第9-幕間-1「影の創設者エミリア・ノクス」~繋ぐ者であろうとして
━━それは、まだ“天界”という言葉が、彼にとって誇りだった頃の話だ。
エレミア・ノクスは、案内天使だった。
魂を測り、見送り、導く存在。
生前の行いと魂の傾向を読み取り、最も“適合する世界”へと送り出す。
天国、地獄、狭間━━そのどれもが、秩序の一部だった。
彼は優秀だった。
感情に流されず、判断は正確で、規定違反も犯さない。
それでいて、魂に対して誠実だった。
天界の上位から見れば、理想的な案内天使だっただろう。
だが、現場は理想でできていない。
案内の仕事は、救済ではない。
あくまで“振り分け”だ。
どれほど慎重に測っても、どれほど丁寧に言葉を選んでも、世界そのものが魂に合わなければ、摩耗は避けられない。
エレミアは、それを何度も見てきた。
天国に送られた魂が、純粋さを求められるあまり息苦しさに耐えきれず、自らを削り、やがて空虚になっていく姿。
地獄に送られた魂が、罰の意味を理解する前に壊れていく様。
狭間に留められた魂が、管理の隙間で静かに消えていく光景。
それでも天界は言う。
「秩序は保たれている」と。
エレミアも、最初はそう信じていた。
━━あの魂に出会うまでは。
善でも悪でもなかった。
強い意志も、突出した罪もない。
ただ、生き方が“どこにも適合しない”魂。
どこへ送っても、必ず歪む未来が見えた。
天国では、周囲に合わせるために自分を壊す。
地獄では、罰に意味を見いだせず消耗する。
狭間では、長く保たない。
エレミアは迷った。
だが、規定は規定だ。
彼は、最も“妥当”な選択をした。
狭間への一時保留。
正しい判断だった。
少なくとも、制度上は。
だが、その魂は消えた。
誰にも知られず、記録にも残らず、
「問題なし」と処理されて。
天界は言った。
「案内は正確だった」
「魂側の問題だ」と。
その瞬間、エレミアの中で、何かが音を立てて崩れた。
━━魂が壊れたのではない。
━━世界の枠が、狭すぎたのだ。
神も天使も、魂の行き先を「用意する」ことはできる。
だが、魂が自分で在り方を決めてしまう場所は、彼らには用意できない。
案内天使である限り、彼は“繋ぐ側”であり続ける。
魂を世界に接続する役目。
だが、その接続そのものが、魂を縛り、選択肢を奪っているのではないか。
ならば。
誰にも繋がれず。
誰にも管理されず。
それでも壊れずに在れる魂こそが、最も自由なのではないか。
それが、エレミアの思想の始まりだった。
彼は天界を離れた。
堕天ではない。
追放でもない。
自ら、出たのだ。
そして集めた。
かつての同僚。
管理に疑問を持った案内天使。
救えなかった記憶を抱えた者たち。
彼らは反逆者ではなかった。
ただ、失敗を忘れられなかっただけだ。
そうして生まれたのが、影。
神を否定するためではない。
天使を憎むためでもない。
ただ、証明したかった。
管理されなくても、孤立しても、魂は存在できるのだと。
長い時間をかけ、実験は続いた。
多くは失敗した。
孤立は、想像以上に過酷だった。
それでも、エレミアは引き返せなかった。
あの魂を、無意味にしたくなかったからだ。
そして━━カナタを見つけた。
測定不能。
過剰な魂容量。
周囲に影響を与えながらも、無自覚。
理論に、合致していた。
檻を作り、隔離し、観測した。
恐怖。
孤独。
選択の圧。
本来なら、崩れるはずだった。
だが、崩れなかった。
案内天使ソラがいた。
管理しない。
導かない。
ただ、存在し続ける。
それが、カナタを支えた。
エレミアは焦った。
それは管理ではない。
だが、断絶でもない。
━━孤立していない。
その事実が、彼の理論を壊した。
実験は、失敗だった。
だから撤収した。
檻を解き、影を引いた。
敗北ではない。
だが、証明はできなかった。
影は分裂するだろう。
孤立を信じ続ける者もいる。
それでも。
エレミア・ノクスは、最後に理解した。
(……選ばせられない場所が、生まれた)
(ふふ、皮肉なものだ)
天使は、導く存在だ。
神は、裁く存在だ。
しかし、ここにあるのは━━違う。
導くことも、裁くことも、できない空間。
枠も規定も、秩序も届かない。
だが、魂は消えず、崩れず、ただ在る。
これは、管理にとって致命的なことだ。
導けない魂。
裁けない魂。
記録も契約も、何も届かない魂。
私は知っている。
規定や秩序は、形だけだと。
強制して、制御して、押し込めて━━
その枠が全てだと信じていたとしても、枠の外に生きるものは必ず現れる。
━━そう、あの魂が示した通りに。
制御せず、見守るだけで、崩れずに在る。
これが、理論だけでは証明できなかった“可能性”だ。
ここには━━選ばされず、しかし孤立せず、魂が自ら在り方を決める場所がある。
その事実が、私の理論を揺るがす。
その事実が、私の実験の意味を━━変える。
ふふ、少し、面白いではないか。
管理されないが、孤立していない━━
“第三の在り方”。
次に彼が何を選ぶのか。
それは、まだ誰にも分からない。
━━だが、もう。
彼は“答えを奪う側”ではいられなかった。
エレミア・ノクス プロフィール
種族:元・案内天使
立場:影の創設者/観測者/思想家
性別:男性
外見年齢:20代後半相当
実年齢:不明(天界基準で数千年以上)
属性:中立(秩序否定だが破壊志向ではない)




