落ちるには低すぎて、登るには高すぎた17
*
御堂椿はすぐに思った。
楽だ、驚くほどに楽だ。
何が楽って、何も考えなくても良いのが楽だ。殺せと言われるまで殺意すら持たなくて良いのが極めつけに楽だ。
セーフゾーンから飛び出して、椿が考えていたのはたった二つの事だけだった。
ダンジョンを進む事と、出会ったモンスターを倒す事。
これだけだった。
モンスターの種類はイレギュラーでもない限りは、深度によって決まっている。
なので今更、モンスターを倒すのに仲間と細々とした相談も指示もいらない。
ダンジョンを進む、モンスターを発見する、倒す、のループだ。
砂崎からの指示は、試合開始前に聞いた通り、時折り進む方角を指示される程度で、煩わしくない。むしろ全て決めて欲しいと思う。
進む方向も、勝ち方も全て決めて欲しい。
決めてくれれば後は全力でそれを成してみせる。応えてみせる。
指示がない時は適当に目についた方向に、そうでない時は指示に従って。椿は先頭に立ってひたすらに走った。
ダンジョンで生きるという事はシンプルだ! 楽しい!
楽しい時間を中断させたのは、楽しい時間をくれた人だった。
「よし、規定量クリアだ」
そんなに時間が経っていたのか? まだ始まって序盤も序盤のような気がする。
左腕のウェアラブルデバイスで時間を確認する、チーム史上最速だった。
震える、私の戦術担当は凄い。
これで自分達は攻撃権を得た事になる、次はどんな指示をくれるのだろうか?
椿はまた楽しい気分になってきた。
すぐ隣にいるような戦術担当の声。
「狩りの時間だ、楽しもう」
私はもうずっと楽しいんだけど?
そう伝えたいが、試合中なので自重する。なので必要な事を伝える。
攻略組は戦術担当に求めるのだ。勝つ為の方法を。
戦術担当が攻略組を信じるように、攻略組は戦術担当を信じるのだ。
「分かったわ。それじゃあ教えて、どうやって勝つのかを」
貴方は私を勝たせてくれる、攻略組は信じるのだ、戦術担当を。
短い沈黙。なぜか砂崎が笑ったと思った。
「言ったろ? 真正面から殺すって」
ルーカス・レイフォードはアルデバランアルファでは期待の新人だった。
すぐにこんな二軍の、しかもそのファームからは出ていってやる、そう思っていた。
ダンジョンに潜る機会が増えるとは分かっていたが、何が悲しくて極東の島国の三部リーグに参加しなければならないのか?
自分の実力は本国の二部リーグ、いや一部リーグでも通じると思っているルーカスからすれば、チームから下された日本行きの指示は業腹だった。
ダンジョンアタック競技はアメリカでも人気スポーツだ。一部リーグの選手には金も栄光も付いてくる。その代わり、下位リーグで終われば先は軍人ぐらいしか職がない。
アメリカにも複数のダンジョンがあるが、そこは熾烈な競争の世界だ。下位リーグの競技者など駄目なら直ぐに捨てられる。
そうなったら待っているのは惨めな生活だ。ダンジョンに潜り、人より強靭な身体能力を獲得した人間を、普通の人々は恐れる。
髪が変色するまで潜ればもうアウトだ、そうなったらウォルマートのレジ係になるのも難しい。当たり前のように、元ダンジョン競技者がコンビニバイトしている日本が異常なのだ。
自分はこんな所で終わる人間ではない。
ルーカスは栄光の日々を思い出す。大学リーグで優秀なアタッカーとして活躍し。そしてトップチームにスカウトされたのだ。こんな所で足踏みしている場合ではないのだ。
ルーカスはよりアピール出来るようにと、突入した小部屋にいたモンスターを処理していく。
アルデバランアルファの構成は、近接アタッカー一枚、遠距離アタッカー一枚、タンク一枚、ヒーラー一枚のスタンダードな構成だ。
今の自分のライバルは遠距離アタッカーのデイブになる。対人戦であるなら互いの仕事は違うが。モンスター処理なら仕事は同じだ。
ルーカスはデイブには活躍の場を与えないぐらいのつもりで、モンスターを狩る。
何度か戦術担当からもっと慎重に動けと指示されるが、知った事かと思う。
戦術担当は一試合目と同じように、相手の速攻を警戒しているが、いくら何でも序盤から警戒しすぎだと思う。
こちらはまだ、攻撃権を得るまで規定量の三分の一程しか狩れていないはずだ。大雑把な感覚での話だが、それほど間違っていないはずだ。
ルーカスは大学時代に戦術担当が規定量クリアの報告を忘れたせいで負けた事があるので、そこからは正確ではないものの自分でも魔石量を把握するようにしていた。
一試合目に相手が攻撃を仕掛けてきたのは、こちらが残り三分の一ぐらいのタイミングだった。序盤はもっと大胆に動いた方が良いのではと、戦術担当の指示にイライラする。
口には出さないが、監督は少々警戒しすぎなのだ。
相手の戦術担当が昔凄い奴だったとか、そういう話らしいが。三部リーグの戦術担当をするまで落ちぶれている奴の何を警戒する必要があるのか分からない。
しかも相手はティーンの少女だ。
それにあのフザケた格好は正気とは思えない。日本はダンジョンアタックを純粋な競技として考えている変な国ではないのか? ダンジョンは仮装大会の会場ではないんだぞ?
あの装備がダンジョンアタック競技用としてのレギュレーションを満たしていること事態が狂気だ。
ルーカスは相手の奇襲を警戒するために、戦術担当に言われて二組に分かれて通路を埋めていく。小部屋には三つの道が繋がっている。
その内の一つは自分達が通ってきた道なのでマップを埋める必要はない。部屋に接続されている道が多かったら、きっと四人全員で一つずつマップを埋めさせられるのだろうな。
臆病者の戦術だ。ルーカスはそう思いながらデイブを連れて指示された道を埋める。




