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第10-幕間-2「冒険ギルド受付ミノリ」~懐かしさの正体

私は、日本で生まれ日本で育った。

それだけは、はっきり覚えている。


高校生だった。

制服の感触も、朝の通学路の空気も、今でも思い出せる。


部活帰りの夕方、横断歩道。

ブレーキ音。

衝撃。


次に目を開けたとき、身体はもう、動かなかった。


交通事故だったと、後から案内人から聞いた。

自分でも、不思議なくらい冷静に理解したのを覚えている。


ただ、その「理解」と「納得」は、まったく別物だった。


両親の顔が浮かんだ。

泣いている姿も、取り乱す声も、想像できてしまった。

それが、何よりも辛かった。

最初は、ただ悲しかった。

悔しかった。

どうして自分が、という思いばかりが巡った。


時間の感覚は、そこで一度、壊れた。


どれくらい泣いたのかも、どれくらい立ち尽くしていたのかも分からない。


気がつくと、私は「狭間」にいた。


天国でもなく、地獄でもない。

案内人から説明は受けた。

選別の結果だとか、魂の状態だとか、いろいろ言われた気がする。

理由も、ちゃんと聞いたはずだ。

でも、今となっては、どれも遠い話だ。


それよりも、自分が死んだという事実そのものを、受け入れられなかった。


私は、外縁に立っていた。


何もない場所。

けれど、何もかもが、こちらを見ているような感覚。

足元は確かに地面なのに、世界そのものが定まっていない。


天界での説明は、簡単だった。

行き先と、最低限の注意。

そして、最後にこう言われただけだ。


「外縁を進めば、街があります。まずは、ギルドへ向かいなさい」


それ以上の案内はなかった。


だから、歩いた。

ひとりで。


考え事をするでもなく、泣き続けるでもなく。

歩かなければ、何も始まらない気がしたから。

どれくらい歩いたのかは分からない。

足が疲れる感覚は、すでになかった。

それでも、歩くという行為だけは、私を“存在”に繋ぎ止めてくれていた。


やがて、城壁が見えた。

外縁に近い、境目の街。


高い石壁と、その前に立つ人影。

近づいて、はっきり分かる。 人ではない。

背中に翼を持つ存在。

無駄のない装備。

感情の読めない目。


行政天使。

街の門を管理する、天界の役割を地に落とした存在。


「外縁流入個体、停止」


声に従い、足を止める。

地面に、淡い光が広がった。


「魂測定を行います」


拒否する余地はない。

光が足元から立ち上がり、身体をなぞる。

胸の奥に、直接触れられる感覚。

一瞬だけ、息が詰まる。


「……魂定着、確認」

「定着済み。問題なし」


その言葉を聞いたとき、胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなった。


「外縁からの流入は、初回と判断」

「同行者なし」

「保護・監視対象に該当せず」


行政天使は、私を見下ろすように、しかし淡々と続ける。


「生活基盤未確立」

「初回者は、ギルドでの登録と職業斡旋を推奨」


翼が、わずかに動いた。


「この街に入ったら、正面の通りを進みなさい。中央区画に、冒険者ギルドがあります。案内は、ここまです」


門が開く。


私は、ただ頷いて、一歩を踏み出した。


街の中は、想像していたものとは違った。

人の声。

露店の匂い。

石畳を叩く足音。


そして━━人ではない存在たち。

獣の耳を揺らす者。

角を隠さず歩く者。

肌の色も、体格も、明らかに違う。


頭が追いつかない。

それでも、誰も私を見て驚かない。

外縁から来た者は、ここでは珍しくないのだと、すぐに分かった。


(……生き直す場所、か)


今なら、分かる。

私は“受け入れられた”のだ。

測定され、問題なしと判断され、街へ通された。

後になって思えば、それは当たり前の流れだった。


━━魂が、定着していたから。


後日、ギルドで知ることになる。

外縁から来た者の中には、魂が不安定で、測定不能になる者もいることを。

単独では街に入れず、例外的な判断が必要になることを。


あのときの私は、知らなかった。

あの二人が、まさにその“例外”だったことを。


彼の魂は測定不能だった。

けれど、彼女がいた。

だから、行政天使は、ギルドへの案内を行わなかった。

━━判断を、委ねたのだ。

その違いを、私は後になって理解する。


あの日の私は、ただ歩いた。


行政天使に示された通り、街の中央へ。

ギルドへ。


職と、役割と、居場所を得るために。

そして、受付という場所に辿り着く。


人の変化を、誰よりも近くで見る立場へ。

あの二人と、再び出会うことになる場所へ。


こうして、私はギルドの受付になった。


最初は、ぎこちなかった。

言葉遣いも、距離の取り方も。


でも、仕事は嫌いじゃなかった。


依頼を受け、説明をし、報酬を渡す。

人の目的と、結果を見届ける仕事。

危険な人も、野心的な人も、怖い人も来る。

でも同時に、不安そうな人も、迷っている人も来る。


その中に、あの二人が現れた。

受付越しに見た、最初の印象は、やはり"来たばかり"だった。


男の方━━カナタ。

視線が少し遅れる。

言葉を選ぶ前に、一度、息を整える癖。


女の子━━ソラ。

空色の髪。

静かな佇まい。

だが、周囲への注意が、常に一歩先にある。


「依頼を、見せてもらえますか?」


そう言ったのは、カナタだった。

声は落ち着いているが、微かに硬い。


私は、自然に応対した。

それが仕事だから。


けれど、内心では、少しだけ意識していた。

この二人は、境界にいる。

こちら側に完全には立っていない。


特に、ソラ。

彼女の視線は、依頼書ではなく、カナタに向いていた。


常に。

さりげなく。

だが、確実に。

守っている。

支えている。

同時に、抑えてもいる。


その関係性が、私にははっきりと見えた。


だからこそ、思った。

この街は、彼らにとって、悪くない場所だ。


受付として、私は淡々と説明をした。

Fランクの依頼。

採取。

注意点。


カナタは、真剣に聞いていた。

ソラは、その横で、静かに頷く。


あのときの二人は、まだ硬かった。

世界に、身体を預けきれていなかった。


けれど、今は違う。

ギルドで見かけるたびに、少しずつ、変わっている。

それを、私は知っている。


書類を整えながら、視線の端で彼を見ていた。

珍しい、と思ったわけじゃない。

この街にも、外縁から来た冒険者は多い。


けれど━━その視線の向け方が、少し違った。

値踏みじゃない。

好奇心でもない。

まるで、懐かしいものを前にしたときの、戸惑い。


(……なんだろう)


そう感じたのは、たぶん私のほうが先だった。


説明を続けながら、言葉を選ぶ。

丁寧に、余計な感情を混ぜずに。

これはもう、身体に染みついた癖みたいなものだ。


「受付は指名することもできるんです」


彼が首を傾げるのを見て、少しだけ安心する。

ちゃんと“初めて”の反応だ。

話しながら、ふと気づく。


━━距離が近いのに、近すぎない。

踏み込んでこない。

でも、壁も作らない。


(ああ……)


その瞬間、胸の奥で小さく何かが鳴った。

昔、当たり前だった感覚。

向こう側にいた頃、自然にしていた距離感。

名前を名乗る。


「私は、ミノリと言います」


彼がその名を反芻する間、私は無意識に、次の言葉を待っていた。


聞かれるかもしれない。

聞かれないかもしれない。

━━どちらでもいい、はずなのに。


彼は一度、隣の女性を見る。

相談するように、小さく声を落として。


(……あ)


その仕草で、確信に近いものが生まれた。

この人も、知っている。

"向こう側"の気遣いを。

そして━━


「……僕、生前は日本人だったんです」


その言葉を聞いた瞬間、頭の中が、すっと静かになった。

驚きは、あった。

でもそれ以上に、腑に落ちた。


(やっぱり)


全部、繋がる。

顔立ちだけじゃない。

言葉の置き方。

沈黙の扱い方。

この街では、ほとんど出会わない感覚。


「……やっぱり、分かりますか」


気づけば、そう口にしていた。

隠す理由も、今さらなかった。


「私も、日本出身です。生前の話ですけど」


重くならないように。

でも、嘘にならないように。


彼が少し笑ったのを見て、胸の奥が、ほんのわずかに温かくなる。

同郷だから、特別、というわけじゃない。


でも━━


説明しなくていい相手がいる、という事実。

それだけで、十分だった。


「もしよろしければ、次回から私を指名してください」


仕事としての言葉。

でも、その裏にあるのは、個人的な願い。

この人の手続きを、私が担当したい。

それだけの、静かな理由。


彼が頷いた瞬間、私は、ちゃんと受付の笑顔を作った。


━━この街で。


また一人、“分かり合えるかもしれない人”に出会えた。

それは、死んでから初めて感じた、少しだけ前向きな出来事だった。


受付という場所は、人の変化が、よく見える。

私自身も、ここに来たばかりの頃は、同じだったから。


夜のギルドは静かだ。


灯りを落とし、帳簿を閉じる。

私は椅子から立ち上がり、窓の外を見る。

外縁の向こうは、今日も暗い。

それでも、もう怖くはない。


私は、ここにいる。

役割があり、居場所がある。

あの二人も、今は、ここにいる。


それでいい。

今は、それでいい。

狭間は、待つ場所だ。

進むために、立ち止まる場所。


私は、受付に戻る。


明日も、誰かが来る。

その中に、彼らがいるかもしれない。

あるいは、いないかもしれない。


それでも、私はここで見ている。

変化の、その一歩手前を。



ミノリ━━プロフィール

基本情報

名前:ミノリ

性別:女性

外見年齢:20歳前後

魂年齢:生前+狭間滞在年数(本人はあまり意識していない)

出身世界:地球(日本)

出身時代:現代日本

職業:冒険者ギルド受付(狭間・インテルム)

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