第12-2話「狭間の街の小さな衝突」~争いと静寂
街の賑わいは、午前の柔らかな光とともに続いていた。
露店の呼び声。
金属が触れ合う音。
焼きたてのパンや燻製肉の匂い。
通りには、さまざまな種族の声が混ざり合う。
カナタは、隣を歩くソラの静かな歩調に合わせながら、その景色を眺めていた。
しかし、その穏やかな空気は、通りの角の先で乱れ始めた。
低く唸る声、金属がぶつかる音。
足踏みの音が重なり、すれ違う人々が慌てて道を開ける。
「……あれ、何だろう」
カナタの視線の先。
小さな広場で、二つの人だかりが向かい合っていた。
一方は筋骨隆々の獣人族。灰色の毛並みに鋭い眼光を光らせ、尾を軽く振りながら声を荒げている。
もう一方は背の低いドワーフ族。
鋼のような腕を組み、眉をひそめて反論していた。
その間に、通りかかった商人や露店主たちが、顔をしかめたり距離を取ったりしていた。
「……街の小さな争いですかね」
ソラが小声で言う。
カナタは頷き、二人はその場へ歩みを進めた。
「落ち着いてください」
ソラの声は、周囲の喧騒に混じりながらも、どこか静かな存在感で響いた。
獣人族もドワーフも、一瞬その声に耳を向けた。
カナタも隣で、少し緊張しながら立ち止まる。
「なんで、そんな値段で譲ろうとするんだ! 俺たちの採掘物だぞ!」
灰色毛並みの獣人、ガルドが唸る。
尾を大きく振り、声に誇りと怒りを混ぜた。
━━彼は家族を養うため、この狭間の鉱山で必死に働いている。自分たちの権利に誇りを持つのも無理はない。
「市場の規定通りに払っているだろう。文句を言う筋合いはない」
小柄なドワーフ、ブロムは腕を組み直す。
眉間に皺を寄せ、冷静さを失わない。
━━店を守る責任を背負い、取引の正確さで信用を積み重ねてきた。だから、規定通りの支払いには譲れない思いがある。
小さな争いは、通りの秩序を乱しつつあった。
通行人の一部は避け、露店主は声を潜める。
誰もが、いつ大きな衝突になるかと息を詰めていた。
カナタは心の中で小さく呟いた。
(こういう時、僕は何を言えばいいんだろう……)
心臓が少し早くなる。
生前なら、見ているだけで終わっていたはずだ。
でも今は、手を差し伸べられる。
怖いけれど、少しワクワクしている。
隣のソラを見て、少し安心した。
彼女は落ち着いた表情で、一歩前に出る。
「お互いの話を、整理しましょう」
その声は、驚くほど柔らかく、しかし、しっかりと場を支配する力があった。
獣人族もドワーフも、言い争いを一旦止めて視線を向ける。
「まず、ここでの通行権は誰のものか確認しましょう」
ソラが静かに広場の中心に立ち、紙に書いた簡易図を示す。
「我々の採掘物は、このエリアで採れたものだ!」
ガルドは地面に爪を立て、強調する。
「支払いは市場規定通りで、追加の補償は必要ないはずです」
ブロムは冷静に答える。
だが、眉間の皺は深い。
「こちらの広場での通行権、取引の価値、それぞれの立場がありますね。まずは、冷静に確認しましょう」
ソラの言葉は、ただの忠告ではなく、場を公平に整理するものだった。
カナタは少し離れた場所から、様子を観察する。
互いに自分の立場や権利を強調する獣人とドワーフ。
しかし、その背後に、単純な感情のもつれや誤解が見え隠れしていることもわかった。
「ねえ、どうしてここで争うんだろう?」
カナタは、思わず小さく声を出す。
「自分たちの権利を守るためです」
ソラはそっと答える。
「でも、こうやって感情だけでぶつかり合うと、街全体が迷惑する。それを、冷静に伝えればいい」
カナタは、少しだけ深呼吸をした。
自分がこの街に来て、初めて“仲裁”というものに関わる瞬間だった。
生前なら、見ているだけで終わったかもしれない。
でも今は、手助けする立場にいる。
「……あなたたちの立場はわかります。でも、この通りは街全体の共有です。感情で押し付けるだけでは、誰も幸せになりません」
ソラが獣人とドワーフに語りかける。
「お互いの権利も理解する。規定や慣習も確認する。そして、街全体の秩序を優先する」
獣人族は唸るように息を吐き、ドワーフは眉をひそめたまま口を閉じる。
カナタは、その間に小さく一歩前に出て、両者に向かって言った。
「……でもさ、僕から見たら、どっちも正しい気がするんだ。だから、怒鳴り合っても意味がないんじゃないかな?」
言葉は素直で、攻撃的ではない。
その一言が、争いの空気を少しずつ和らげる。
ソラも軽く微笑む。
「そうです、カナタさんの言う通り。感情はわかります。でも、冷静に整理すれば、解決策は必ず見つかります」
双方は、お互いを見つめ、少しずつ声を落とす。
獣人族は尾を静かに揺らし、ドワーフは腕をほどく。
やがて、小さな譲歩と確認のやり取りが始まった。
「……わかった。今回は通行権は譲ろう」
ガルドは尾を静かに揺らし、まだ少し悔しげだが顔を和らげる。
「では、価格は市場規定通りに支払います」
ブロムは金貨を数枚数え、納得したように頷いた。
街の音が、少しずつ戻る。
通りかかった人々も、ほっと息をつき、露店の呼び声が再び賑やかになる。
カナタは、ソラの隣で小さく息を吐いた。
「……うまくいったね」
「ええ。小さなことでも、放っておくと大きな問題になりますから」
ソラの声は柔らかく、でも確かな説得力があった。
街を歩きながら、二人は短く会話を交わす。
「……こういうのも、勉強になるな」
「ええ。狭間世界での共存には、小さな調整が欠かせません」
カナタは、隣のソラに少し顔を向ける。
昨日の討伐での余熱もまだ胸に残っている。
高揚感とともに、今日見た出来事が、自分自身を少しだけ大人にしたような気がした。
街の賑わいは、再び落ち着きを取り戻した。
異なる種族が混ざり合い、互いに小さな譲歩を積み重ねて日常を紡ぐ。
それが、この街の、狭間世界の生き方なのだと、カナタは心の奥で実感した。
歩幅を自然に合わせ、また街を進む。
露店の匂い。
遠くで響く笑い声。
金属の光。
小さな争いを経て、カナタとソラは、少しだけこの世界の輪郭を、よりはっきりと感じていた。
━━それは、まだ名前のつかない、けれど確かな一歩だった。




