第9-幕間-2「案内人とソラ」~伏せるという選択
夜の宿は、深く静まっていた。
簡素な寝台で、カナタは眠っている。
呼吸は穏やかで、魂の波は乱れていない。
ソラは、しばらくその様子を見守ってから、そっと窓際へ移動した。
触れず、起こさず、ただ確認する。
(……眠っています)
小さく意識を整え、思念を広げる。
道具はいらない。
魂の波長を、ただ合わせるだけ。
淡い光が、空間の奥で揺らいだ。
『……来ましたね、ソラ』
やわらかく、包むような声。
光の海の向こう側で、案内人はすでに待っていた。
(はい。報告があります)
『ええ。聞いていますよ』
急かす気配はない。
叱る気配もない。
ソラは、静かに告げた。
(許可されていない領域まで、魂の出力を上げました。救出を優先した判断です。規定違反であることは、理解しています)
一拍。
(私の独断です。申し訳ありません)
光が、わずかに揺れる。
『……大丈夫です』
否定でも、免罪でもない。
ただ、受け止める声音だった。
『総合的に見て……あの場では、他に選択肢はありませんでした。カナタの魂は、限界に近かった。間に合わなければ、取り返しがつかなかったでしょう』
(……)
『だから、今回は不問とします』
裁定は静かだった。
『ただし』
光の揺らぎが、ほんの少しだけ引き締まる。
『次からは条件付きでです。カナタの身に、明確な危険が及ぶ場合に限り──同等の出力を許可します。その判断は……ソラ。あなたに委ねます』
責任を押し付ける言葉でもない。
役割を、そっと手渡す言い方だった。
(……はい)
『それから』
声が、さらに穏やかになる。
『選ばないという選択が、今回、成立しましたね。それは……ソラが、そこにいたからです』
ソラは、言葉を失った。
『完全な管理ではない。けれど、完全な孤立でもない。その“間”に留まれたのは、あなたが支えていたからです。この条件が続く限り……あなたの存在は、とても大切になります』
命令ではない。
期待でもない。
理解だった。
『引き続き、カナタのそばにいてあげてください』
(……はい)
しばらく、光の揺らぎだけが続く。
『……それと』
案内人は、少しだけ間を置いた。
『いずれ、カナタも気づくでしょう。魂の器は、もう……受け入れる準備を始めています。ですが、今はまだ』
(悟られないように、ですね)
『ええ』
微笑むような波紋。
『時期を見て、教えてあげなさい』
『知ることが、負担にならなくなった時に』
光が、ゆっくりと遠ざかる。
『……無理は、しすぎないで』
最後の言葉は、忠告というより、気遣いだった。
通信は静かに閉じた。
夜が、部屋に戻る。
ソラは、しばらくその場に立ったまま、動かなかった。
(……託されましたね)
振り返り、ベッドへ戻る。
毛布を整え、呼吸をもう一度だけ確かめる。
(……支え続けます)
誓いではない。
選択だ。
灯りを落とす。
「……おやすみなさい」
選ばされない夜。
まだ、何も知らなくていい夜。
その静けさの中で、“第三の在り方”は、確かに息づいていた。




