表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/83

第9-1話「守れなかった約束」~制御された追跡

森は、何事もなかったかのように静まり返っていた。

引き裂かれたはずの空気は、すでに自然へと溶け込み、

地面に残された影の歪みも、わずかな名残を残すのみ。


「…………」


ソラは、ゆっくりとその場に膝をついた。


まず、確認。

感情よりも先に、やるべきことがある。


……その前に。


ソラは、意識を深く沈めた。

森そのものではない。

影でもない。


“魂”を探す。


(……カナタ)


名を思い浮かべるだけで、胸の奥が反応する。

間違えようがない。

カナタの魂は、あまりにも強い。

周囲に溶けるタイプではなく、そこに“在る”と主張する存在。


本来なら━━

探すまでもないはずだった。

これほどの魂を、見失ったことなど、ない。


この距離。

この時間。

この森。


(……いるはず)


だが。


「…………?」


ない。


感じない。

輪郭が、掴めない。

気配はあるはずなのに、魂の“位置”だけが、すっぽりと抜け落ちている。


(……隠されている?)


否。

ただ覆っているだけではない。


もっと、精巧だ。

存在そのものを、外界の観測から切り離している。


(……魂の遮断)


そんなことが出来る存在は、限られている。

しかも━━


(……完全、ではない)


ごく、微か。

世界の奥で、わずかに“重み”が揺れた。


カナタの魂は、そこにある。

確かに、ある。


だが、触れられない。

呼びかけても、応えない。

まるで━━

"見つけるな"と、世界ごと書き換えられているようだった。


(……檻)


言葉が、自然と浮かぶ。


力で押さえ込んでいるのではない。

壊しているわけでもない。


“存在を、隔離している”。


「……厄介ですね」


それでも、諦める理由にはならない。

ならば、順序を変えるだけだ。


地面。

影が立ち上がった位置。

空間が裂けた方向。

草の倒れ方、土の擦れ。


(……高度な転移)


詠唱なし。

予備動作なし。

媒介は“影”。

即時転移の中でも、かなり完成度が高い。

距離も、短くはない。


「……手際が良すぎます」


呟いた声は、誰にも届かない。

転移痕は、完全ではない。

一瞬だけ、世界が耐えきれずに残した“歪み”がある。

ソラは、そっと手袋を外し、地面へ指先を伸ばした。

触れた瞬間。


━━ぞわり。


空気の裏側をなぞるような感覚。

冷たく、重く、そして……粘つく。


(……やはり)


影の魔術。

それも、自然発生のものではない。

意図的に“作られた”影だ。


「追跡は……」


一度、目を閉じる。

可能。

だが、通常の手段では不可能。

相手は、こちらが追ってくることを想定している。

痕跡は薄く、わざと“辿れそうな形”を残している節すらある。


(……誘っている)


それでも。

ソラは、立ち上がった。


「……行きます」


誰に向けた言葉でもない。

自分自身に、言い聞かせるように。

━━抑えていた力に、そっと手をかける。

魂の奥。

常に制御し、封じ、調律してきた“部分”。

それを、ほんの一段階だけ、解放する。


「…………」


空気が、微かに軋んだ。

森の音が、遠のく。

視界が、わずかに深度を増す。

見えるのは、物理的な景色だけではない。

魔力の流れ。

影の密度。

そして━━

“通った痕”。


「……見つけました」


それは、線だった。

影が、影のまま、空間を滑った痕跡。

指先でなぞると、ひどく不快な感触が伝わってくる。


(……触れられた)


カナタに。

あの影が。

胸の奥が、きしむ。


(……私のせい)


その感情を、押し込める。

今は、前を見る。

痕跡は、森の外━━街の方向へと、一度だけ伸びている。

だが、途中で、意図的に“折られて”いた。


(偽装……?)


いや。

違う。


「……合流した、のですね」


街の近くで、一度、安全圏へ戻し、 そこから、別の転移。

計画的。

時間も、場所も、選ばれている。


ソラは、迷わなかった。

街の方角へ向かう。


森を抜けた瞬間、石壁が視界に入った。

北門。


ソラは、歩みを止めない。


抑制。

調律。

封印。


そのすべてに、ほんのわずかな“隙”を作る。


(……一刻も、無駄にできません)


魂の奥で、制御輪が一段、外れた。


──踏み出す。


次の瞬間、地面が砕けた。

正確には、踏み抜いたのではない。

速度に、世界の方が遅れただけだ。


風が、遅れて音になる。

景色が、線に変わる。


北門が、迫る。

行政天使が、こちらを認識する。


だが――

演算が、間に合わない。


ソラの身体は、門を“通過した”。


壁の内と外。

その境界に、わずかな圧痕だけが残る。


羽根が揺れたのは、

ソラの背中が、すでに遠ざかった後だった。

その判断が、後に記録上「最適解」と分類されることを、彼らはまだ知らない。


(……止めない判断)


追うという選択肢が、

最初から存在しない速度。


街へ入る。

人の流れ。

石畳。


すべてが、踏み台になる。


跳ぶ。

走る。

加速する。


魂が、身体を上書きしていく。

筋繊維が悲鳴を上げる前に、次の一歩が、すでに前へ出ている。


(……待っていてください)


影の痕跡が、視界の奥で線になる。


ソラは、減速しない。

迷わない。

振り返らない。


ただ━━追う。


奪われた存在のもとへ。

一刻も早く。


世界が追いつく前に。


影が、ある。

街の中に、薄く、広く。

直接的な痕跡はない。

だが、“通過”した余韻が、あちこちに残っている。

視線は、常に一段奥。


(……あの影は)


個ではない。

組織。

もしくは━━


誰かが、この街の“抜け道”を知っている。

ギルド。

行政。

あるいは、そのどちらでもない場所。


(……カナタ)


名前を呼びそうになり、唇を噛む。

今は、感情に溺れない。

必ず、取り戻すために。


影の痕跡は、街の外縁へと収束していた。

古い倉庫。

使われていない管理路。


「……やはり」


最後の転移地点。


ここから先は━━


“向こう側”。


空間が、わずかに呼吸しているように見えた。

ソラは、立ち止まり、深く息を吸った。

抑制を、もう一段階。


「……少しだけ、許してください」


誰に向けた言葉か、自分でも分からない。

それは懇願ではない。

許可を求める“確認”に近かった。


魂が、静かに唸る。

暴れようとはしない。

制御は、今も彼女の手の内にある。


ただ━━

張り詰めた輪を、わずかに緩めただけ。


解放ではない。

開放でもない。

制御されたまま、流量だけを上げる。


それでも、力は━━足りる。


戻れなくなる一線が、意識の端で、確かに近づいている。

だが、今は越えない。

越えないと、決めている。


(待っていてください)


これは、暴走ではない。

助けるために選んだ、“許された範囲”での、全力だ。


必ず、追いつく。

影に奪われた存在を。

必ず、この手で。

ソラは、影の濃い場所へと、足を踏み出した。


━━追跡を、開始する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ