第7-7「冒険者として、歩き出す日」~魂を整えるということ
門を抜けてしばらく歩いたところで、ソラは足を止めた。
「ここで一度、位置を確認しましょう」
そう言って取り出したのは、ギルドで購入した分布地図だった。
広げられた紙の上には、街を中心に森や草地が描かれ、ところどころに目印となる記号が記されている。
「今が……ここですね」
ソラは指先で現在地を示す。
街の外縁、門から少し離れた地点。
「目的の採取場所は、この先です。街道を外れて、森に入ってから南寄りに進みます」
「……意外と、ちゃんと道があるんだ」
カナタは地図を覗き込みながら呟いた。
(もっと、何もない荒野を彷徨う感じかと思ってた)
「完全な未開ではありません。初心者向けの依頼ですから」
そう言いながらソラは地図を畳み、再び歩き出す。
街を離れるにつれ、足元の感触が少しずつ変わっていく。
踏み固められた道は次第に細くなり、土と草が混じった地面へと変わった。
風の匂いも、どこか湿り気を帯びている。
カナタは、無意識に胸元のタグに触れた。
(……本当に、外にいる)
街の中では、どこか“守られている”感覚があった。
だが今は違う。
同じ世界でも、ここはもう街の延長ではない。
「……ソラ」
少し歩いたところで、カナタは口を開いた。
「気になってたんだけど……魂の制御って、具体的に何をすればいいの?」
ソラは歩調を緩め、隣を見た。
「簡単に言えば━━今のカナタさんの魂は、外に漏れています」 「漏れ……?」
思わず、自分の体を見下ろす。
当然、何かが見えるわけではない。
「魂の総量が、あまりにも多い。その割に、それを留める枠がまだ整っていません」
「……じゃあ、ずっと垂れ流し状態?」
「はい」
あまりにも即答で、カナタは苦笑した。
「それ、結構まずくない?」
「非常に」
ソラは淡々と頷く。
「魂は本来、内側に留めておくものです。外に放出すれば影響力は増しますが、その分、不安定にもなります」
「……行政天使に、すぐ目をつけられた理由か」
「ええ。強い光は、遠くからでも目立ちますから」
なるほど、と納得がいく。
(測定不能とか、異常とか……そりゃ騒がれるわけだ)
「じゃあ、どうやって抑えるの?」
「抑える、というより……“整える”ですね」
ソラは少し考えるように間を置いてから、続けた。
「まずは、自分の魂がどういう状態になると安定するのかを知る必要があります」
「状態……」
その言葉に、カナタは首を傾げた。
「満たされた時の感覚を、思い出してください」
満たされた時。
その一言で、記憶が自然と遡る。
最初に浮かんだのは、みかんだった。
口に入れた瞬間に広がった甘さと酸味。
理由もなく、涙が出たあの瞬間。
次に、宿で食べた定食。
温かい料理を前にした時の、胸の奥がほどけるような感覚。
湯桶と布で身体を拭いた時、身体から力が抜けていったこと。
柔らかい寝具に身を沈め、自然に眠れた夜。
そして━━
朝、顔を合わせて交わした、何でもない挨拶。
「おはようございます」
「おはよう、ソラ」
ただそれだけなのに、心が落ち着いた。
(……あ)
思い返してみて、気づく。
そのどれもが、特別な出来事じゃない。
でも確かに、自分を“満たして”いた。
「……今、どう感じていますか?」
ソラの声に、意識が戻る。
「……静か、かな」
「静かですか」
「うん。胸の中が、ざわざわしてない」
不安が消えたわけじゃない。
怖さがなくなったわけでもない。
それでも、落ち着いている。
「それが、魂が満たされている状態です」
ソラは頷いた。
「魂は、満たされると自然と内側に留まります。無理に押さえつける必要はありません」
「……じゃあ、制御って」
「まずは満たす感覚を、覚えていくことです」
意外な答えだった。
力を鍛えるとか、意識を集中させるとか。
そういうものを想像していたのに。
「拍子抜けしましたか?」
「……ちょっと」
正直に答えると、ソラは小さく微笑んだ。
「魂は、力で扱うものではありません。感情や記憶と深く結びついていますから」
「……だから、食事とか、睡眠とかも大事なんだ」
「はい。それらは、魂を安定させる“基礎”です」
歩きながら、森の入り口が見えてくる。
木々が密になり、地面には落ち葉が増えていた。
「ここからが、採取エリアに近い場所です」
「……いよいよ、か」
心臓が少し早くなる。
でも、以前のような不安一色ではない。
胸の奥には、みかんの味も、温かい食事も、何気ない挨拶も残っている。
(……大丈夫だ)
理由ははっきりしない。
でも、そう思えた。
「最初は、意識するだけで構いません」
ソラが言う。
「満たされた感覚を思い出し、自分の内側に意識を向ける。それだけです」
「……うん」
カナタは、深く息を吸った。
「ありがとう、ソラ」
「いえ」
短く答え、ソラは前を向く。
二人は、薬草の生育地へと続く道を進んでいく。
派手な戦闘も、劇的な力の発動もない。
けれど確かに━━
魂を知り、満たし、整えながら進むこの時間こそが、カナタにとっての“冒険の始まり”だった。
静かな森の中で、最初の採取場所は、もうすぐそこまで迫っていた。




