表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/83

第10-1話「続けられる日々」~休むことを選ぶ日

朝は、音を立てずに訪れた。


カナタは、薄くなった夢の縁から、ゆっくりと意識を引き上げられるように目を覚ました。


瞼を閉じたまま、最初に感じたのは━━呼吸。

深く、一定で、乱れがない。

胸の奥に、妙な引っかかりも、ざわつきもない。


(……生きてる)


そんな、どうでもいい確認を頭の中でしてから、カナタはゆっくりと目を開けた。


見慣れた宿の天井。

木目の板に、細かな傷。

昨夜、灯りを落とした魔導灯は、すでに力を抜いて淡く光っている。


「……朝か」


体を起こすと、軋みはない。

以前なら、どこかしらが重く、だるく、起き上がるだけで一拍置いていたはずだ。


だが今日は、すっと動けた。


(疲れは……残ってないな)


魂の内側に意識を落とす。

強く触れない。

探らない。

ただ、存在を確かめる。

過剰なうねりはない。


「……少し、慣れてきたか」


呟きは、独り言だ。


そのとき、隣の椅子に置かれた外套の気配が、わずかに揺れた。


「起きましたか?」


声は、近い。

だが、驚くほど静かだ。


「ソラ……起きてたの?」

「ええ。少し前から」


ソラは、窓際に立っていた。

カーテンの隙間から差し込む朝の光が、白い髪を淡く縁取っている。


「体調は?」

「問題ないよ。むしろ、調子いい」


カナタは、正直に答えた。


ソラは、ほんのわずかに頷く。


「魂の揺れも安定しています。昨日の消耗は、残っていませんね」

「そういうの、分かるようになってきた気がする」

「それは、良い兆候です」


押しつけるでも、評価するでもない。

ただ、事実として告げる。

それが、ソラのやり方だった。


カナタは、ベッドから降り、軽く伸びをする。


筋肉が素直に応える。


(……ああ)


影の檻。

隔離。

あの閉塞感。

それらが、夢のように遠い。


「今日は、どうしますか?」



ソラの問いに、カナタは一瞬考えた。


「……先日のキノコ、あるよね。あれを、ギルドに提出して依頼達成の報告を済ませたい」

「ええ」


ソラは、カナタの様子を一度だけ見てから、静かに口を開いた。


「それが終わりましたら、本日は休みにしましょう」

「……休み?」

「はい。二日続けて依頼をこなしました。事前に決めた通りのルーティンです」


カナタは、一瞬きょとんとしたあと、思い出したように笑う。


「ああ……そうだったね。二日動いて、一日休むってやつ」

「魂の回復効率も、その周期が最も安定しています」


淡々とした説明。


だが、そこには確かな配慮があった。


「ギルドから報酬を受け取ったら、今日は無理をしない」

「……なんか、ちゃんと冒険者してるね」

「“続けられる”ことが、最優先です」


それは、管理でも命令でもない。

支えるための判断だった。


カナタは、外套を手に取りながら、小さく息を吐く。


「前はさ、休むのって、サボってる気がしてた」

「今は?」

「今は……次のため、って思える」


ソラは、わずかに目を伏せた。


「それで十分です」


階下から、朝食の匂いが立ち上る。


「朝食を取ってから、ギルドへ向かいましょう」

「うん」


宿の一階。


「……いい匂い」


木の床をきしませながら降りていくと、すでに食堂には朝の支度が整っていた。


大きめの木皿に並べられた、こんがり焼かれたソーセージ。

その横には、じゃがいもと人参、豆と葉物野菜がたっぷり入ったコンソメスープ。

澄んだ黄金色のスープの中で、野菜がやわらかく形を保ったまま揺れている。  


焼き立てのパンは、表面が軽く割れ、触れれば湯気が逃げそうだった。

付け合わせの刻み野菜と塩漬け肉の和え物が、控えめに彩りを添えている。


「ほら、冷める前に座りな」


カウンターの向こうで、女店主が顎で席を示した。


「いただきます」


カナタは素直に手を合わせ、まずスープに口をつける。


━━優しい。


塩気は強すぎず、野菜の甘みが前に出ている。

ソーセージの脂が溶け込んで、後味にコクが残る。

体の奥に、静かに染み渡る味だった。


「……美味しい」


思わず零れた言葉に、女店主が鼻で笑う。


「でしょ。朝はこれくらいが一番いいんだよ」


ソーセージにかぶりつくと、皮がぱちりと弾けた。  

中は粗挽きで、噛むほどに肉の旨味が広がる。  

パンをちぎってスープに浸せば、柔らかくなった端から香りが立った。


ソラは隣の席で、同じように食事を取っている。

動きは静かだが、手は止まらない。


「……よく食べるね、今日も」


女店主が、二人を見比べながら言った。


「美味しそうに食べてくれるとさ、作った甲斐があるよ」

「本当に……助かってます」


カナタがそう言うと、女店主は肩をすくめた。


「体が資本だからね。食わないやつほど、すぐ倒れる」


そこで、ふと思い出したように手を止める。


「……そういえば」


女店主は首を傾げた。


「毎日顔合わせてるのに、名前聞いてなかったね」


カナタは、少し驚いてから苦笑する。


「確かに……」

「私はブレンダ」


胸に親指を当て、はっきり名乗った。


「この宿の女将で、料理担当。あんたたちは?」


 一拍。


カナタは、自然に答えた。


「カナタです。冒険者、見習いみたいなもんです」

「ソラです。同行者をしています」


ブレンダは、二人の名前を一度、口の中で転がした。


「カナタに、ソラ……」


ふっと、口角が上がる。


「変わった組み合わせだね。でも、悪くない」


カナタは、少し照れたように頭を掻いた。


「……よろしくお願いします」

「こちらこそ」


ブレンダは、空になりかけた皿を見て満足そうに頷く。


「今日もちゃんと食べてくれて、嬉しいよ」


その言葉は、特別な意味を持たない。  

だが、どこか━━帰る場所のある声音だった。


カナタは最後にパンを一口齧り、息を吐く。


「……行ってきます」

「いってらっしゃい」


ブレンダは、いつもの調子で手を振った。


それだけのやり取り。

だが、その朝食は確かに、今日を始める力になっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ