落ちるには低すぎて、登るには高すぎた13
こちらを観察するような視線に男の意図を察する。
俺が高校生の時に、友人と作ったチームで三部リーグに挑んでいた時に良くやられた手だ。こっちを御しやすい弱者と思い、揺さぶりをかけてくるのだ。
褒め殺しって奴だ。
この後の展開も知ってる。
「失礼、自己紹介が遅れましたね」
ほらな? まずは興奮しすぎて挨拶が遅れた事を謝罪。
「ご存知かもしれませんが」
そして名刺を取り出す。ご存知かもしれませんが、とさも自分達が知られていて当然だと演出するのが肝だ。
「アルデバランアルファの監督をしています、リチャード・アントニオです」
こっちは五年も離れていた人間だぞ? 知ってるわけないだろ。と言いたいが知っている名前だった。どうりで強いわけだ。
アルデバランはアメリカの二部リーグに所属するチームの名前で、アルファはその育成チームである事を示す。
そしてこのアルデバランは、アメリカ一部リーグのトップチーム、インビジブル・イーグルの育成チームだ。セミプロどころじゃない、立派なプロチームだ。
「ご丁寧にどうも。まだ名刺がないので申し訳ない」
謝りながら名刺を受け取り、触った紙の質の良さにビビる。
リチャードさんの肩書は、監督にスカウトに、チーム日本支部のマネージャーだった。
マネージャーか。選手を励ましたりするのかな? 思った以上に偉い人だったので現実逃避したくなる。
オッサンになると肩書に弱くなるのだ。そこに立てる実力の証明が肩書だと分かるようになるからだ。
怖いよーと思いながら、男の次の手を予想する。
どっちだろうか? 下げる方だろうか? 上げる方だろうか?
「五年のブランクがあるとは思えない見事な指揮でした」
上げる方か。
「チームを率いているのが貴方だと気が付かなかったら、私達もやられていたでしょうね。選手達には慎重すぎるんじゃないかと散々文句を言われましたが」
ふぅやれやれ、みたいなジェスチャー、からのぉ!
「だが正解だった」
真面目な顔で、こっちを褒めてるようで、自分の実力アピール!
マウントのつもりか!? やめろ! 五年間、酒のんで近所をぶらついてたオッサン相手にマウント取って恥ずかしくないのか!?
そして軽くマウント取ってから、最後の揺さぶりするんだろ? 知ってるんだよ。何度もやられてるんだよ。
「五年間のブランクを感じさせない見事な戦術。ミスター砂崎、貴方は三部リーグに居て良い人間ではない。我々は貴方にもっと相応しいポストを用意できる」
はい、これ知ってます。
三部リーグでも散々やられたよ。大人が子供をおだてて調子に乗らせて失敗させようとする。ダンジョンアタック競技は金になる。
金になるから必死になるのは分かるけど、子供相手にどいつもこいつも同じ手ばっかり使ってきやがって、ちょっとキモいねん。
最初は引っかかって有頂天になって、相手を試合でボコボコにしたら何も言ってこなくなるんだから、本当に質が悪い。
俺が本気にした、というか相手が本気じゃなくても構わないと思ってそれに引っかかったのは。二部リーグに上がって、チームメンバーの就職によってチームが解散する時に丁度貰えたライトニングワイバーンからの物だけだ。
相手が本気じゃないのは分かっていたが、押しかけたとも言う。
「よい返事を期待していますよ」
そう言って去っていくリチャード氏。
俺はその背中を見送ってから、自分が腹を立てている事に気がついた。
こんな褒め殺しを仕掛けてきたという事は。あの野郎は俺を舐めているという事だ。こんな見え見えの褒め殺しで調子に乗るだろうと。
高校生や大学生だった頃に舐められるのは仕方がないが、大人になってからも舐められるのは、結構腹が立つもんだなと感心する。
いやまあ、無職の飲んだくれのオッサンと、十代の若者を比べたら、無職のオッサンの方が圧倒的に舐められる存在のような気もするが。
それにだ。あの野郎はこうも言ったのだ。
「彼女たちの動きも悪くなかったですが、貴方の戦術を活かすには実力不足だった」
ふざけるなと思う。お前が警戒していなければ負けていたと思った全ては。彼女達が考え実行した物だ。
ふざけるなと思う。あの野郎は分かっていない。戦術担当は攻略組を馬鹿にされるのが一等腹立つのだと、分かっていない。
侮辱しやがったぞ? あの野郎。俺のチームを馬鹿にしやがったぞ?
耳元でチリチリと爆ぜる音がする。
御堂の目がチラつく。
私は戦ったぞ、モニター越しにそう語っていた御堂の目を思い出す。
深呼吸。
火は着いた。
俺はヘッドセットを手に取った。




