第7-5「冒険者として、歩き出す日」~はじめてのパーティ、はじめての依頼
部屋を出ようとした、その時だった。
「━━おっと、待ちな」
背後から、ギルド長ハルヴェルの声が飛ぶ。
カナタとソラは足を止め、振り返った。
「渡しておいてあれなんだがな……条件が一つだけある」
その言い方に、カナタの胸がきゅっと締まる。
また何か問題があるのかと、無意識にタグを握りしめた。
だが、ハルヴェルは難しい顔などしていなかった。
むしろ、いつもの豪快な笑みを浮かべたまま、親指で二人を指す。
「なぁに、難しい話じゃねぇよ。カナタ君、ソロでの行動は禁止だ」
「……え?」
「そこのお嬢さん━━ソラとパーティを組みなさい。パーティ行動なら、許可しよう」
一瞬の沈黙。
そして、ハルヴェルはニヤリと笑った。
「……ま、どうせそのつもりだっただろ?」
その言葉に、カナタは思わず目を見開き、次いで小さく苦笑する。
確かに、ソラと離れて一人で行動する想像など、最初からできなかった。
隣を見ると、ソラは驚いた様子もなく、静かに一礼した。
「承知しました。パーティ行動、責任を持って管理します」
「よし。話が早ぇ」
ハルヴェルは満足そうに腕を組む。
「じゃあ、まずは受付で正式な手続きを済ませてこい。ソラの魂の登録と、パーティ登録だ」
受付に戻ると、先ほどまでのざわめきが嘘のように落ち着いていた。
受付嬢は二人を見ると、すぐに状況を理解したようで、手早く準備を進める。
ソラの魂の登録は、驚くほどあっさりと終わった。
装置は安定した光を放ち、数値も問題なく記録される。
「……登録、完了です」
受付嬢がそう告げると、次はパーティ登録の書類が差し出される。
「パーティ名をお願いします」
その言葉に、カナタの心臓が小さく跳ねた。
(……パーティ名……)
生前。
何度も、何度も……
もし自分が冒険者になれたら、と考えてた名前。
カナタは一瞬だけ迷い、そして意を決して口を開く。
「……この名前で、お願いします」
ソラにそっと伝えると、彼女はその名を繰り返し、微笑んだ。
「いいですね。カナタさんが決めてくださったパーティ名で、行きましょう」
受付嬢が頷き、書類に記入していく。
インクが紙に染み込む音が、やけに大きく聞こえた。
【天翼の解放者】
「――はい、登録完了です」
その一言で、胸の奥が一気に熱くなる。
“個人”ではなく、“パーティ”として認められた実感。
受付の隣の壁に目を向けると、そこには無数の張り紙が並んでいた。
ランクごとに分けられた依頼書。
それぞれに内容と報酬が記されている。
「……これが、依頼……」
カナタは一枚一枚を食い入るように見る。
討伐、護衛、採取、調査。
だが今の自分たちに許されているのは━━
「Fランクは……この辺ですね」
ソラが指差した先には、比較的地味な依頼が並んでいた。
二人は相談し、程よい量の依頼を選ぶ。
【薬草採取 20束】
「……これで、行きましょう」
カナタがそう言うと、ソラは静かに頷く。
「はい。基礎には、最適です」
依頼書を受付に持っていく。
受付嬢は依頼書を確認すると、にこやかな表情のまま一枚の冊子を取り出した。
「では、初めてのご依頼ですので、少し詳しく説明させていただきますね」
そう言って、カウンターの上に広げられたのは、厚みのある図鑑のような本だった。
表紙には薬草の絵が描かれ、使い込まれているのか、角が少し擦り切れている。
「今回の依頼内容は《薬草採取》ですが、薬草にもいくつか種類があります。代表的なものはこちらですね」
ページをめくると、丁寧な挿絵と共に、それぞれの薬草の特徴が並んでいた。
傷の治療に使われるもの。
毒を中和するもの。
麻痺を和らげるもの。
体力や魔力の回復を助けるもの。
(……小説で読んだやつ、そのままだ……)
カナタは思わず見入ってしまう。
現実として目の前に並ぶ薬草の知識は、ただの設定ではなく、生きるための手段なのだと実感させられた。
「これらのうち、どれを採取していただいても構いません。種類によって、依頼達成時の報酬額が変わります」
受付嬢は指先でいくつかの項目を示す。
「比較的見つけやすいものは報酬が低めですが、効果の高い薬草ほど評価額は上がります。ただし、無理はなさらないでくださいね」
ソラが静かに頷き、カナタの方を見る。
「最初は、確実に採れるものからで良いと思います」
「……うん」
受付嬢はさらに続けた。
「なお、この依頼には達成期限は設けておりません。必要な数、今回は20束ですね。揃え次第、いつでも報告してください」
その言葉に、カナタは少し肩の力が抜ける。
期限に追われないというだけで、気持ちは随分と楽になる。
「採取場所についてですが……」
受付嬢は今度は別の紙を取り出した。
そこには町とその周辺、森や草原が描かれた分布地図が載っている。
「こちらが薬草の主な生育分布図です。町の外れから、少し森に入った辺りが中心になります。危険度は低めですが、油断は禁物ですよ」
その地図を見ながら、カナタは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
━━町の外へ。
依頼を受けて、目的を持って外に出る。
それは、まさに冒険の始まりそのものだった。
受付嬢は地図を畳み、少しだけ声の調子を変える。
「なお、この分布地図は一枚一枚手描きのため、貸し出しではなく販売となります。お値段は一銀貨ですが……いかがなさいますか?」
ソラがカナタを見るより早く、カナタは頷いていた。
「……買います」
即答だった。
知らない土地で、頼れる情報があるという安心感は、銀貨一枚以上の価値がある。
━━と言った直後。
カナタは、はっと我に返る。
(……あ)
自分の財布事情を思い出し、胸の奥がひやりとする。
持っているのは……何もない。
銀貨どころか、銅貨一枚もない。
ゆっくりと視線を横に向ける。
言葉は出てこないが、表情だけで十分に伝わる――少し困ったような、そしてどこか「お願いします」と訴える目。
ソラは一瞬その視線を受け止めると、すぐに小さく微笑んだ。
「……ふふ。気にしないでください」
そう言って、迷いなく財布を取り出し、銀貨を一枚カウンターに置く。
「こちらでお願いします」
受付嬢が銀貨を受け取り、地図を差し出す。
「ありがとうございます」
カナタは慌てて頭を下げた。
「……あ、ありがとうございます、ソラ……!」
少し頬を赤らめながらの、精一杯のお礼だった。
ソラは気にした様子もなく、穏やかに首を振る。
「大丈夫です。今はまだ、そういう段階ですから。いずれ、カナタさんが自分で払えるようになりますよ」
その言葉に、カナタの胸がじんわりと温かくなる。
「……うん。必ず、返すから」
小さく、けれど真剣な声。
ソラはそれを聞き、優しく微笑んだまま地図を受け取る。
「では、その時を楽しみにしていますね」
頼れる情報と、隣にいてくれる存在。
「以上が今回の依頼の説明になります。何か分からないことがあれば、いつでもお声がけください」
(……本当に、始まるんだ)
横を見ると、ソラが静かに微笑んでいた。
「準備は整いましたね、カナタさん」
その言葉に、カナタは小さく、しかし確かな声で答えた。
「……うん。行こう、ソラ」
こうして━━
《天翼の解放者》としての、最初の依頼が、静かに動き出した。
「それでは、気をつけて行ってらっしゃい」
受付嬢のその言葉に、また胸が温かくなる。
ギルドを出る直前、カナタは一度だけ振り返った。
依頼書、タグ、そして隣に立つソラ。
「……まずは、基本的な依頼からですね」
「ええ。それと並行して、魂の制御の訓練も進めましょう。ギルド長のおっしゃる通りです」
カナタは深く息を吸い、空を見上げる。
(……ここからだ)
派手ではない。
特別扱いには制限もある。
それでも━━
確かに今、自分は冒険者として、第一歩を踏み出した。
こうして、カナタとソラの冒険は、静かに、しかし確かに始まった。




