第11-4話「動き出す理由」~最初のEランク依頼
受付での説明が一段落すると、ミノリは手元の書類を一度まとめ、改めて木製のカウンターの上に置いた。
「それでは、Eランク向けの依頼一覧をご案内します」
そう言って差し出されたのは、これまで見慣れていた掲示板の写しとは、少し様子の違う紙だった。
文字数が増えている。
注意書きも多い。
依頼の内容も、どこか具体的だ。
「……なんか、急に文字多くないですか?」
「Eランク以上は、依頼内容の詳細記載が義務づけられています」 「うわ、そうなんだ」
カナタは軽く肩を落としつつ、書類に目を落とした。
ソラも横から、同じ内容を静かに追っている。
「まずはこちらです」
ミノリは指先で、一覧の一番上を示した。
「スライム討伐依頼」
「……スライム」
カナタは、思わずその単語を繰り返す。
「想像通りの、あの?」
「はい。いわゆる、もっとも基本的な魂獣の一種です」
ミノリは淡々と続ける。
「発生地点は街の外縁から少し離れた湿地帯。個体数が増えやすく、放置すると農地や街道に被害が出るため、定期的な間引きが必要になります」
「定期的、ってことは」
「はい。常設依頼です」
カナタは書類の一文を指でなぞった。
「討伐期限なし、討伐数に応じて報酬支給……」
「はい。期限は設けられていません。受注後、任意のタイミングで対応可能です」
ソラが静かに補足する。
「撤退も自由、ということですね」
「その通りです。途中で中断しても、討伐実績が確認できれば、その分の報酬は支払われます」
カナタは少しだけ考えるように唇を噛んだ。
「……初心者向け、って感じ?」
「Eランクの導入として、もっとも多く選ばれる依頼です」
ミノリは、少しだけ視線を落とし、次の説明に移る。
「スライムは低級魂獣に分類されます。攻撃性は低く、動きも鈍い。ただし」
一拍。
「油断した場合、負傷例はあります」
「油断、かぁ」
「体表が粘液質のため、足を取られやすい点。酸性を帯びた個体が混在する点。この二つが主な原因です」
淡々とした説明だが、内容は具体的だった。
「そのため」
ミノリは、別の資料を取り出す。
「この依頼では、武器および防具の装備が“推奨”されています」
「推奨、ね」
「義務ではありませんが、未装備の場合、負傷時の自己責任範囲が広くなります」
カナタは、思わず自分の服装を見下ろした。
動きやすいが、防御力はほぼない。
「防具って、何を装備すれば良いのかな?」
「最低限、手袋と脚部の防護を推奨しています。粘液への直接接触を避けるためです」
「なるほど……」
ソラが静かに口を挟む。
「武器は?」
「刃物、打撃武器、いずれも有効です。ただし、魂核を損傷しにくいのは刃物系になります」
カナタは眉を上げた。
「魂核って、さっき説明のあったやつだよね?」
「はい」
ミノリは、先ほど説明した内容を繰り返すように続ける。
「スライム討伐では、個体ごとに魂核が残ります」
「スライムだと小さいやつですね?」
「はい。低級魂獣ですので、魂核も小型です。ただし」
視線が、二人に向けられる。
「状態によって、評価額が変わります」
「壊れてたら安いですよね?」
「破損が大きい場合、買取不可になることもあります」
カナタは小さく息を吐いた。
「……気をつけないと、だね」
「はい」
ミノリは、さらに一枚、紙を追加する。
「そして、こちらが回復薬に関する案内です」
そこには、簡単な図と、価格表が載っていた。
「スライム討伐では、軽度の火傷や皮膚損傷が想定されます。そのため、回復薬の携行を強く推奨します」
「推奨、多いですね」
「命に関わる部分ですので」
価格を見て、カナタは少し目を細めた。
「……思ったより、高くない」
「低級向けの回復薬です。効果は限定的ですが、応急処置には十分です」
「なるほど」
ソラが静かに頷く。
「魂への直接作用はありませんね」
「はい。あくまで肉体損傷のみを対象としています」
説明を一通り終え、ミノリは書類を整えた。
「以上が、スライム討伐依頼の概要です」
カウンターの向こうで、彼女は二人を見た。
「受注されますか?」
カナタは、すぐには答えなかった。
ソラの方を見る。
「……どう思う?」
「Eランク導入としては、妥当です」
「即答だね」
「リスクが明確で、撤退判断もしやすい」
「うん……」
カナタは、もう一度書類に目を落とした。
期限なし。
数に応じて報酬。
核で追加報酬。
「……試しに、って言い方は変だけど」
「経験として、ですね」
「そう。無理しない前提で」
ソラは小さく頷いた。
「同意します」
カナタは、顔を上げた。
「ミノリさん」
「はい」
「このスライム討伐、受けます」
「承知しました」
ミノリは即座に手続きを始める。
慣れた動作で、受注印を押し、登録を進める。
「受注、完了しました」
そう告げてから、少しだけ声を和らげた。
「装備と回復薬の準備を整えてから、向かってくださいね」
「分かりました。ありがとうございます」
「無理は、しないでください」
「はい」
それは、業務としての注意喚起であり。
同時に、彼女自身の言葉でもあった。
カナタとソラは、書類を受け取り、並んでギルドの出口へ向かう。
扉の前で、カナタが小さく息を吐いた。
「……いよいよ、って感じだね」
「はい」
「魔物、か」
「低級魂獣です」
「言い直されると、余計に実感湧くなぁ」
ソラは何も言わず、ただ隣に立っている。
二人は扉を押し開け、朝の街へと踏み出した。
Eランクとしての、最初の一歩だった。




