落ちるには低すぎて、登るには高すぎた15
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何と声をかければ良いものか?
正直に言えばかなり悩んだ。
何をどう言えば、俺が指揮を執るという事に納得してくれるだろうか?
彼女達からすれば、俺は公園で酔っ払っていた無職のオッサンである。
一試合五万でどうでしょうか? とか言えば良いのだろうか? 駄目だ確実に通報される。なんか五万って金額出すのが駄目すぎる。
悩んだ結果、俺はシンプルに行くことにした。
これ以上悩んでいると、着いた火が消えそうとビビったからでもある。
中年男性に着火した所で火勢は強くない、だって湿気ってるからね。
「あー、御堂」
俺が声をかけると画面の中の御堂が驚いたのが分かった。
何故かダンジョン入口エリアに設置されている複数のカメラ全てに視線を飛ばす。全ての映像を確認できる俺からすると、何度もお前殺す、みたいな目で見られる事になるのでやめて欲しい。
「……何?」
〝お前殺す〟の視線を五つのカメラに投げつけたあと、一つのカメラに狙いを絞った御堂に合わせて、モニターの表示を調整する。
赤い瞳がモニター越しに俺を見つめてくる。失敗した、メイン画面設定にしたら、目力だけで心が折れそうである。
完全に目が語っている、私は次の試合でアイツら殺すって。御堂に限った話ではないが、ダンジョン競技者は試合前にこんな目をする人間が多い。
そしてこの目が出来る奴は大概が天才だった。
高校時代にダンジョンアタック競技に参加したくて、声を掛けた友人達を思い出す。
当時は友人でも知り合いでもなかったので、声をかけるのも怖かったが。彼らもこんな目ができる人間だった。
そしてそんな目が出来ない俺は、彼らが勝ちやすいように考えるのが仕事だった。
あの時に比べれば……、いやあの時に比べても勝るくらいに御堂の目が強い。
「頼みがあるんだ」
目力に負けじと勇気を出したら、御堂の眉間に激烈に皺が寄った。
五万円差し出したら許してくれるだろうか? 駄目だ、ダンジョンアタック競技は三部リーグでも結構稼げるのだ。五万程度では無理かもしれない。
瞬間土下座に思考がシフトする。年を取ると土下座が安くなるのは何故なんだろうか?
きっと社会に揉まれたせいで、自分に価値がない事を知るからだろう。
でもここは退けない。
自分に価値なぞ無いと、真実そう思うが。それでも退けない。
あの野郎はお前達を馬鹿にしやがったのだ、侮りやがったのだ。
真価を計れず、何が良い動きしてましたが、だ。ふざけんな、もっと良い動きできるわボケ。ちょっとだけ負担を減らせばお前らなんざボコボコだ。
俺には価値はない。だけどテトラコードには価値はある。
俺は確かに数合わせ、お飾りの監督兼戦術担当だ。
でも、選手を馬鹿にされて黙ってろと? 無理だね。
そんな賢い奴は五年もウダウダやってないんだよ。
意を決して、御堂に頼む。
「次の試合は俺に指揮を執らせてくれないか?」
「土下座」
俺と御堂の言葉がほぼ重なった。
「え?」
「え?」
また重なる。
「やめるんじゃないの?」
流石、攻略組の反応速度である。これがオッサン二人だったら「え?」の応酬があと三回は続いた。
心が軽くなる。成る程、辞めるなら土下座しろという話か。
だとしたら問題ない、辞めない方向で土下座するつもりだったのだから。
「いやそんなつもりはない」
言葉を切る。緊張で唾を飲み込む。
緊張が伝播したのか、ヘッドセットの向こうで御堂も唾を飲み込む。
「次の試合、俺に指揮を執らせてくれ」
言った! 言っちゃった! 痛々しいオッサンの爆誕だ。禄に絵も描けないのに美術館で御高説たれるオッサンの爆誕だ。
怖くなって目をつぶる。モニターを見れない。それでも言葉を続ける。
「実はダンジョンアタックの戦術担当は昔ちょっとだけやってた事がある。いきなり何を言い出すんだと思ってるだろうけど、一度で良いから俺を信じて欲しい」
滅茶苦茶だ、彼女達が俺を信じる理由なんて欠片もない。
「信じてくれ、お前らは勝てる。俺が証明する、お前らは天才だ」
目を開けるのが凄い怖い。だって御堂が黙ったままなんだもの。
若い女性の沈黙に耐えられるようになるのが、イケオジへの第一歩らしいが、無理だ。今すぐテレビか何かで見た駄洒落か何かで沈黙を埋めたい。
口から人生最悪の駄洒落が出る前に目を開く。
なぜかモニターの中で御堂が地団駄踏みながらシャドーボクシングをしていた。
執拗なボディブローを連発している。
怖い。俺あんな風にお腹ボコボコに殴られるの?
御堂のシャドウボクシングは三秒程で終わった。
「わかったわ」
そうだよな、やっぱり断るよな。でも聞いてくれ俺は昔プロチームに――、断られた時用のセリフを考えていた俺は、予想外の言葉に頭が真っ白になる。
それは俺以外も一緒だったようで、四ツ橋がデカい声を上げる。
「なんで! 椿ちゃん本気!?」
自分で頼んでおいてなんだが、俺も四ツ橋と同じ気持ちだ。
「良いの。もう決めた。私じゃダンジョン攻略をしながら指揮はとれない。もう限界なのは皆も分かっていたでしょ?」
「それは!」
四ツ橋はそう言って黙った。それは彼女達の過去を物語っていた。
きっと今までも、何度も負けているのだろう。同じ様な状況で。相手がこれ程までに慎重でなかった場合でも。
当然だ、彼女達がやっているのは、グーとパーだけでジャンケンをするような行為だ。
グーで相手のパーをぶん殴り、パーで相手のチョキを握りつぶしてきたのだろう。
だけどそれもいつも出来るわけではない。
その限界が見えていたのだろう。三部リーグは確かに下位リーグだが本気度は四部リーグより高いし、アルデバランアルファのように一部リーグ、二部リーグの育成チームもいる世界だ。
彼女たちはアタッカー四枚構成という、三部リーグで、しかも戦術担当がいない状態で、普通は選ばない方法で戦う狂気の集団だが。馬鹿じゃない。
馬鹿なのは彼女達をドル売りしようとしていた前監督だけだ。
その証拠に、四ツ橋は反論の言葉を繋げられなかった。他の二人も同様だ。
銀髪少女谷町の方は何考えているか分からなかったが、青髪少女の堺は悔しげな表情を浮かべていた。後悔じゃない、負けん気だな。
俺はやっぱりこのチームが好きだ。
「砂崎監督……、あーいえ」
御堂が一瞬だけ言い淀む。モニター越しに赤い瞳が俺を捉える。
でももう熱は感じない。既に俺は燃えている。
「《《砂崎戦術担当》》、貴方に指揮を任せるわ」
俺は反射的に左手デバイスを操作する。攻略組に〝了解〟の一言を伝える一瞬を惜しむ時に使われるビープ音が鳴る。
「任せろ。お前らが天才である事を俺が証明してやる」




