第7-8「冒険者として、歩き出す日」~はじめての採取と、静かな手応え
森の中といっても、完全な深奥ではなかった。
踏み分けられた跡がところどころに残り、下草も不自然に倒れている。
明らかに、人の出入りがある場所だと分かる。
「この辺りは、初心者向けの採取地です」
ソラが周囲を見渡しながら言った。
「ギルドでも説明があった通り、危険度は低め。薬草目的で、定期的に人が入っています」
「……なるほど」
カナタは頷いた。
(いきなり命がけ、ってわけじゃないんだな)
それだけで、肩に入っていた力が少し抜ける。 完全な自然ではないが、街の延長でもない。
その中間にある場所。
初めて足を踏み入れるには、ちょうどいい。
「では、まずは目を慣らしましょう」
ソラはそう言って、ゆっくりと歩き出した。
「ギルドで見た資料、覚えていますか?」
「……えっと」
カナタは記憶を探る。
受付嬢が見せてくれた図鑑。 いくつか並んだ薬草の写真。
用途ごとに分類されていた、あのページ。
「一般的な傷に効く薬草は、葉の形がこう」
ソラは手で簡単な形を描く。
「細長く、先端が少し丸い。葉脈は中央に一本。地面に張り付くように生えています」
「……あ」
言われた瞬間、視界の中で“それらしい形”が浮かび上がった。
今までなら、ただの草として流していたもの。
でも、意識して見ると、確かに違いがある。
(これ……か?)
カナタが目を向けた先。
落ち葉の隙間から、数枚の葉が放射状に伸びている。
だが、ソラは首を振った。
「似ていますが、違います。こちらは葉が少し厚い」
「……見分け、難しいな」
「最初は皆そうです」
ソラは微笑み、少し先へ進む。
そして、数歩もしないうちに足を止めた。
「こちらです」
指差された場所を見て、カナタは息を呑んだ。
「あ……」
確かに、図鑑で見た形。
細く、しなやかな葉。
根元が土にしっかりと埋まり、周囲の草とは微妙に雰囲気が違う。
「一般的な傷に効く薬草ですね」
ソラはしゃがみ込み、近くで確認する。
「初心者依頼では、最も基本になる種類です」
「……本当に、あった」
不思議な気分だった。 絵や写真でしか見たことのないものが、現実に、手の届く場所にある。
「では、カナタさん」
ソラが場所を譲る。
「抜いてみてください」
「俺が?」
「はい。やり方は説明します」
ソラは指先で根元を示した。
「根を傷つけないよう、まずは根元を軽く押さえます」
「うん」
「そのまま、垂直に。引っ張るのではなく、持ち上げる感覚で」
カナタは、言われた通りにしゃがみ込む。
(落ち着け……)
胸の奥に意識を向ける。
さっき教わった、“満たされた”感覚。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
指先で、根元を押さえる。
土の感触が、はっきりと伝わる。
(……今だ)
垂直に、そっと力を加える。
一瞬の抵抗。
そして━━
すっと、抜けた。
「……!」
手の中に、一本の薬草。
根は傷ついていない。 葉も折れていない。
「成功です」
ソラが頷いた。
「とてもきれいに抜けています」
「……やった」
思わず、声が漏れる。
たった一本。
それだけなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「これで依頼条件は満たせます」
「……こんな、普通のことでいいんだな」
「普通、というのが大事なのです」
ソラは穏やかに言った。
「では」
立ち上がり、周囲を見渡す。
「この辺りから、大きく離れすぎないように。あたりを探してみてください」
「一人で?」
「ええ。私はここで見ています」
カナタは少しだけ緊張したが、頷いた。
「……分かった」
数歩、離れる。
足元を注意深く見ながら、葉の形を確認する。
図鑑の記憶。
ソラの説明。
(細長くて……中央に一本……)
最初は、どれも同じに見えた。
草、草、草。
(……違う)
ふと、視界の端に引っかかる。
(これ……)
近づいて確認する。
葉の形、色、根元の感じ。
「……あった」
今度は、自分で見つけた。
しゃがみ込み、教わった通りに手を伸ばす。
根元を押さえ、垂直に。
抜けた。
「……よし」
思わず、小さく拳を握る。
さらに探す。
また一つ。
もう一つ。
数が増えるたび、胸の奥に積み重なっていく感覚。
(俺、ちゃんとできてる)
振り返ると、ソラが静かに見守っていた。
「順調ですね」
「……楽しい、かも」
正直な感想だった。
戦闘もない。
派手な力も使っていない。
それでも、自分の手で見つけ、選び、収穫する。 その一つ一つが、確かな実感として残る。
「それが、冒険の基礎です」
ソラは言う。
「生きるために、世界と関わること」
カナタは、手の中の薬草を見つめた。
「……うん」
静かな森の中。
初心者達が何度も行き交った場所で。
カナタは、確かに最初の一歩を踏み出していた。




