堂の動き、狙い、剣の軌道。それらが全て素晴らしかったから、ダンジョンはクリティカル判定を出したのだ。
人間が便利に利用している、防御力も攻撃力も、遠距離アタッカー組が使う魔法も、ヒットポイントも、全てダンジョンが管理している物にすぎない。
俺達人間はそれを多少弄る事はできるが、それらを使った時の結果は全てタンジョンの判定によって決まるのだ。
このご都合主義すぎるダンジョンという存在を、ゲームのようだ、と例えるのは皮肉だけではない、実際にそのまんまだとも言える。
シミュレーション仮説の信奉者が色めき立った理由が良く分かる。ちなみに俺は信じてない。
俺が信じるのは選手だけだ。なんなら法と秩序より信じてる。
まあ、薄ら笑いを浮かべながら敵の遠距離アタッカーを炎上させた四ツ橋や、体力温存と言いながらタンクの動きを魔法で封じてから、杖でひたすら殴り続けた谷町、ヒーラーにマウントポジションとって殴り続けた堺の姿を見た直後なので。
ちょっと法と秩序の方が無力に見えただけかもしれないが。
「よっしゃあ! 見たか! うちの選手はお前らなんぞ屁でもねぇんだよ!」
俺は一部のダンジョンアタック競技のファンから熱烈な支持を得られそうな、可憐なドレスを着てエゲツナイ事をする少女達の姿は一旦忘れ。
マイクをミュートにしているのを良い事に御堂達を褒めまくり、そして勝利の喜びを吠えまくる。
まったくもって自覚が薄いので、自分でもすぐに忘れそうになるのだが。
今の俺は〝監督〟兼任の戦術担当なのである。
プロになるまで気にしなかったが、監督というのは選手を褒めるのにも気を遣うものなのだ。少なくともライトニングワイバーンの監督はそうだった。
褒め過ぎれば安っぽいし、褒めなさ過ぎれば選手はやる気をなくしたり自分を見てくれているのかと不安になる。
そんな事を考えずにやってきていた俺は、プロになって監督の仕事を見て感心したものだ。不出来な監督ではあるが、真似したいと思う。
しかし今は、忘れないようにと、ひとしきり四人の良かった所を存分に声に出して褒め倒しておく。実際に伝えるかどうかは後で考えよう。
はたから見れば、椅子に座ったオッサンがガッツポーズを繰り返しながら、人を褒めまくるという奇妙な姿だろうが。まあブースには俺しかいないので、存分にする。
「あの……」
そんなキモいオッサンと化してた俺の耳に御堂の声が入ってくる。
なんだろう? こっからの指示だろうか?
相手を全滅させたのなら制限時間一杯まで魔石を集めるのが定石だけど……。
御堂に限ってそんな指示が必要だとは思えないが。律儀にこっちの指示を待ってくれているのだろうか? だとしたら悪い事をした。
すぐに指示を出さねば。
俺はマイクミュートを解除しようとして凍りついた。
「き、聞こえているから。そんなに何度も褒めてもらわなくても結構よ」
言いづらそうな御堂の声に、気遣いを感じる。マイクミュートを誤って解除してしまい、痴態をさらけ出したオッサンに対する気遣いを。
酒が欲しい。切実にそう思ったが、公園で御堂に拉致られてからは一滴も飲んでない事を思い出す。さて、以前の俺はこういう時、酒以外の何で恥を忘れていたんだろうか?
五年間もダラダラと落ち続け、これ以上落ちるには低すぎて、いい大人として振る舞うには登るに高い壁がある。
なるほど? どうりでオッサンになったわけだ。
俺は世のオッサンの必殺技を使った。
「お前ら最高だったぞ!」
恥なぞ最初から忘れれば良いのだ。




