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第8-4話「慣れ始めた日常と、気づかれない違和感」~影に攫われたもの

森の中は、思っていたよりも明るかった。

北側の森は、木々の間隔が広く、陽の光が地面まで届いていた。

下草も少なく、足取りは自然と軽くなる。


「確かに、昨日より楽だね」


カナタが周囲を見回しながら言う。


「ええ。採取向きの区域ですね」


依頼書に記されていた特徴を思い出しながら、地面を探す。

倒木の根元。

湿り気のある土。

日陰になりやすい場所。


「……あ、あった」


最初に見つけたのは、茶色い傘を持つキノコだった。

指定された形状と一致している。


「これだよね?」

「はい。間違いありません」


ソラが頷く。


「数も、そこそこあります」

「ほんとだ」


周囲を見渡すと、同じ種類のキノコが点々と生えている。

昨日の薬草より、よほど分かりやすい。


「これなら、すぐ終わりそうだね」

「油断は禁物です」


言葉は冷静だが、ソラの視線は、わずかに周囲を警戒するように動いていた。


採取は順調だった。

一つ一つ、傷つけないように根元から丁寧に採る。

数を確認し、袋へ入れる。


「……思ってたより、静かだね」


ふと、カナタが言う。


鳥の声はある。

風で葉が揺れる音もする。

けれど、どこか“空白”があるような静けさだった。


「そうですね」


ソラは短く答える。


(……視線)


その時、ソラは、確かに感じた。


背中。

木々の間。

少し離れた場所から━━何かが、こちらを見ている。

気配は薄い。

殺意もない。

ただ、観察するような、静かな圧。

ソラは、さりげなく視線を動かした。


━━何も、見えない。


「……?」


消えた、というより━━

こちらの認識から、意図的に外されたような感触だった。


(今のは……)


錯覚━━そう、片づけようとした。

だが、胸の奥に、嫌な感触が残る。


「ソラ? どうかした?」


カナタの声に、はっとする。


「いえ。問題ありません」


即座に答える。


「キノコの数、もう少し集めましょう」

「了解」


カナタは再び地面へ視線を戻す。

その様子を見て、ソラは小さく息を整えた。


採取を続けるうち、必要数は順調に集まっていく。

袋の中身も、ずっしりと重くなった。


「これで、指定数は満たしてますね」

「ほんとだ。思ったより早かった」


袋の中には、指定数を超えるキノコ。

形は崩れておらず、傷もない。

湿り気も程よく保たれている。


「……結構、いい感じじゃない?」


カナタが袋を軽く持ち上げて言う。


「ええ」


ソラは短く答えながら、視線を落とした。


(……やはり)


キノコから、微かに感じ取れる“密度”。

生命力の凝縮具合。

自然物としては、明らかに質が良すぎる。


(薬草の時と、同じ)


昨日の記憶が、脳裏をよぎる。

本来であれば、ばらつきが出るはずの品質。

なのに、カナタが採取したものだけが、揃って良質だった。


偶然━━ではない。


(カナタの魂の影響……)


ソラは、知っている。

強すぎる魂は、周囲の“質”を歪めることを。

近くにあるものへ、無意識に干渉してしまう。

触れたものの質を、等しく引き上げてしまう。

それは、祝福にもなり得る。


だが━━


(目立つ)


カナタ自身は、気づいていない。

ただ、運が良かったと思っているだけだ。

けれど、この品質は、確実に“誰かの目”を引く。


(街での視線……さきほどの違和感……)


気づいていた。


だからこそ━━


「今日は、早めに戻りましょう。依頼も達成しましたし、無理は禁物です。街道に出たら……そのあたりで昼食にしましょう」


ソラは、そう提案した。


「いいね。ちょうど腹も空いてきたし」

「落ち着いて食べられる場所を選びます」

「なんか……それっぽいな。冒険者って感じ」


カナタは、少しだけ声を弾ませた。


「楽しみですか?」

「うん。外で食べるの、嫌いじゃない」


ソラは、それ以上何も言わなかった。

ただ、歩調をわずかに早める。


「では、街道までもう少しです」


その直後だった。


――すっ。


空気が、歪んだ。


「……?」


カナタが不安そうに足を止める。


次の瞬間、足元の影が、あり得ない動きをした。

地面に張り付くはずの影が、立ち上がる。


「なっ!」


影は、腕のような形を取り、カナタの足首を掴んだ。


「カナタ!」


反射的に、ソラが手を伸ばす。

空間固定。

拘束解除。

━━発動前から、すべてを読まれていた。


影は、引きずり込むように広がり、 同時に、空間そのものが裂ける。


「なに、これ……!」


驚愕の声。

抵抗する暇もない。

高度な転移魔法。

影を媒介にした即時転移。


(っ……!)


理解した瞬間には、もう遅い。

ソラは、カナタの腕を掴んだ。


「離しません!」


だが、その力を嘲笑うかのように、 空間が強制的に引き剥がされる。


「ソラ――!」


その声を最後に、 カナタの身体は、影と共に、消えた。

音もなく。

痕跡も残さず。

そこに残ったのは、引き裂かれた空気と、静寂だけ。


「…………」


ソラは、その場に立ち尽くした。

遅れて、震えが来る。


(……私のせい)


理解していた。

視線に気づいていた。

警戒も、森での違和感も。


(なのに……何も、対処しなかった)


魂の影響で、品質が上がる。

それが、どれほど危険か。


(私が、傍にいながら)


守るべき存在を、 逆に、目立たせてしまった。


「……ごめんなさい」


誰に向けた言葉でもなく、 ただ、地面に落ちる。


(守ると、決めていたのに)


カナタは、何も知らない。

自分の魂の異質さも、 その隣に立つ自分の危険性も。


(私が、連れてきた)


街での生活。

冒険者としての依頼。

すべて、ソラが後押しした。


そして━━


(……攫われてしまった)


拳を、強く握る。

影の残滓は、もう感じられない。

転移は、完全に完了している。


(追跡は……不可能)


相手は、相当な使い手。

計画的。

そして、目的は━━明確。


(カナタ)


胸の奥が、冷たくなる。

だが、同時に。

別の感情が、静かに燃え始めていた。


(必ず、取り戻す)


魂が、静かに軋む。

抑えていた力が、目を覚まそうとしている。


(今度は、私が行く番です)


空を仰ぐ。

街の門は、すぐそこだ。

だが、戻る理由は、もうない。


「……待っていてください」


誰にも聞こえない声で、ソラは告げた。


「今度こそ━━奪わせません」


影に奪われた存在を、 必ず、この手で。

静かな決意だけを残し、 ソラは、影が消えた方角へと、迷いなく歩き出した。

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