表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/83

第7-5「冒険者として、歩き出す日」~はじめてのパーティ、はじめての依頼

部屋を出ようとした、その時だった。


「━━おっと、待ちな」


背後から、ギルド長ハルヴェルの声が飛ぶ。

カナタとソラは足を止め、振り返った。


「渡しておいてあれなんだがな……条件が一つだけある」


その言い方に、カナタの胸がきゅっと締まる。


また何か問題があるのかと、無意識にタグを握りしめた。

だが、ハルヴェルは難しい顔などしていなかった。

むしろ、いつもの豪快な笑みを浮かべたまま、親指で二人を指す。


「なぁに、難しい話じゃねぇよ。カナタ君、ソロでの行動は禁止だ」

「……え?」

「そこのお嬢さん━━ソラとパーティを組みなさい。パーティ行動なら、許可しよう」


一瞬の沈黙。


そして、ハルヴェルはニヤリと笑った。


「……ま、どうせそのつもりだっただろ?」


その言葉に、カナタは思わず目を見開き、次いで小さく苦笑する。

確かに、ソラと離れて一人で行動する想像など、最初からできなかった。

隣を見ると、ソラは驚いた様子もなく、静かに一礼した。


「承知しました。パーティ行動、責任を持って管理します」

「よし。話が早ぇ」


ハルヴェルは満足そうに腕を組む。


「じゃあ、まずは受付で正式な手続きを済ませてこい。ソラの魂の登録と、パーティ登録だ」


受付に戻ると、先ほどまでのざわめきが嘘のように落ち着いていた。

受付嬢は二人を見ると、すぐに状況を理解したようで、手早く準備を進める。


ソラの魂の登録は、驚くほどあっさりと終わった。

装置は安定した光を放ち、数値も問題なく記録される。


「……登録、完了です」


受付嬢がそう告げると、次はパーティ登録の書類が差し出される。


「パーティ名をお願いします」


その言葉に、カナタの心臓が小さく跳ねた。


(……パーティ名……)


生前。

何度も、何度も……

もし自分が冒険者になれたら、と考えてた名前。

カナタは一瞬だけ迷い、そして意を決して口を開く。


「……この名前で、お願いします」


ソラにそっと伝えると、彼女はその名を繰り返し、微笑んだ。


「いいですね。カナタさんが決めてくださったパーティ名で、行きましょう」


受付嬢が頷き、書類に記入していく。

インクが紙に染み込む音が、やけに大きく聞こえた。


【天翼の解放者】


「――はい、登録完了です」


その一言で、胸の奥が一気に熱くなる。

“個人”ではなく、“パーティ”として認められた実感。


受付の隣の壁に目を向けると、そこには無数の張り紙が並んでいた。

ランクごとに分けられた依頼書。

それぞれに内容と報酬が記されている。


「……これが、依頼……」


カナタは一枚一枚を食い入るように見る。

討伐、護衛、採取、調査。

だが今の自分たちに許されているのは━━


「Fランクは……この辺ですね」


ソラが指差した先には、比較的地味な依頼が並んでいた。

二人は相談し、程よい量の依頼を選ぶ。


【薬草採取 20束】


「……これで、行きましょう」


カナタがそう言うと、ソラは静かに頷く。


「はい。基礎には、最適です」


依頼書を受付に持っていく。

受付嬢は依頼書を確認すると、にこやかな表情のまま一枚の冊子を取り出した。


「では、初めてのご依頼ですので、少し詳しく説明させていただきますね」


そう言って、カウンターの上に広げられたのは、厚みのある図鑑のような本だった。

表紙には薬草の絵が描かれ、使い込まれているのか、角が少し擦り切れている。


「今回の依頼内容は《薬草採取》ですが、薬草にもいくつか種類があります。代表的なものはこちらですね」


ページをめくると、丁寧な挿絵と共に、それぞれの薬草の特徴が並んでいた。

傷の治療に使われるもの。

毒を中和するもの。

麻痺を和らげるもの。

体力や魔力の回復を助けるもの。


(……小説で読んだやつ、そのままだ……)


カナタは思わず見入ってしまう。


現実として目の前に並ぶ薬草の知識は、ただの設定ではなく、生きるための手段なのだと実感させられた。


「これらのうち、どれを採取していただいても構いません。種類によって、依頼達成時の報酬額が変わります」


受付嬢は指先でいくつかの項目を示す。


「比較的見つけやすいものは報酬が低めですが、効果の高い薬草ほど評価額は上がります。ただし、無理はなさらないでくださいね」


ソラが静かに頷き、カナタの方を見る。


「最初は、確実に採れるものからで良いと思います」

「……うん」


受付嬢はさらに続けた。


「なお、この依頼には達成期限は設けておりません。必要な数、今回は20束ですね。揃え次第、いつでも報告してください」


その言葉に、カナタは少し肩の力が抜ける。


期限に追われないというだけで、気持ちは随分と楽になる。


「採取場所についてですが……」


受付嬢は今度は別の紙を取り出した。

そこには町とその周辺、森や草原が描かれた分布地図が載っている。


「こちらが薬草の主な生育分布図です。町の外れから、少し森に入った辺りが中心になります。危険度は低めですが、油断は禁物ですよ」


その地図を見ながら、カナタは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


━━町の外へ。


依頼を受けて、目的を持って外に出る。

それは、まさに冒険の始まりそのものだった。


受付嬢は地図を畳み、少しだけ声の調子を変える。


「なお、この分布地図は一枚一枚手描きのため、貸し出しではなく販売となります。お値段は一銀貨ですが……いかがなさいますか?」


ソラがカナタを見るより早く、カナタは頷いていた。


「……買います」


即答だった。


知らない土地で、頼れる情報があるという安心感は、銀貨一枚以上の価値がある。


━━と言った直後。


カナタは、はっと我に返る。


(……あ)


自分の財布事情を思い出し、胸の奥がひやりとする。

持っているのは……何もない。

銀貨どころか、銅貨一枚もない。


ゆっくりと視線を横に向ける。

言葉は出てこないが、表情だけで十分に伝わる――少し困ったような、そしてどこか「お願いします」と訴える目。


ソラは一瞬その視線を受け止めると、すぐに小さく微笑んだ。


「……ふふ。気にしないでください」


そう言って、迷いなく財布を取り出し、銀貨を一枚カウンターに置く。


「こちらでお願いします」


受付嬢が銀貨を受け取り、地図を差し出す。


「ありがとうございます」


カナタは慌てて頭を下げた。


「……あ、ありがとうございます、ソラ……!」


少し頬を赤らめながらの、精一杯のお礼だった。

ソラは気にした様子もなく、穏やかに首を振る。


「大丈夫です。今はまだ、そういう段階ですから。いずれ、カナタさんが自分で払えるようになりますよ」


その言葉に、カナタの胸がじんわりと温かくなる。


「……うん。必ず、返すから」


小さく、けれど真剣な声。

ソラはそれを聞き、優しく微笑んだまま地図を受け取る。


「では、その時を楽しみにしていますね」


頼れる情報と、隣にいてくれる存在。


「以上が今回の依頼の説明になります。何か分からないことがあれば、いつでもお声がけください」


(……本当に、始まるんだ)


横を見ると、ソラが静かに微笑んでいた。


「準備は整いましたね、カナタさん」


その言葉に、カナタは小さく、しかし確かな声で答えた。


「……うん。行こう、ソラ」


こうして━━


《天翼の解放者》としての、最初の依頼が、静かに動き出した。


「それでは、気をつけて行ってらっしゃい」


受付嬢のその言葉に、また胸が温かくなる。


ギルドを出る直前、カナタは一度だけ振り返った。

依頼書、タグ、そして隣に立つソラ。


「……まずは、基本的な依頼からですね」

「ええ。それと並行して、魂の制御の訓練も進めましょう。ギルド長のおっしゃる通りです」


カナタは深く息を吸い、空を見上げる。


(……ここからだ)


派手ではない。

特別扱いには制限もある。

それでも━━

確かに今、自分は冒険者として、第一歩を踏み出した。


こうして、カナタとソラの冒険は、静かに、しかし確かに始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ