第11-1話「動き出す理由」~朝は、静かに始まる
朝の光は、宿の窓から控えめに差し込んでいた。
強すぎず、弱すぎず。
目を刺すこともなく、ただ「朝が来た」と告げるだけの光。
カナタは、ゆっくりと目を開けた。
「……朝か」
声は低く、まだ眠気を含んでいる。
身体を起こすと、昨夜まで残っていた湯の余韻はすっかり消えていて、代わりに、少しだけ張りのある感覚が残っていた。
(……ちゃんと、休めたな)
それだけで、今日は悪くないと思えた。
向かいのベッドを見ると、ソラはすでに起きていた。
窓際に立ち、カーテンを少しだけ開けて、外の様子を確認している。
「おはよう、ソラ」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
振り返ったソラの表情は、いつも通り穏やかだった。
「うん。ぐっすりね」
「それで十分です」
ソラは、静かに頷く。
「この宿は、夜が静かですから」
「そうだね……」
カナタはベッドから降り、軽く伸びをした。
関節が、きしむことなく素直に動く。
生前なら、朝はもっと重たかったはずだ。
(……こういうのも、慣れてきたな)
狭間での生活。
目覚めること。
身体を動かすこと。
それらが、少しずつ「当たり前」になりつつある。
身支度を整え、二人は部屋を出た。
廊下には、朝特有のひんやりとした空気が残っている。
一階の食堂に降りると、すでにいい匂いが漂っていた。
焼いたパンの香ばしさと、スープの温かな匂い。
「おはようございます」
声をかけると、厨房の奥からブレンダが顔を出した。
「おはよう。よく眠れたかい?」
いつもの、少し張りのある声。
それでいて、どこか柔らかい。
「うん。よく眠れました」
「そうかい。それは良かった」
テーブルに案内され、料理が運ばれてくる。
今朝は、厚切りのパン、温かいスープ、野菜の入った簡単なサラダ、それに卵料理。
「……美味しそう」
「冷めないうちに、どうぞ」
パンに手を伸ばし、一口かじる。
外は軽く焼けていて、中はふんわりと柔らかい。
「……うん、美味しい」
自然と、そう口に出ていた。
スープを飲むと、胃の奥までじんわりと温かさが広がる。
派手ではないが、朝にちょうどいい味。
食事中、ソラがカナタを見て言う。
「今日は、どうされますか?」
「うーん……」
少し考える。
「ギルド、行ってみようかな」
「依頼の確認、ですね」
「うん。そろそろ、ちゃんと目標決めないと」
ソラは、静かに頷いた。
「良い判断だと思います」
「そうだね」
食事を終え、礼を言って席を立つ。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってきます」
宿を出ると、街はすでに動き出していた。
朝の空気の中に、人の声と足音が混じる。
ギルドの建物は、相変わらず人の出入りが多い。
扉を開けると、掲示板の前には何人かの冒険者が集まっていた。
「……うわ、結構あるな」
「依頼は常に更新されますから」
掲示板の前に立ち、紙を一枚ずつ見ていく。
採取依頼。
配達。
簡単な雑務。
そして、ごく一部に討伐依頼。
「……討伐」
その文字に、視線が止まる。
「気になりますか?」
「うん……ちょっと」
正直な気持ちだった。
「異世界って言ったら、やっぱり……なって思って」
「討伐、ですか」
「そう」
ソラは否定しない。
「ただし、現状ではFランクです」
「だよね」
「討伐は、基本的にEランク以上が対象です」
カナタは、掲示板から一歩下がる。
「……まずは、ランク上げか」
「ええ」
「そのためには、依頼をこなして実績を積む」
「はい」
ソラは、静かに続ける。
「それと同時に、魂の器も少しずつ慣らしていく必要があります」
「魂の器……」
胸の奥に、意識を向ける。
以前よりも、輪郭がはっきりしている気がした。
(……前より、安定してる?)
「自覚は、ありますか?」
「うん。なんとなく」
それだけで十分だ、とソラは言った。
「成長は、急激なものではありません」
「そうだね」
「ですが、確実に進んでいます」
カナタは、もう一度掲示板を見る。
派手な依頼ではない。
地味で、報酬も少ない。
「……まずは、これかな」
採取と雑務が組み合わさった、簡単な依頼。
「堅実ですね」
「うん。焦っても仕方ないし」
カナタは、依頼票を一枚、剥がした。
「目標は、Eランク」
「はい」
「それから、討伐」
小さく、息を吸う。
「……少しずつ、やっていこう」
「ええ。そうですね」
ギルドの中は、いつも通りのざわめきに包まれている。
だが、カナタの中には、はっきりとした“これから”が芽生え始めていた。
朝は、静かに始まった。
だが、その静けさは、確かに次へ向かう一歩だった。




