落ちるには低すぎて、登るには高すぎた18
よし戻れ。戦術担当の声に悪態を吐きたいのを我慢して、ルーカスは《《未踏破》》側の通路に背中を向けて小部屋に引き返す。
「おい!」
デイブと戦術担当、両方から声が上がるが無視する。
こっちはまだ、魔石が規定の半分にも届いていないんだぞ? このタイミングで襲撃なんかあるわけがないだろ、常識的に考えろ。
正面を警戒しながら後ろ足で後退なんて、そんな事していられるか。
「ちゃんと指示を聞けルーカス!」
苛立たしげなデイブの声を無視して五メートル程通路を進んだ時だった。
「敵!」
戦術担当の声に、そんなまさかと思いながら振り返る。
一試合目で見た、赤いドレスを着た少女の姿が目に入った。反射的に剣を振るおうとする。ドイツのナイフメーカーが作った、ダンジョンアタック競技用のショートソード。
一試合目でこの少女の胸を突き刺しトドメを刺した武器。
「攻撃するな!」
戦術担当を超えて監督から指示が飛んでくる。ルーカスは良く攻撃を止められたと自分を褒めたくなった。頭に浮かんだ疑問はすぐに晴れる。
「非戦闘表示だ!」
ダンジョンによって強化された反射神経につられて、ルーカスはつい力を抜いてしまう。
四人の少女がルーカスの脇を走り過ぎていく。その内の一人、銀髪の少女にいたってはルーカスに向けて手を振りさえしている。
相手が戦うつもりがないというのなら、何を警戒する必要があるのか。
緊張を弛緩させたルーカスに監督の怒鳴り声が浴びせられる。
「何をボサッとしている! 相手は非戦闘表示だぞ! いつでもこちらを攻撃出来るという事を忘れたのか! 今すぐ戻れ! 分断されるぞ!」
理屈を怒鳴るんじゃなくて、指示だけよこせよ!
ルーカスは怒鳴り返したいのを我慢しながら少女達の後を追う。もう一組も同じだろう。
非戦闘表示は、魔石を規定量集め攻撃権を得たチームが、意図して表示させるモードの事だ。つまり相手チームの意思で解除できる。
昔、攻撃権を先に獲得したチームが、まだ攻撃権を得ていないチームに攻撃するフリをして近づき、攻撃権の無いチームに先制攻撃をさせてペナルティを与える。という戦術が流行ったせいで出来たものだ。
今では非戦闘を宣言しないまま不用意に近づいた場合、反撃されてもペナルティが出ないようになっている。
審判はAIなので穴を狙ってギリギリを攻める戦術はあるが、リスクが高い。
このままでは、小部屋に入った段階で非戦闘表示を解除され、チームが分断されてしまう。
チンタラやってるからだ! これで俺の評価を落とすようだったら文句を言ってやる! ルーカスは少女達の背中を追った。
チーム戦術の失敗で、評価を落とされてたまるか。そう思うが同時にチャンスだとルーカスは気がついた。戦術の失敗を選手が挽回する。
これは良いアピールになるはずだ。しかも相手は日本の、趣味でダンジョンアタック競技をしているような十代の少女だ。
そうと考えれば運が向いてきたのかもしれない。
監督は妙に相手の戦術担当を評価しているし、もしかしたら一気に一部リーグに行くことも夢じゃないかもしれない。
俺の栄光はここから始ま――。
「気をつけろ! 攻撃表示だ!」
は? まだ小部屋には到達してないぞ? 戦術担当の声に栄光の未来から現実に目を戻したルーカスは、赤い影が宙を舞うのを見た。
奇襲、だがやはり素人だ。空中に飛んでどうする? 空中にいる間は動けないんだよ!
ルーカスは剣を振り上げる、先制をとって一撃で決めるつもりだった。一度相手に攻撃させて防御してから、そんなまどろっこしい真似はしていられない。
こちらに背中を向けているわけではないので、こちらが審判AIにペナルティを貰う事はない。ルーカスは勝利を確信した。
ルーカス・レイフォード、かつては大学で全米有数のダンジョンアタック競技者であった彼は、忘れていた。
ダンジョンアタック競技のルールは、確かに人間が決め、そして無数のドローンに搭載されたAIが判定を下す。
しかしダンジョンにおける生死は、《《ダンジョンが》》決めるのだ。
ルーカスはそれを忘れた。
「おぉおおお!? 俺の手が!」
赤い影が不自然な軌道を描いたと思った瞬間には自分の腕が剣ごと落ちていた。
痛みはない、しかし決定的な喪失感がある。
喪失感がルーカスの視線をあるべき物がない腕に集中させる。
「馬鹿野郎! 足元だ!」
デイブの声にやっとで視線が下を向く。
ああ、壁を蹴ったのか。ルーカスは自分の足元で体勢を立て直す赤い少女を見て思った。
血のように赤い瞳が、次に何を狙うのかを自分に教えてくる。
なんだコイツは!
次にルーカスが感じたのは、自分の喉を貫く刃の感触と、少女が自分の返り血を浴びながら剣を捻り自分の首をねじ切る感覚だった。




