落ちるには低すぎて、登るには高すぎた10
規定数到達後も彼女たちの速度は変わらず、二部リーグ上位に匹敵するような速度でダンジョンを走破していく。
次々とマップが広がっていく様子は見ていて気持ちが良い。
テトラコードの取っている戦術は極めてシンプルだ。
相手チームよりも速く規定数をクリアし、相手チームよりも速くマップを埋める。
メリットは二つ、先制攻撃権を得る事、そして自分達が踏破したマップに相手チームが侵入した際に、相手の居場所が分かる事だ。
こんな風に。
お飾り戦術担当の唯一の仕事だな、俺はヘッドセットマイクの位置を調整する。
「相手チームがこっちのマップを踏んだ、端末に表示させる」
モニターの中で御堂が左腕の前腕を顔に向ける。
衣装にマッチするように特注で作られたウェアラブルデバイスに、今まで踏破したダンジョンのマップが表示される。
俺はそれに敵の位置をポイントする。戦術担当が見れるマップと、攻略組が見れるマップでは表示される情報が違う。これも戦術担当と攻略組を分けるというエンタメ要素の一つだ。
「分かったわ」
御堂の短い返事。これで俺の仕事は終わったな。後は相手が移動する度にポイントを更新するだけだ。
俺からの報告に足を止めていた御堂達が再び走り出すのを見ながら、ペン型のポインティングデバイスを指で回す。
現役時代にで左手テバイスを操作しながら、絶えず右手でこのペンを動かしていた事を思えば、何とも楽な仕事だ。
ちょっと退屈だ。そんな風に思う自分に驚いていると、御堂の声が再びヘッドセットから流れてくる。
「あと……」
何故か言いづらそうな声。
「アンタがブツブツ呟いてるの、マイク拾ってるから」
俺は思わずマイクを引き千切りかけた。
*
テトラコードのリーダー、近接アタッカー、前進と後退の選択肢で全力の前進を選ぶ少女。御堂椿は自分の耳が熱くなるのを自覚した。
お飾りとして雇った監督、砂崎徹が「凄いな、本当に凄い」とか言うからだ。
ダンジョン競技で使われる、音響音場特定式何とかサウンシステムとかいう、音声伝達システムは完全に耳を塞がない通信システムだが、相手の声が耳元で聞こえるのが良くないのだと、椿は思う。
時折呟く砂崎透の声が耳に入ってくるたびに、見られていると強く意識してしまう。
つい嬉しくなってしまう。ダンジョンに生きる自分の戦い方を、人に認められたような気になってしまう。
敵チームを目指して、ダンジョンを仲間と走りながら、つい昔を思い出す。
ダンジョンに生かされていた自分。弱い自分。享受するだけの自分。
腹が立つ、臓腑沸き立つ程に腹が立つ。
耳元で囁くような砂崎透の声。
「角三つ、接敵、短い直線、大部屋」
必要最低限で欲しい情報だけ。心地良い。
彼の経歴を考えれば、もっと言いたい事もあるだろうに。
そうと思えばこれは信頼の証だろうか? それだけで、十分だと。
いや、単にこっちの要望であるお飾りの監督、という立場を守っているだけかもしれない。だとしても彼の過去を考えれば、お飾りとは言え席に座ってくれている事自体が椿にとっては奇跡の範疇だ。彼はそれだけの悲劇を経験した。
ふと、自分が無理やりダンジョンに引き戻した事を恨んでいるだろうか? と不安のような物を感じる。
公園で見つけて、勢いだけで引き込んでしまった。後先など考えてもいなかったし、相手の事情も無視した。恨まれていても仕方がないと思う。
知ったことではないが。
椿は身勝手な自分を肯定する、ダンジョンで生きる時は特に。
思ったのだ、思ってしまったのだ。
彼に、砂崎徹に、あの天才を天才たらしめる天才に、もし指揮を取ってもらえたのならと。
ここは強者が決定権を持つ世界だ、シンプルだ。だから私は生きられる。
ダンジョンに関しては、自分はどこまでも我儘になれるし、貪欲にもなれる。
だから引き込んだ、無理矢理に。灰のような目をしたかつての天才を。
そのためには――。
角三つ、短い直線の先にある大部屋。敵の前衛が持つ盾が見えた。相手はこっちに気がついていない。
椿は右手をさっと上げてメンバーに合図を送る。
まずは自分達の才能を彼に認めさせなければならない。
彼は〝天才を天才たらしめる天才〟だ。火を付けるのだ、灰に、私が、私たちが。
椿はハンドサインでエントリー方法を仲間に伝える。
元より使える作戦は三つしかない。選手が現場で指揮を執りながらでは、複雑な作戦は成り立たない。
彼ならどんな指示を出すのだろうか? そんな想像が頭に浮かぶ。
「エントリー!」
椿は叫んだ。




