落ちるには低すぎて、登るには高すぎた14
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御堂椿の幼少期の記憶は、その殆どが病室で占められている。
病名は忘れたが、遺伝的な理由による肺か心臓の病気だったと思う。
五歳だった椿は、遠からず自分は死ぬのだと、受け入れて生きていた。
両親も医者も看護士も、死なんて物は椿には縁遠い物だと言いたげに接してきていたが、彼女にとって、死は確定し、そして受け入れるべき物だった。
優しさで世界は出来ていたが、それと同時に嘘で世界は出来ていた。
五歳の椿にとって、それは不思議な感覚だった。
見ないフリをすれば遠ざかるのか? そんなわけがない。
今も、刻一刻と自分の体は死に向かっている、その感覚は五歳の幼女を老成させ、そして優しくさせるには十分だった。
椿は明るく生きようと思った。辛い治療も、ままならぬ体も、受け入れ、頑張る自分が両親を喜ばせる。自分を助けようと努力する医者や看護士達を喜ばせる。
それは五歳の椿にとって、とても重要な事になった。
他にする事が無かったからではない、それこそが御堂椿が生きるという事だった。
世界が変わったのは、六歳の誕生日まで一ヶ月を切る七月の中頃の事だった。
ダンジョンを医療目的で使用する事が認められるようになった。
ダンジョンでモンスターを倒すと、身体能力に大幅な向上が認められる、というのは公然の事であったが。それを医療目的で使用するのは禁止されていた。
建前として、たまたま病気を患っている競技者が、ダンジョンアタック競技をする事で病気が快癒した。という事例は数多く確認されていたが、治療行為としてのダンジョンアタックは長らく認められなかった。
病状がどうなるか、分からなかったからだ。
身体能力を強化させるのならば、がん細胞はどうなるのか? 遺伝的な疾患は?
それらを調べる為の、長い長い治験の繰り返し、それが終わったのだ。
当時はまだ医療行為でダンジョンに潜るという医者が存在しなかった為、ボランティアの競技者に連れられてダンジョンに潜った椿は。
そこで世界が変わる瞬間を見た。
最初のモンスターが倒された瞬間に、車椅子から思わず立ち上がった。世界が真綿で占められているような息苦しさは感じなかった。
数度に分けての椿を連れてのダンジョンアタック。協力してくれたのは高校生だけで構成されたチームだという。幼い椿が彼らに、そしてダンジョンアタック競技という物に惹かれたのは自然な事だった。
病室に帰った椿は調べられる事は全て調べた。
ダンジョンアタック競技の事、自分を助けてくれているチームの事。そのメンバー。
数度の治療をおえ、自分の足で歩く事に慣れさえもしていた椿は、ふと疑問に思った。
なぜ彼らは見ず知らずの自分の為に協力してくれるのだろうと?
その頃には彼らが特別なチームである事を椿は知っていた。
高校生だけで結成されたチームなのに、彼らは二部リーグに所属していた。これはとても凄い事だ。
そんな彼らの時間を自分の為に使わせている、椿は申し訳なくすら思った。
ある日、椿はいつも一緒に潜ってくれる緑色の髪のアタッカーの青年に尋ねた。
「どうして自分を助けてくれるんですか?」
緑髪の少年は少女の直球の質問に少し困ってから、こう答えた。
「うちのリーダー、戦術担当がさ。お前らは天才なんだからちょっとは人の役に立てって言うんだよ」
椿は思った、ノブリリス何とかオブリリージュだと。この緑髪の青年は確かに天才と呼ばれるに十分な才能がある。
十六歳からダンジョン競技を初めて、十八歳で二部リーグ所属。つまりストレートに昇格してきた。
その上、椿は暗記する程に見直したチームデータを思い出す。
この緑髪の青年は四部リーグ、三部リーグと二年連続で年間最多魔石取得者の栄光に輝いている。つまり、誰よりもモンスターを倒して、誰よりもプレイヤーをぶっ殺したのだ。
カッコいい。
二部リーグに上がった今年も、当然ながら素晴らしい成績を残している。
学業を優先させる方針の為、不戦敗が多くリーグ順位こそ中段勢に甘んじているものの、それは多くの不戦敗を抱えながら中段勢に食い込めるという事だ。
そんな憧れの天才から続いて口に出たのは思いもよらぬ一言だった。
「まったく酷い話だよ。本物の天才に〝天才扱いされる〟苦労がアイツは分かってない」
ああ、このボランティアが嫌だって話じゃないよ。
戸惑う椿にそう断って緑髪の青年は続けた。
「俺達は凡人の集まりなんだよ。ちょっとだけ、普通の人よりちょっとだけ、人に殴りかかったり、モンスターぶっ殺すのに躊躇がないってだけの」
なるほど、人をぶっ殺すのに躊躇してはいけない、幼い椿は学んだ。
「碌でもない才能が人よりあったのは確かだけど、俺達は凡人だよ。人には天才だ何だと言われるけど、俺達のチームで本物の天才は一人だけだよ」
困ったように、それでいて誇らしげに青年が語る。
「俺達の戦術担当、本物の天才はアイツだけだよ」
まあ本人が分かってないのがホントに困るんだけどね。
青年が肩を竦める。
「おかげで本気のスカウトだと気が付かずに、未だに俺達なんかの面倒を見てるんだ。困った奴だろう?」
だからもし、椿ちゃんが感謝するならアイツにしてやってくれ。俺達はアイツがやれって言ったからここにいるんだ。
そう言って笑う青年の顔が目に焼き付いた。
幼い椿にとって、緑髪の青年は確かに天才だった。その青年がそいつこそが天才だと言う人間。椿は戦術担当に俄然興味が湧いた。
誰なんだろう? それが御堂椿が初めて砂崎徹という男を知った時だった。
そして十年後、公園で拾った。
見るも無惨なオッサンになっていた。
スポンサー無しの学生チームで二部リーグ制覇という快挙を成し遂げ、メンバーの就職にともない解散したチーム。その伝説的な戦術担当。
私を助けてくれた人。
一部リーグ年間不敗という、ライトニングワイバーン栄光の一年を成し遂げた天才戦術担当。異常なほどの超攻撃的スタイル。
そして自分の指揮下で、世界で唯一選手を死なせた人間。しかも自分の恋人を。
私はやっぱり酷い事をしている。
ダンジョンから強制転送され、入口前で横になったまま椿は思う。
泣きそうだ、泣いてしまいそうだ。
憧れの人だった、いつかこの人の指揮で戦いたい。そう思っていた。
公園で見つけた彼は、無精髭でボサボサの頭で酔っ払っていて、ものの見事にくたびれたオッサンだったけど。
それでもライトニングワイバーンのチームジャンパーを着ていた。
無理と断れたら諦めよう、彼が助けたせいで私はダンジョンアタックをしているのだから、それぐらいの責任をとって貰おう。
我儘になるのだ、ダンジョンに関してはどこまでも我儘になるのだ。
彼のおかげでダンジョンに生かされた。そして私は今、ダンジョンで生きている。
彼が、私を救ってくれたダンジョンによって殺されたというのなら。今度は私が彼をダンジョンで救いたい。
滅茶苦茶だ、私は滅茶苦茶だ。
恩人を地獄へ再び誘うだなんて、滅茶苦茶だ。でも本音だ、本気でそう思うのだ。
火を付けるのだ、彼に。私が、私達の才能で。
彼が指揮した競技者がダンジョンではそうであったように。
彼の前で、才能を示せば、もしかしたら指揮を執ってくれるかもしれない。
もう一度火を、灰にでも火を付けられる程の才能があれば……。
結果は敗北だった。椿は泣きそうだった。
悔しくて、悔しくて。仲間が強制転送されるまで、動けないくらいに悔しかった。
仲間に謝る時も、泣き出しそうになる自分を抑えるのに必死だった。
情けない、この戦いは負けるわけにはいかなかったのだ。
もっと慎重になるべきだった? 殲滅力を活かして逃げ切りを目指すべきだった?
いや駄目だ、それでは足りない。
彼が良くやったような、速攻に速攻を重ねて相手を凌駕する。それぐらいやってみせなければ火は付けられない。
私は失敗したのだ。
今日の練習試合は二本やると決まっていた。仲間たちは次はどうすると議論しているが、それに参加する気も起きない。
きっと彼は去っていくだろう。お飾りの監督兼戦術担当で良いなんて言うんじゃなかったと思う。無理矢理にでも指揮を執ってくれるように頼めば良かった。
丁度、監督を探していたのは本当の事だしと、安易にストーリーに頼って彼に声を掛けたのが失敗だった、必死さが足りなかった。土下座すれば良かったと思う。
世のおじさんは、公然の場で若い女の子に土下座されたら慌てて何でもすると、牡丹が言っていたではないか。いや、社会的に死ぬだったか?
責任とってよの一言を添えれば、幾らでも引っ張れるだったか?
ダンジョンの事以外はちょっと世間ズレしている私と違い、牡丹は博識だ。
その牡丹が自信満々に言っていたので、間違いないだろう。
椿はこの試合が終わったら、砂崎徹に土下座しようと心に決めた。
そうと決まれば簡単だ、次の試合も頑張るのだ。勝てなくても無様は晒せない。
よし、相手を全員殺そう。
椿がそう決心した時だった、砂崎徹の声が耳に入ってきた。




