表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/83

第12-2話「狭間の街の小さな衝突」~争いと静寂

街の賑わいは、午前の柔らかな光とともに続いていた。


露店の呼び声。

金属が触れ合う音。

焼きたてのパンや燻製肉の匂い。

通りには、さまざまな種族の声が混ざり合う。


カナタは、隣を歩くソラの静かな歩調に合わせながら、その景色を眺めていた。


しかし、その穏やかな空気は、通りの角の先で乱れ始めた。

低く唸る声、金属がぶつかる音。

足踏みの音が重なり、すれ違う人々が慌てて道を開ける。


「……あれ、何だろう」


カナタの視線の先。


小さな広場で、二つの人だかりが向かい合っていた。

一方は筋骨隆々の獣人族。灰色の毛並みに鋭い眼光を光らせ、尾を軽く振りながら声を荒げている。


もう一方は背の低いドワーフ族。

鋼のような腕を組み、眉をひそめて反論していた。


その間に、通りかかった商人や露店主たちが、顔をしかめたり距離を取ったりしていた。


「……街の小さな争いですかね」


ソラが小声で言う。


カナタは頷き、二人はその場へ歩みを進めた。


「落ち着いてください」


ソラの声は、周囲の喧騒に混じりながらも、どこか静かな存在感で響いた。


獣人族もドワーフも、一瞬その声に耳を向けた。

カナタも隣で、少し緊張しながら立ち止まる。


「なんで、そんな値段で譲ろうとするんだ! 俺たちの採掘物だぞ!」


灰色毛並みの獣人、ガルドが唸る。

尾を大きく振り、声に誇りと怒りを混ぜた。


━━彼は家族を養うため、この狭間の鉱山で必死に働いている。自分たちの権利に誇りを持つのも無理はない。


「市場の規定通りに払っているだろう。文句を言う筋合いはない」


小柄なドワーフ、ブロムは腕を組み直す。

眉間に皺を寄せ、冷静さを失わない。


━━店を守る責任を背負い、取引の正確さで信用を積み重ねてきた。だから、規定通りの支払いには譲れない思いがある。


小さな争いは、通りの秩序を乱しつつあった。

通行人の一部は避け、露店主は声を潜める。

誰もが、いつ大きな衝突になるかと息を詰めていた。


カナタは心の中で小さく呟いた。


(こういう時、僕は何を言えばいいんだろう……)


心臓が少し早くなる。

生前なら、見ているだけで終わっていたはずだ。


でも今は、手を差し伸べられる。

怖いけれど、少しワクワクしている。


隣のソラを見て、少し安心した。

彼女は落ち着いた表情で、一歩前に出る。


「お互いの話を、整理しましょう」


その声は、驚くほど柔らかく、しかし、しっかりと場を支配する力があった。


獣人族もドワーフも、言い争いを一旦止めて視線を向ける。


「まず、ここでの通行権は誰のものか確認しましょう」


ソラが静かに広場の中心に立ち、紙に書いた簡易図を示す。


「我々の採掘物は、このエリアで採れたものだ!」


ガルドは地面に爪を立て、強調する。


「支払いは市場規定通りで、追加の補償は必要ないはずです」


ブロムは冷静に答える。

だが、眉間の皺は深い。


「こちらの広場での通行権、取引の価値、それぞれの立場がありますね。まずは、冷静に確認しましょう」


ソラの言葉は、ただの忠告ではなく、場を公平に整理するものだった。

カナタは少し離れた場所から、様子を観察する。


互いに自分の立場や権利を強調する獣人とドワーフ。

しかし、その背後に、単純な感情のもつれや誤解が見え隠れしていることもわかった。


「ねえ、どうしてここで争うんだろう?」


カナタは、思わず小さく声を出す。


「自分たちの権利を守るためです」


ソラはそっと答える。


「でも、こうやって感情だけでぶつかり合うと、街全体が迷惑する。それを、冷静に伝えればいい」


カナタは、少しだけ深呼吸をした。


自分がこの街に来て、初めて“仲裁”というものに関わる瞬間だった。

生前なら、見ているだけで終わったかもしれない。

でも今は、手助けする立場にいる。


「……あなたたちの立場はわかります。でも、この通りは街全体の共有です。感情で押し付けるだけでは、誰も幸せになりません」


ソラが獣人とドワーフに語りかける。


「お互いの権利も理解する。規定や慣習も確認する。そして、街全体の秩序を優先する」


獣人族は唸るように息を吐き、ドワーフは眉をひそめたまま口を閉じる。


カナタは、その間に小さく一歩前に出て、両者に向かって言った。


「……でもさ、僕から見たら、どっちも正しい気がするんだ。だから、怒鳴り合っても意味がないんじゃないかな?」


言葉は素直で、攻撃的ではない。


その一言が、争いの空気を少しずつ和らげる。

ソラも軽く微笑む。


「そうです、カナタさんの言う通り。感情はわかります。でも、冷静に整理すれば、解決策は必ず見つかります」


双方は、お互いを見つめ、少しずつ声を落とす。


獣人族は尾を静かに揺らし、ドワーフは腕をほどく。

やがて、小さな譲歩と確認のやり取りが始まった。


「……わかった。今回は通行権は譲ろう」


ガルドは尾を静かに揺らし、まだ少し悔しげだが顔を和らげる。


「では、価格は市場規定通りに支払います」


ブロムは金貨を数枚数え、納得したように頷いた。


街の音が、少しずつ戻る。

通りかかった人々も、ほっと息をつき、露店の呼び声が再び賑やかになる。


カナタは、ソラの隣で小さく息を吐いた。


「……うまくいったね」

「ええ。小さなことでも、放っておくと大きな問題になりますから」


ソラの声は柔らかく、でも確かな説得力があった。


街を歩きながら、二人は短く会話を交わす。


「……こういうのも、勉強になるな」

「ええ。狭間世界での共存には、小さな調整が欠かせません」


カナタは、隣のソラに少し顔を向ける。


昨日の討伐での余熱もまだ胸に残っている。

高揚感とともに、今日見た出来事が、自分自身を少しだけ大人にしたような気がした。


街の賑わいは、再び落ち着きを取り戻した。


異なる種族が混ざり合い、互いに小さな譲歩を積み重ねて日常を紡ぐ。


それが、この街の、狭間世界の生き方なのだと、カナタは心の奥で実感した。


歩幅を自然に合わせ、また街を進む。


露店の匂い。

遠くで響く笑い声。

金属の光。


小さな争いを経て、カナタとソラは、少しだけこの世界の輪郭を、よりはっきりと感じていた。


━━それは、まだ名前のつかない、けれど確かな一歩だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ