第2-3話「狭間の荒野」~空色の出会い
高速で駆けてくる人影は、荒野の中で砂を巻き上げながら徐々に近づいてきた。
その勢いは尋常ではなく、風を切る音や舞い上がる砂の衝撃が、距離を縮めるたびに耳に届く。
恐怖はなかった。
魂が察したのだろう、目の前の存在に悪意や攻撃性はないと。
距離が縮まるにつれ、走る速度は少しずつ落ち、砂が舞う勢いも和らいでいく。
やがて、彼女は僕の目の前で静かに立ち止まった。
肩で呼吸を整え、砂の舞う荒野に小さな霞を作る。
そして、はっきりとした声で告げた。
「大変、申し訳ございませんでした」
その声はまっすぐ耳に届き、胸の奥に温かさがじんわりと広がる。
病室での孤独が蘇る。
医者や看護師以外、誰も僕に声をかけなかった。
両親でさえ、面会に来ても、どう言葉をかければいいのか分からず、ただ無事を確かめるだけだった。
その記憶の隙間に、この声がすっと差し込む。
彼女はゆっくりと僕の横に歩み寄る。
砂の上で足を運ぶ音は柔らかく、しかし確かに存在を知らせる。
風に揺れる髪、呼吸のリズム、瞳の光。
すべてが自然で、静かに、しかし圧倒的な存在感を放っていた。
「遅れてしまった理由ですが、案内人の手違いなのか、直接送られるはずが別の場所に送られてしまいました」
落ち着いた口調で説明する声は、荒野の静けさに溶け込む。
僕は、彼女の発言の意味が分からなかったが、口を開くこともできず、ただ視線を向けて立ち尽くす。
生前の自分なら、人と自然に会話をすることなどほとんどなかった。
声を出すのも久しぶりで、喉の使い方を思い出すのに少し時間がかかる。
その沈黙を破るように、彼女は小さく一礼した。
「改めまして、私はソラです。正式には狭間でのサポート役です。今後、あなたがここで歩き、学ぶときにずっと隣に付きます」
胸の奥がわずかにざわめいた。
━━会話している。
しかも、気を遣われるのではなく、対等に。
口を開く勇気はまだ出ない。唇を震わせ、言葉の出口を探す僕を、ソラは優しく見守ってくれている。
そして、静かに続けた。
「カナタさんですね」
名前を先に呼ばれた瞬間、肩の力が抜ける。
自分から名乗れないもどかしさを、ソラがそっと補ってくれた。胸の奥に、小さな安心が広がる。
「……あ……」
かすかに漏れた声に、ソラは驚くこともなく、柔らかくうなずいた。
「はい、よろしくお願いします、カナタさん」
その微笑みは自然で、荒野の中に溶け込むようだった。
言葉は少なくても、互いの存在は確かに伝わる。
僕は少し照れくさそうに、でも確かに心強く思った。
━━一緒に来てくれる仲間がいる。
「もしよろしければ……ソラと呼んでください」
その一言は、背中をそっと押してくれる。
呼んでもいい、話してもいい━━そう許可された気がした。
「……ソ、ソラ……」
小さく震えながらも、自分の意思で言葉を発した。
ソラはにこりと微笑み、うなずく。
「はい。そう呼んでください、カナタさん」
互いに名前を確認することで、言葉は少なくとも存在は確かに伝わる。
ソラの横顔を見つめる。
柔らかく穏やかな表情が、これから共に歩む日々の安心感を与えてくれる。
「カナタさんのことは、ある程度調べてきています。無理に話す必要はありませんが、どんな魂なのかも把握しています」
胸の奥に小さな緊張が走る。
調べてくれていた━━それだけで、ここで一緒に歩くことへの信頼が少しずつ生まれた。
「え……そ……そう……なんで……すか……」
言葉は途切れがちだが、ソラはただ静かにうなずく。
「生前の辛いことを思い出す必要はありません。狭間で過ごす上で、これからの方が大切です」
僕は小さく息を吸い込み、胸の奥で決意を固める。
ここから、未知の世界で何を学ぶか、誰と歩むのか。
すべては今、目の前の瞬間から始まるのだと。
ソラはさらに説明を続ける。
「今のカナタさんの魂は、まだ完全に身体と定着していません。簡単に言えば、身体に魂が馴染んでないとでも言えば分かりやすいでしょうか?しばらくは私と一緒に、ここで慣れながら歩いていきましょう」
僕は少し照れくさそうに、でも安心感を覚える。
━━こうして一緒に来てくれる仲間がいる。
それだけで心強い。
「最初に目指すべき場所は、いちばん近い街ですね」
ソラは淡々と告げるが、その声には導きと安心感が込められていた。
「そこまで一緒に歩きながら、少しずつ狭間での身体と魂の連動を慣らしていきます」
僕は小さくうなずいた。
言葉はまだぎこちなく、でも心の中で決めていた。
━━まずは、この人の隣で歩くことから。
砂煙が揺れ、粒子が淡く光を帯びてゆっくりと舞い落ちる。
荒野の広がる先に何があるかはわからない。
でも、目の前には確かにソラがいて、今後もずっと隣にいてくれる。
僕はその存在を胸に刻み、静かに次の一歩を踏み出した。




