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第10-4話「続けられる日々」~空色の石

噴水の広場は、街の中心にあった。


白い石で縁取られた円形の縁から、水が途切れなく湧き上がり、一定の高さまで弧を描いて落ちてくる。

水音は大きすぎず、静かすぎもしない。


人の声や足音をやわらかく包み込み、ここだけ時間の流れが少し緩んでいるようだった。


「……ここ、空いてる」


カナタはそう言って、噴水を正面に見る位置のベンチを指さした。


「ええ」


ソラは頷き、隣に腰を下ろす。

二人の距離は、自然な間隔だった。

触れないが、遠くもない。


しばらくの間、言葉はなかった。


噴水の水が落ちる音と、風に揺れる木々の葉擦れが、会話の代わりをしている。


噴水の水音を聞きながら、カナタは小さく息を吸った。


(……誰かに、こうして何かを贈るの、初めてだ)


生前も、特別な誰かがいたわけじゃない。

病室と、白い天井と、消灯時間。

誰かのために何かを選ぶ余裕なんて、なかった。


"プレゼント"という行為そのものが、ずっと、どこか遠いものだった。

だからだろう。

胸の奥が、少しだけ落ち着かない。

失敗したらどうしよう。

喜ばれなかったらどうしよう。


(……でも)


それでも、渡したいと思った。

助けてもらったこと。

隣を歩いてくれたこと。

それを、ちゃんと形にしたかった。


カナタは、外套の内側に触れる。

包みの感触を確かめるように、指先がわずかに動く。


(……大丈夫)


そう、自分に言い聞かせてから、顔を上げた。


包みを取り出す動作は、少しだけぎこちない。

深呼吸を一つ。


それから、ソラの方を見た。


「さっきの店でさ」

「はい」

「これ……買ったんだ」


包みを、両手で差し出す。


「ソラに」


短い言葉だったが、声は意外なほど落ち着いていた。


ソラは、驚いたように目を瞬かせる。


「私に、ですか?」

「うん」


それ以上は言わない。


理由を並べるのは、なんだか違う気がした。

ソラは一瞬だけ包みを見つめ、それから、そっと受け取った。


「……ありがとうございます」


声音は、いつもよりわずかに柔らかい。


包みを解く指先は、慎重だった。

布が外れ、小さな首飾りが現れる。


淡い空色の石。


噴水の水を映し、光の加減でわずかに色を変える。

ソラは、その石を見た瞬間、ほんの一瞬だけ言葉を失った。


「……綺麗ですね」


評価ではない。

反射的にこぼれたような、素直な一言だった。


「でしょ」


カナタは、無意識に肩の力を抜く。


「この色……ソラに似合うと思って」


ソラは、石を指先で持ち上げ、光に透かす。


「空の色に近いですね」

「うん」

「……とても、落ち着く色です」


噴水の音に混じって、ソラの声が静かに溶ける。

カナタは、そこで一度、視線を落とした。


「それさ」

「はい」

「お礼でもあるんだ」


ソラが、ゆっくりと顔を上げる。


「助けてくれたこと」

「……」

「ここまで、一緒にいてくれたこと」


言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。


「正直、最初は……何も分かんなくて、怖くて」


小さく、苦笑する。


「でも、ソラが隣にいてくれたから、ここまで来れた」


噴水の水が、少し強く跳ねた。


「だから……」


カナタは、照れたように頭を掻く。


「ありがとう、って意味」


一拍、間を置いて。


「それと」


顔を上げ、まっすぐにソラを見る。


「これからも、よろしく、って」


簡単な言葉。

だが、今のカナタに出せる、すべてだった。


ソラは、しばらく何も言わなかった。


首飾りを手のひらに乗せたまま、静かに見つめている。

噴水の音だけが、時間を刻む。

やがて、ソラは小さく息を吐いた。


「……嬉しいです」


はっきりとした声だった。


「こういったものを、贈られたのは初めてです」


ソラは、首飾りを大切そうに握り直す。


「お気持ちも、意味も……」


視線をカナタに向ける。


「すべて、受け取ります」


その表情は穏やかで、どこか柔らかい。

微笑みと呼ぶほどではないが、確かに喜びがそこにあった。


「……よかった」


カナタは、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。


「つけてみても、いいですか?」

「え?」


思わず声が出る。

ソラは、首飾りを持ち上げたまま、少し首を傾げる。


「この場で」

「あ、うん……もちろん」


ソラは、静かな動作で首にかける。

留め具が噛み合う、小さな音。

空色の石が、白い髪の下で揺れた。

噴水の水音と重なり、その色は一層やわらかく見える。


それは、最初からそこにあったかのように自然だった。


「……似合ってる」


思わず漏れた言葉だった。


「ありがとうございます」


ソラは、首元に触れ、確かめるように指先を置く。


「大切にします」

「うん」


それ以上、言葉はいらなかった。


二人は並んで噴水を眺める。

水は、変わらず流れ続ける。

街も、変わらず動いている。

だが、その中で、確かに何かが一つ、結ばれた。


「これからも」


ソラが、静かに言った。


「共に進みましょう」


カナタは、少し照れたように笑う。


「うん。よろしく」


噴水の水が、陽を受けてきらめいた。

その光は、二人の足元に落ち、これから続く道を、静かに照らしていた。


首飾りを身につけたまま、二人はしばらく噴水を眺めていた。

特別なことを話すでもなく、ただ、水の音と街の気配を共有する。

それだけで、十分だった。


やがて、カナタが立ち上がる。


「……そろそろ、昼だね」

「ええ」


広場を離れると、通りは昼の賑わいに包まれていた。

露天の呼び声、焼いた肉の香り、香草の匂い。


「何か食べていこうか」

「そうですね。空腹は、集中力を落とします」


選んだのは、簡素な屋台だった。


厚切りのパンに、焼いた肉と野菜を挟んだもの。

木の器に盛られた豆の煮込みが添えられる。


「……うまい」

「ええ。素朴ですが、悪くありません」


腰掛けて食べるその時間は、冒険者としても、旅人としても、ごく普通の昼だった。


露天をいくつか回り、日用品を揃えていく。

替えの布、油紙、細い紐。

小さな革袋に収めながら、カナタは品を吟味していた。


「この布、予備に一枚あった方がいいかな」

「ええ。傷口を覆うのにも使えます」


そんなやり取りの途中で、露天の店主が、ふとソラに目を向けた。


「……あんた、その首飾り」


一瞬、場の空気が止まる。


「はい?」


ソラが、穏やかに視線を向ける。


店主は、首元の空色の石を見つめ、少しだけ首を傾げた。


「ま、気のせいかもしれん。最近は、変わった装飾も増えたからな。それにしても、よく似合ってるね」


店主はそう言って、視線を商品へ戻した。


「ありがとうございます」


ソラは穏やかに応じる。

特別な反応は見せず、いつもと変わらない調子だった。


その様子を横目で見ながら、カナタは小さく首を傾げる。


「……褒めてたけど、ちょっと気になる言い方だったね」

「そうですか?」

「うん。ただ“似合ってる”って感じじゃなかった気がして」


少し考えるように、首元へ視線をやる。


「そのネックレス、そんなに珍しい?」

「見た目以上に、目を引くのでしょう」


ソラはそう言って、話題をそれ以上広げなかった。


だが、歩き出したあとも、空色の石は、陽を受けて静かに光を返していた。


まるで━━

何かに応えるように。

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