表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/83

第11-7話「動き出す理由」~憧れが形になる

湿地帯を離れる前、ソラは一度だけ足を止めた。


「帰る前に、少し時間をいただけますか」

「え、なに?」

「今見たスライムをイメージした、戦闘訓練を行いましょう」


カナタは一瞬、目を瞬かせる。


「ここで?」

「はい。実物を前にした直後が、最も理解が定着しやすい状態です」

「……なんか、先生っぽいこと言うね」

「役割ですから」


いつもの調子だ。

けれど、その提案に、カナタは不思議と抵抗を感じなかった。


「本物は相手にしないんだよね?」

「もちろんです。使用するのは、幻影です」

「幻影……?」


ソラは小さく頷き、一歩だけ前に出る。


湿った地面の上、何もない空間に向けて、静かに手を伸ばした。

空気が、わずかに揺れた。

目に見えるほど派手な変化はない。

光も、音も、ほとんどない。


それなのに━━


草むらの一角が、ゆっくりと歪んだ。


「……え」


さっきまで何もなかった場所に、半透明の塊が“現れている”。


半透明の塊を前にして、胸の奥が、かすかに熱を持った。

夢で、何度も見た光景だった。

剣を握り、得体の知れない存在と向き合う場面。

敵は曖昧で、動きは記号みたいで、それでも胸が高鳴っていた。


(……ああ)


それと、同じだ。

眠りの中で思い描いてきた“戦いの入り口”。

現実味のなかった憧れが、今、目の前で形になっている。

怖さよりも先に、感情が動いた。

懐かしいような、胸がくすぐったくなるような感覚。


(これ……本当に、始まるんだ)


「うわ……」


思わず、声が漏れた。


そこにあったのは、間違いなくスライムだった。

さっき見た個体と、ほとんど同じ大きさ。

同じ色合い。

同じ、不定形の揺らぎ。


「これが、幻影?」

「はい。正確には、魂術による知覚投射です」

「……普通に、いるように見えるんだけど」


カナタは一歩、近づきかけて、足を止めた。


怖い、というより。

混乱に近い。


「触ったらどうなるの?」

「接触感覚も再現されます。ただし、魂への負荷は最小限に抑えています」

「……すご」


思わず、感心する。


小説やゲームで見てきた“幻影”とは、明らかに違う。

これは、ただの映像じゃない。

そこに“存在している感覚”そのものが、投影されている。


「感動しているところ申し訳ありませんが」

「うん?」

「訓練を始めます」


ソラは淡々と告げた。


「まず、武器を構えてください」

「……了解」


武器を握った瞬間、胸の奥が、きゅっと鳴った。


重さ。

冷たさ。

手に伝わる、確かな存在感。


夢の中では、いつも曖昧だった。

剣を振っても、手応えはなくて、ただのイメージだった。

でも、これは違う。


(……ちゃんと、持ってる)


理由もなく、口元が緩みそうになるのを、必死で抑えた。


今は訓練だ。

浮かれる場面じゃない。

それでも。


(ずっと、こういうのに憧れてたんだ)


カナタは腰の武器に手を伸ばす。

まだ慣れない感触。

けれど、握った瞬間、少しだけ気持ちが引き締まった。


「相手は、低級魂獣スライムを想定しています」

「さっきのやつだね」

「はい。ですが、これは“動く教材”です」


スライムの幻影が、わずかに揺れた。

こちらを認識したように、体表が歪む。


「最初は、動かずに観察してください」

「攻撃しない?」

「しません。まず、視線です」


カナタは、じっと幻影を見つめた。


中心。

輪郭。

揺れ方。

反応の遅れ。


「……なんか」

「はい」

「本物より、ちょっと分かりやすい気がする」

「意図的に、情報を強調しています」


ソラは一歩引いた位置から、冷静に見ている。


「スライムは、刺激に対して即座に反応します」

「うん」

「ですが、その反応は常に一拍遅れます」

「……あ」


言われてみれば。

揺れが、わずかに遅い。


「その遅れが、攻撃の余地です」

「なるほど」


ソラは頷く。


「では、次。軽く、踏み込みを」

「軽く?」

「はい。本気で当てる必要はありません」


カナタは一歩、前に出る。


武器を振り上げ━━


「止めてください」

「え?」


即座に、ソラの声が飛んだ。


「今の踏み込みでは、核に届きません」

「まだ振ってないんだけど」

「動きの準備段階で分かります」


カナタは、少し気まずそうに肩をすくめた。


「……どこがダメ?」

「重心が高いです」

「高い?」

「はい。足先だけで動いています」


ソラは、カナタの足元を指す。


「それでは、反応された瞬間に弾かれます」

「……確かに」


言われると、納得する。

さっき見たスライムは、ただの塊に見えて、実際には弾力があった。


「もう一度。今度は、腰から」

「了解」


意識を変える。

地面を踏みしめる感覚。

沈む土。

草の抵抗。

今度は、少し低く構える。


「その姿勢で、振りを入れてください」

「いくよ」


武器が、幻影のスライムに触れた。

ぶに、とした感触。

思わず顔をしかめる。


「うわ」

「集中してください」

「はい」


刃は、幻影の内部に沈み込む。


だが━━


「止めてください」

「また?」


ソラの声は、変わらず冷静だった。


「今の攻撃は、核を外しています」

「え、どこ?」

「中心から、やや右です」

「……分かるの?」

「はい。揺れ方が違います」


スライムの幻影が、わずかに歪む。

確かに、中心がずれている。


「核は、常に中心にあるとは限りません」

「動くんだ」

「はい。刺激に応じて、位置を変えます」


ソラは続ける。


「ただ“真ん中を狙う”では不十分です」

「……難しいな」

「ですが、観察すれば追えます」


カナタは、武器を引き戻す。


一度、深く息を吐いた。

呼吸は必要ない。

けれど、そうすることで、気持ちが整う。


「もう一回」

「どうぞ」


今度は、スライム全体を見る。


揺れ。

収縮。

内部の光。


「……ここだ」


踏み込む。

低く。

無駄なく。

武器が、再び幻影に触れる。


「……!」


今度は、感触が違った。

中心部に、わずかな抵抗がある。


「止めてください」


ソラが手を上げる。


「今のは?」

「良好です」

「ほんと?」

「はい。核に触れています」


カナタは、思わず笑った。


「やった」

「まだ、破壊はしていません」

「分かってるって」


ソラは、わずかに頷く。


「ただし」

「うん?」

「次に同じ動きができるとは限りません」

「……厳しいね」

「現実です」


指摘されるたびに、動きを止められる。

思うようにいかない。


それなのに━━


胸の奥は、不思議と静かだった。

悔しさよりも、落胆よりも。


(……楽しい)


夢で見ていた戦いは、もっと派手で、もっと簡単だった。


でも、現実は違う。

考えて、観て、修正して。

一歩ずつ、正解に近づいていく。

それが、どうしようもなく面白かった。


(もっと、やりたい)


その気持ちを、言葉にするのはやめた。

言わなくても、きっと伝わっている気がしたから。


幻影のスライムが、再び形を変える。

今度は、さっきよりも速い。


「反応速度を上げます」

「え、ちょ」


「訓練ですから」


カナタは、慌てて構え直す。

動きが、読みにくい。


「焦らないでください」

「言われてもさ」

「視線が近すぎます」


また、指摘。


「全体を見てください」

「全体……!」


一歩、引く。

距離を取る。

スライム全体が、視界に入る。


「あ」


揺れが、見えた。


「今です」

「……!」


踏み込む。

振る。

止める。


「終了です」


ソラの声と同時に、幻影がふっと薄れた。


まるで、最初から存在しなかったかのように。

カナタは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


「……はぁ」

「お疲れさまでした」

「疲れるんだね、これ」

「魂を使っていますから」


武器を下ろす。


腕が、少し重い。


「でも」

「はい」

「なんか……分かった気がする」


ソラは、静かに頷いた。


「それで十分です」

「え、もう?」

「今日の目的は達成されています」


湿地帯の風が、草を揺らす。

さっきまで感じていた緊張が、少しだけ抜けていく。


「幻影、すごかった」

「必要な技術ですから」

「……あれで練習できるなら、本番も何とかなりそう」

「慢心は禁物です」

「そうだね」


それでも、カナタの表情は明るかった。


初めて見た魂獣。

初めて振るった武器。

初めての訓練。

すべてが、まだ始まったばかりだ。


けれど━━


「帰ろうか」

「はい」


来た道を、二人で引き返す。

今度は、足取りが少しだけ軽かった。


次は、実際に倒す。

その覚悟が、静かに芽生えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ