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第7-10「冒険者として、歩き出す日」~最初の依頼、静かな達成

採取袋の口を締め、ソラは中身を改めて確認した。


「問題ありません。依頼分は、すべて揃っています」

「……ほんとに?」


カナタは半信半疑のまま、袋を覗き込んだ。

束ねられた薬草が、きっちりと収まっている。


「20束を2つ。加えて、束にはできませんが、端数で5本」

「……45本、か」

数字として口にすると、急に実感が湧いてくる。


(……ちゃんと、やったんだな)


初めて受けた依頼。

途中で放り出すこともなく。

怪我もなく。

逃げ出すこともなく。


「では……そろそろ帰りましょう」

「はい」


森を引き返す足取りは、来た時よりもずっと軽い。

緊張が抜けた分、周囲の音がよく聞こえる。


その途中、前方から人の気配がした。

三人組の冒険者パーティ。

年齢は少し上。

装備は簡素だが、どれも使い込まれている。


「お、採取か?」


すれ違いざまに、声をかけられる。


「はい。初心者依頼で」

「そうか。無事そうで何よりだ」


軽く手を振られ、彼らは森の奥へと進んでいく。

ためらいのない足取り。

迷いのない背中。

木々に飲み込まれていく姿を、カナタはしばらく見送っていた。


(……あっちは、俺たちが行かなかった場所だ)


怖い。

けれど━━


(……かっこいい)


「憧れますね」


ソラの声に、カナタは頷いた。


「うん。でも……これからですね」

「はい。今は、ここで十分です」


その言葉に、不思議と焦りはなかった。


しばらく歩き、街道を抜け、門の前に立つ。


胸元で、紐に通したタグが小さく揺れた。


(……大丈夫)


一度、通っている。

その事実が、足を止めさせなかった。


行政天使がこちらを見る。

相変わらず、業務的で冷たい目。

感情のない視線━━けれど、その奥に、わずかな引っかかりがある。

カナタの存在と、胸元のタグ。

やはり、珍しいのだ。


「入市の目的は?」


短く、事務的な声。

カナタは、タグを指で摘み、少し持ち上げる。


「採取依頼の完了報告です」


行政天使の視線が、タグに落ちる。

一瞬、止まり――装置へ。

淡い光。

確認音。


「……臨時ギルドタグ、正常」


ソラへの魂照合も、淡々と行われる。


「問題なし。入市を許可します」


門が開く。


(……行きと、同じだ)


けれど、胸の奥は違う。

緊張は残っているが、足取りは迷わない。

街へと一歩踏み出し、カナタは小さく息を吐いた。


門を抜ける。


街の音が、迎えてくる。

人の声。

馬車の音。

生活の匂い。


(……帰ってきた)


ギルドの建物は、相変わらず賑やかだった。

掲示板の前で話し込む冒険者。

受付に並ぶ列。

その一員として、カナタはカウンターへ向かう。


「依頼が終わりました」


受付嬢が顔を上げる。


「お疲れさまです。依頼書をお願いします」


書類と一緒に、採取袋を差し出す。

中身を確認する手つきは、慣れたものだ。


「薬草20束が2つ……こちらで40本。追加で5本。とても質のいい薬草ですね。滅多に出回らないクラスです。これなら薬師が高価で買い取ってくださいますよ。よく見つけられましたね」


受付嬢は驚いた表情で感心した。


「お疲れ様でした。依頼達成です」


その言葉に、胸がぎゅっとなる。


「こちらが報酬になります。薬草の質が良かったので、本来の報酬より多くなっています」


差し出されたのは、銀貨数枚と銅貨数枚。

派手ではないが、確かな重み。


「宿に食事付きで、二日ほど滞在できる程度ですね」

「……」


思わず、顔がほころぶ。


(……生きていける)


この世界で。

自分の力で。


「初依頼達成、おめでとうございます」


その一言が、何より嬉しかった。


「……ありがとうございます」


ギルドを出る頃には、空の色が少し落ち着いていた。

宿へ向かう道すがら、カナタは何度も手の中の貨幣を確かめてしまう。


「何度も見ていますね」

「だって……」


笑いながら、言う。


「ちゃんと、冒険者だって証拠だろ」


宿に戻り、部屋へ。


「今日は、よくやりました」

「……うん」


ベッドに腰を下ろすと、心地よい疲労が広がる。

派手な戦いはなかった。

命のやり取りもない。


けれど━━


(……満たされてる)


魂が、静かに落ち着いている。


「良い初日でしたね」

「うん。すごく」


カナタは、目を閉じた。

森。

薬草。

すれ違った冒険者の背中。

手の中の報酬。

すべてが、確かな“一歩”だった。

こうして、最初の依頼は終わった。


宿の一階は、夕食時らしくほどよく賑わっていた。

木のテーブルに料理の匂い。

人の話し声と、食器の触れ合う音。


「おかえり」


女主人が、カウンター越しに手を振った。


「今日は初仕事だったんだって?」

「はい」

「顔に書いてあるよ。ちゃんと終わった顔だ」


そう言って、奥へ声をかける。


「今日は肉だよ!」


しばらくして運ばれてきたのは、湯気を立てる肉定食だった。

焼いた肉に、濃いめのソース。

付け合わせの野菜と、温かいスープ。


「……うまそう」


思わず、声が漏れる。


「働いた後の飯は、裏切らないからね」


女主人はそう言って、他の客の元へ戻っていった。

カナタとソラは向かい合って座る。

箸を取り、ひと口。


「……」


言葉が出ない。

噛むたびに、肉の旨みが広がる。


(……生きてる)


素直に、そう思った。


「満足そうですね」

「うん……すごく」


しばらくは、食事に集中する。

空腹と達成感が、静かに溶け合っていく。


その途中で、ソラがふと口を開いた。


「そういえば、カナタさん」

「ん?」

「パーティ名のことですが」


箸が止まる。


「……名前?」

「はい。《天翼の解放者》」


その言葉を聞いた瞬間、カナタはわずかに肩をすくめた。

「……あー……」

「由来を、聞いても?」


少しの沈黙。


そして、カナタは視線を逸らしながら、苦笑した。


「……正直に言うと」

「はい」

「ちょっと、厨二病だったかなって……」


耳まで赤くなる。


「いえ、変だとは思っていませんよ」


即答だった。

カナタは、驚いてソラを見る。


「むしろ、このパーティにとてもよく合っています」

「……ほんとに?」

「はい。しっくりきます」


その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。

カナタは、箸を置き、ゆっくりと言葉を選んだ。


「……病院に居た頃、自由に動けなかったんだ。だから、物語ばっかり読んでた。異世界転生もの、とか」

「うん」


小さく笑う。


「みんな、自由に走って、戦って、空まで飛んでさ……。正直、羨ましかった」


一度、言葉を切る。


「いつか、自分も自由に、羽ばたいてみたいって。この現状から、解放されたいって」


視線が、自然と天井へ向く。


「天使って、羽があるでしょ。」

「はい」

「天使は、願いを叶えてくれる存在だって、どこかで思ってた」


少し照れくさそうに、肩をすくめる。


「だからさ、天翼━━羽。解放者━━自由にしてくれる存在。そんな思いで、名付けた」


言い終えて、照れ隠しのように肉を一口頬張る。


「……やっぱ、恥ずかしいな」


ソラは、しばらく黙っていた。

そして、穏やかに言う。


「とても、良い願いです」

「……え」

「自由を願うことは、弱さではありません」


静かな声。


「そして、その願いは……すでに、少しずつ叶っています」

「……」


カナタは、言葉を失った。


「今日、初めての依頼を果たしました。自分の足で外へ出て、自分の力で報酬を得ました。それは、解放の第一歩です」


胸の奥が、じんとする。


「……ありがとう」


小さく、そう言った。

肉定食は、変わらず美味しい。

でも、さっきよりも、少しだけ味が深い。


(……俺、進んでる)


派手じゃなくていい。

ゆっくりでいい。

天翼の解放者は、まだ羽ばたいていない。

けれど━━

羽を、広げ始めている。


宿の灯りの下で、静かな夜が更けていった。

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