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第8-2話「慣れ始めた日常と、気づかれない違和感」~街に溶ける影

宿を出ると、朝よりも少しだけ街が賑わっていた。

通りを行き交う人の数が増え、話し声や足音が重なり合っている。


「この時間帯は、露天が一番揃っています」


ソラが歩きながら言う。


「ギルドへ向かう前に、昼食を確保しておきましょう」

「うん。森で戻る時間、分からないもんね」


昨日の薬草採取でも、戻ったのは思っていたより遅かった。

空腹のまま動くのは、あまり良い状態とは言えない。

それくらいの判断は、もう自然にできるようになっていた。


露天通りに入ると、香ばしい匂いが一斉に鼻をくすぐる。

焼きたてのパン。

炭火で炙られる肉。

香草の混ざった油の匂い。

どれも、朝食を食べたばかりだというのに、食欲を刺激してくる。


「……ここ、昨日も通ったよね」

「はい。覚えていますか?」

「なんとなく」


意識して覚えようとしたわけではない。

けれど、同じ通り、同じ露天、同じ匂い。

それだけで、昨日の記憶が自然と引き出される。


昨日も買った露天の前で、足が止まった。

平たいパンに具材を挟んだ簡素なもの。

串焼きは一本ずつ、紙に包まれている。

持ち歩きしやすく、冷めても食べやすい。

冒険者向け、と言わんばかりの品揃えだ。


「……これでいいかな」


カナタが指差したのは、昨日と同じ串焼きと、パンだった。


「問題ありません。保存性も良く、栄養も偏っていません」

「保存性って……」


そこで、ふと思い出す。


「……あ、そうか。収納」

「はい」


ソラは短くうなずいた。


露天の店主がこちらに気づき、声をかけてくる。


「お、昨日の冒険者さんじゃないか」

「あ……はい」


昨日一度来ただけだ。

それなのに、顔を覚えられていることに、少し驚く。


「今日は外かい?」

「はい。昼用に」

「そうか。じゃあ、これがいい」


店主はそう言って、少し大きめの串を選び、焼き具合を確認する。

まだ火から上げたばかりなのか、脂がじゅっと音を立てていた。


「焼きたてだ。昼までには冷めるが、腹は持つ」

「ありがとうございます」


代金を渡し、包みを受け取る。

紙越しにも、じんわりとした温かさが伝わってきた。


もう一軒で、平たいパンも買う。

こちらも、焼き上げたばかりらしく、表面がほんのりと色づいている。


「これで、昼食分は十分ですね」


ソラがそう言って、カナタの手元を見る。


「じゃあ……お願いしてもいい?」

「はい」


カナタが包みを差し出すと、ソラは自然な動作でそれを受け取った。

次の瞬間、包みは静かに揺らぎ、空間に溶けるように消える。


「……やっぱり、何度見ても不思議だな」

「慣れます」


即答だった。


「慣れる……かな」

「ええ。日常的に使うものですから」


日常。

その言葉が、少し胸に残る。

空間収納が、特別な力ではなく、生活の一部として扱われている。

それが、この世界では当たり前なのだ。


「……昼まで、あのまま?」

「はい。状態は保持されます」


詳しい説明はない。

けれど、断言する口調に、不安は感じなかった。

露天通りを抜け、ギルドの方向へ歩き出す。

両手が空いていることに、ふと気づく。

荷物がない。

それだけで、動きやすさがまるで違う。


「こうしてると……」


歩きながら、カナタはぽつりと言う。


「本当に、冒険者なんだなって感じがする」


買い出しをして、依頼に向かう。

それだけのことなのに、昨日よりずっと自然だった。


「順調ですね」


ソラが言う。


「何がですか?」

「生活の流れです。迷いが減っています」


言われて、少し考える。


「……そうかも」


昨日は、何をするにも確認が必要だった。

今日は、自分で選び、自分で動いている。

露天通りを抜け、人通りが少し落ち着いた区画に入ったときだった。


━━ふと。


背中の奥を、なぞられるような感覚が走る。


(……?)


理由は分からない。


足を止めるほどではないが、何かが“向けられている”ような、微かな違和感。

けれど、その感覚は一瞬で霧散した。


「……?」


カナタは小さく首を傾げる。


今のは何だったのか。

風か、気のせいか━━

そう考えた瞬間、意識からすぐに抜け落ちた。


だが。

隣を歩いていたソラだけが、わずかに歩調を落とした。

視線が、何気ないふりを装って、通りの奥へと向けられる。

屋根の影。

建物と建物の隙間。

人の流れから、半歩だけ外れた場所。


━━そこに、“何か”がいた。

姿は輪郭だけ。

色も、形も、定まらない。

まるで、影そのものが意思を持って立っているかのような存在。


(……見られてる?)


ソラの思考が、静かに引き締まる。

敵意はない。

殺気もない。

けれど、確実に━━見ている。

カナタを。

ほんの一瞬、ソラはその存在と“視線が合った”気がした。

次の瞬間。

影は、最初から存在しなかったかのように、街の輪郭へと溶けた。

気配は、完全に消えている。


(……今のは)


ソラは視線を前へ戻し、小さく息を整えた。


(……嫌な予感がします)


胸の奥で、わずかな緊張が残る。


今は、まだ。

二人は何事もなかったように、ギルドの方向へ歩き続ける。

街の音が、再び自然に耳へ戻ってくる。


ただ一つだけ。


先ほどまで確かにあった“視線”の余韻だけが、ソラの胸の奥に残っていた。

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