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第11-2話「動き出す理由」~流れに馴染む

朝のギルドは、昨日よりも少しだけ慣れた場所に見えた。


足が自然と掲示板の前へ向かい、視線が迷わず依頼票を追う。

採取。

簡単な清掃。

書類運搬。

どれも地味で、短時間で終わる内容だ。


カナタは、その中から3枚を選び、まとめて剥がした。


受付へ向かうと、ミノリがすぐに顔を上げる。


「あ、カナタさん。おはようございます」

「おはようございます。これ、お願いします」


差し出した依頼票を受け取り、手早く確認する。

迷いのない動き。

もう“初回者”ではない。


「問題ありません。こちらに署名を」

「お願いします」


指名は、自然な流れになっていた。

特別な意識をすることもなく、ミノリの前に立つ。


「今日は三件ですね」

「はい。短時間のやつを選びました」

「堅実ですね」


淡々と手続きが進み、依頼証がまとめて渡される。


「お気をつけて」

「うん。行ってくる」


街へ出る。


朝の空気は軽く、昨日よりも音が整理されて聞こえた。


最初の依頼は採取だった。

指定された区域で必要な素材を集め、確認して袋に入れる。

作業は単純だが、手順を間違えなければ時間はかからない。


次は雑務。

街道脇の簡単な整備と、倉庫での荷運び。

重労働ではないが、身体の使い方を覚えるにはちょうどいい。


最後は書類の運搬。

指定された場所へ届け、受領印をもらうだけの仕事。

気づけば、辺りは暗くなっていた。


ギルドへ戻り、報告。

再びミノリの前に立つ。


「完了、確認しました」

「お願いします」


スタンプの音が、三度続く。


「こちらが報酬です」


受け取った袋は、昨日より少しだけ重かった。

数をこなした分、確かな手応えがある。


「ありがとうございました」

「こちらこそ。安定していますね」


その一言に、特別な意味はない。

だが、評価としては十分だった。


宿に戻り、夕食をとる。

そのまま部屋で休み、風呂へ入る。


夜は静かだった。

身体は疲れているが、嫌な重さはない。


翌日も、同じ流れだった。

朝、ギルド。

半日で片付くものを選んだ。

報告と報酬。


昨日より、動きが滑らかだ。

息を整えるタイミングも、無意識に掴めている。

夜、宿へ戻り、食事をして休む。

一日が、きれいに畳まれて終わる。


そして、朝。

朝の光が差し込む部屋で、カナタはベッドに腰掛けたまま、少し考えていた。


「今日は……休みの日だね」

「はい。その通りです。連続稼働による魂疲労は、効率を下げます」

「それ、ほんと毎回言うよね」


カナタは思わず笑った。


「ソラの口癖みたいになってない?」

「統計的に正しい助言です」

「うん、分かってるけどさ」


カナタはベッドに腰掛けたまま、肩をすくめた。


「でも、そうやってちゃんと言ってくれるの、助かってるよ」

「当然です。カナタの稼働管理も、私の役割ですから」

「……ほんと、真面目だよね」

「役割ですから」


カナタは小さく笑って、首を振った。


「分かってる。ありがと」


軽いやり取り。

けれど、その会話が自然に交わされること自体が、もう特別だった。


街へ出る。

目的のない散策は、歩幅を自然に緩めた。

その途中、ソラが思い出したように言った。


「宿の滞在期限ですが」

「あ、そういえば……今日までだっけ」

「はい」


足を止めずに、カナタは少し考える。

歩きながら、街の景色が視界に流れていく。


(……この街に来て、もう一週間か)


長いようで、短い一週間だった。


目を覚ました朝。

初めて依頼を受けた日。

慣れない身体で歩き回り、疲れて眠った夜。

全部が、まだ新しいのに、もう少し前のことのようにも感じる。


(本当に、いろいろあったな……)


「……この街に、まだいるつもりだよね?」

「ええ」

「じゃあ、延長しようか」

「二週間ほどが適切かと」

「うん。それでいこう」


決めてしまうと、気持ちはすっと落ち着いた。


焦る理由はない。

ここは、今の自分たちの拠点だ。


そのまま少し街を散策する。

露店を眺め、必要な消耗品をいくつか買い足す。

特別なものは買わない。

ただ、生活を整えるための、軽い買い物。


広場の一角では、人だかりができていた。

街道芸だ。

宙を舞う光と、軽やかな音。

カナタは、足を止める。


「……すごい」

「簡易的な術式ですね」

「へえ……」


しばらく、何も考えずに眺めていた。

ただ、楽しい。

それだけで、十分だった。


そして、宿へ戻った。


入口をくぐると、帳場にいたのはブレンダだった。

今日は夫の姿が見えない。


「こんにちは」

「おや、戻ったのかい」


いつもの、少し張りのある声。

カナタは一歩近づく。


「滞在、延長したくて」

「何日だい?」

「二週間、お願いします」

「了解」


手早く帳簿を確認し、金額を告げる。

支払いを済ませると、硬貨の音が小さく響いた。


「これで、しばらく腰を落ち着けられるね」

「はい。お世話になります」

「任せな」


ブレンダは、いつも通りの笑みを浮かべた。


階段を上がりながら、カナタはもう一度思う。

一週間。

短くて、濃い時間。

そして、まだここから先が続いていく。


インテルムでの生活は、もう「滞在」ではなくなりつつあった。

街は、ただの通過点ではなくなりつつある。


依頼を受け、働き、休み、また歩く。

インテルムは、今日も変わらず人を迎え入れ、動き続けていた。


そしてカナタは、その流れの中に、静かに馴染み始めていた。

次へ進むための、下地として。



閉館の鐘が鳴り、ギルド内は静けさに包まれていた。


掲示板の依頼票を外し、机を拭き、帳簿を所定の棚に戻す。

いつもと変わらない、片付けの時間。


「ミノリ」


背後から名前を呼ばれ、肩がわずかに揺れた。

振り向くと、伝令役の職員が立っている。


「ギルド長がお呼びだ。長室へ」


一瞬、理由が浮かばない。

遅刻も失態も、今日はしていないはずだった。


「……はい」


返事をしながら、胸の奥が少しだけ強張る。


通路を進み、重い扉の前に立つ。

深呼吸を一つして、ノックした。


「入れ」


中にいたギルド長ハルウェルは、いつもの豪快さを影に潜めていた。

肘をつき、指を組み、こちらを真っ直ぐに見ている。

冗談めいた笑みも、大声もない。

━━真剣だ。


「座ってくれ」


促され、向かいの椅子に腰を下ろす。

空気が、少し重い。


「例の二人の件だ」


それだけで、誰のことか分かった。

ソラと、カナタ。


「今日までの成果を聞かせてくれ」


ミノリは、淡々と事実だけを述べた。

依頼内容、達成速度、報告の正確さ。

特筆すべき異常は、あえて自分の言葉では足さない。


ギルド長は黙って聞き、最後に一度だけ頷いた。


「十分だな。あいつらは例外扱いする。Eランクに昇級を伝達してくれ」


言い切りだった。


「……昇級、ですか?」


思わず口に出る。

ギルド長は視線を逸らさず、短く答えた。


「そうだ」

「理由を、伺っても?」


一拍の沈黙。

だが、拒絶はなかった。


「これまでの経緯だ。初動、判断、安定性。そして━━魂の定着状況」


その言葉に、背筋が伸びる。

思い当たる節はあるが、口にしない。


「詳細はすまんが伏せる。この件は、ギルドとして最優先の秘匿事項だ」

「……はい」

「受付同士でも共有するな。お前が知っているのは、“業務上必要な範囲”だけだ」


命令だった。


「ミノリ。君は天翼の解放者パーティ、ソラとカナタから指名を受けている」


胸が、小さく鳴った。


「全力でサポートしてやってくれ。依頼選定、進行、情報管理。すべてだ」


机の引き出しが開き、一枚の契約書が置かれる。


「報酬は上乗せする。責任分だ」


それは、評価であり、拘束でもあった。

ミノリは立ち上がり、深く頭を下げる。


「承知しました。私にできる限りのサポートを行います」

「定期報告と、何かあったらすぐに俺へ報告してくれ」


それだけで、話は終わった。


扉を出た廊下は、先ほどと同じはずなのに、少し違って見えた。

世界の裏側を、ほんの一歩だけ踏んでしまったような感覚。


(……知らないままでいられないことも、ある)


ミノリは胸の奥で静かに息を整え、再び受付の灯りを消しに向かった。


明日、何も知らない顔で、彼らを迎えるために。


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