第8-3話「慣れ始めた日常と、気づかれない違和感」~北門と視線
ギルドの建物が見えてくると、通りの空気が少し変わった。
武器を背負った者。
革鎧姿の冒険者。
依頼帰りらしい一団が、談笑しながら出てくる。
人の出入りが多く、街の中でもひときわ賑わっている場所だ。
「ここも、だいぶ慣れましたね」
ソラが、何気ない調子で言う。
「……そうかな」
「ええ。視線の動きが、昨日とは違います」
自覚はなかった。
けれど、言われてみると、無意識のうちに周囲を見渡している。 入口付近の掲示板。 受付の位置。 人の流れ。
迷う前に、体が動いていた。
ギルドの中へ入ると、独特のざわめきが耳に届く。
紙の擦れる音。
依頼内容を確認する声。
受付でのやり取り。
壁一面に設置された掲示板には、無数の紙が貼られていた。
「まずは、依頼の確認ですね」
ソラの言葉にうなずき、掲示板の前へ向かう。
視線を上から下へ流す。
依頼の内容。
報酬額。
ランク。
Fランクの区画には、紙が特に多い。
「……こんなにあるんだ」
思わず、声が漏れた。
討伐依頼。
護衛。
雑用に近いもの。
倉庫整理。
荷運び。
落とし物の捜索。
街中での清掃作業。
そして━━
「物探し、って……」
目についた依頼を、声に出して読む。
行方不明の道具。
失くした指輪。
森で落とした荷物。
「需要が多いのでしょう」
ソラが言う。
「冒険者以外の方も、森へ入ることもありますから」
「……危ないのに?」
「だからこそ、依頼になります」
なるほど、と納得する。
昨日までなら、そこまで考えなかっただろう。
視線を動かす。
紙の中には、明らかに似た内容のものも多い。
薬草採取。
木材の回収。
キノコの採取。
採取系の依頼が、目立っていた。
「……これ、多いね」
「季節でしょう」
ソラは淡々と答える。
「キノコは、特に」
「え、そうなの?」
「はい。種類にもよりますが、今は発生しやすい時期です」
掲示板の一角に、まとめて貼られた紙がある。
指定されたキノコの名前。
必要数。
採取場所は━━森。
「昨日と、同じ感じだね」
「ええ。ただし、場所は異なります」
紙をよく見る。
街の北側。
昨日向かった方向とは、逆だ。
「……これにしようかな」
カナタが指差したのは、キノコ採取の依頼だった。
難易度は低い。
報酬も、決して高くはない。
けれど、内容がはっきりしている。
「妥当です」
ソラは、否定しなかった。
「危険度も低く、経験としても適しています」
「じゃあ、決まりだね」
依頼書を剥がし、受付へ向かう。
昨日と同じ女性が、カウンターに立っていた。
「依頼の受付ですね」
「はい。これを」
紙を差し出す。
「キノコ採取……Fランク。お二人で?」
「はい」
受付嬢は手際よく書類を確認し、頷いた。
「街の北門から出て、指定された森の区域まで向かってください」
「分かりました」
手続きを終え、依頼証を受け取る。
「では、お気をつけて」
ギルドを出ると、外の空気が少し軽く感じられた。
「門へ向かいましょう」
ソラに促され、街の北側へ歩き出す。
道を進むにつれて、周囲の景色が少しずつ変わっていく。
昨日通った南側の通りよりも、倉庫や管理施設が多い。
人通りも、やや少ない。
(……北門か)
昨日は、南門だった。
行政天使に止められはしたが、結果としては問題なく通れた。
あの経験が、わずかだが心に余裕を与えている。
それでも━━
「……やっぱり、少し緊張しますね」
思わず漏れた声に、ソラが視線を向けた。
「初めての門ですからね。昨日は通れましたけど……でも、条件が同じとは限りません」
淡々とした返答。
だが、否定でも脅しでもなかった。
やがて、北門が視界に入る。
石造りの門。
南門よりもやや簡素だが、守りは堅そうだ。
門前には武装した門兵が立ち、その脇に━━白を基調とした衣装の人物。
背中の羽根。
均整の取れすぎた姿。
「……行政天使ですね」
ソラが、低く言った。
近づくと、行政天使が一歩前に出た。
「止まりなさい」
声は静かで、感情の揺れは感じられない。
「街の外へ向かう目的は?」
「依頼です」
ソラが即答する。
「登録の確認を行います」
そう告げられ、カナタは首から下げていたタグを差し出した。
行政天使はそれを受け取り、視線を落とす。
……一瞬。
「……臨時登録」
小さく、呟くような声。
タグを裏返し、角度を変え、光にかざす。
昨日と同じ動作。
だが、その視線は、どこか注意深い。
そして、ちらりと━━カナタ本人を見る。
興味。
それから、抑えられた警戒。
(……また、見られてる)
昨日ほどの恐怖はない。
けれど、居心地の悪さは確かにあった。
「何か問題がありますか?」
ソラが、穏やかに問いかける。
行政天使は、ほんの一瞬だけ沈黙し、
「いいえ。規定上の問題はありません」
そう答えた。
だが、タグを返しながら、再びカナタを見る。
先ほどよりも、わずかに鋭い視線。
「……魂の」
言葉が、途中で途切れた。
「いえ。何でもありません」
一歩、下がる。
「通行を許可します。ただし、北側は森の影響を受けやすい区域です。慎重に行動を」
門の機構が、静かに動き出した。
「……行こう」
カナタが、小さく言う。
門をくぐる瞬間、背中に視線を感じた。
振り返らなかったが、見送られているのは分かった。
門を抜け、歩き出してから。
「気にしないでください」
ソラが言う。
「行政天使は、規格外を警戒します」
「……?」
「魂の規模が、です」
淡々とした言葉。
昨日より、少しだけ理解できる。
そして━━だからこそ、不安も増していた。
街の外へ出ると、空気が変わる。
整えられた道。
街の喧騒。
それらが、少しずつ背後へ遠ざかる。
進むにつれて、木々が増え、視界が緑に染まっていく。
「北側の森は、比較的開けています」
ソラが説明する。
「ですが、油断は禁物です」
「分かってる」
昨日の経験が、言葉に重みを持たせていた。
足元を確認しながら、森へと入る。
鳥の声。
葉擦れの音。
昨日と似ているのに、どこか違う。
方向が違うだけで、森の表情も変わる。
「……同じ森なのに、不思議だね」
「環境は、常に変化します」
淡々とした答え。
けれど、その言葉に、妙な説得力があった。
依頼は、キノコ採取。
昨日と同じ、採取系の仕事。
それでも━━昨日とは、確かに違う。
そう感じながら、二人は森の奥へと歩みを進めていった。




