第7-4「冒険者として、歩き出す日」~ギルド長の眼差し
カナタの魂が簡易測定装置に触れられる。
微かに光るセンサーが輪郭を追い、装置は小さな音を立てて計測を開始する。
「落ち着いて……自然に、委ねて……」
ソラの声が耳元で静かに囁かれる。
カナタは深呼吸を一つし、魂を意識的に静める。
昨日の門番での失敗――測定不能になり煙が上がったあの光景が、頭をよぎる。
(……今度は大丈夫……きっと、ソラがいるから……)
装置のランプがゆっくりと光を変え、最初は順調に読み取られているように見えた。
だが、次の瞬間、数値が跳ね上がる。
瞬時に画面上のパラメータが激しく動き、虹色の線が不規則に光を走らせる。
「え……?」
受付嬢の声がかすかに震えた。
横に立つカナタの胸も、跳ねるように高鳴る。
「数値が……安定しません……!」
装置が小さくボフっと音を立て、煙が微かに立ち上がった。
センサーのランプはちらつき、計測が止まる。
周囲の冒険者たちがざわつき始める。
好奇心と恐れの入り混じった視線が、カナタと装置に注がれる。
だが、ソラだけは冷静だった。
肩に触れた手を軽く握り直し、落ち着いた瞳でカナタを見つめる。
「大丈夫です……慌てる必要はありません」
その声には揺るぎない安心感があった。
カナタは少しだけ肩の力を抜き、深呼吸を繰り返す。
「……どうしましょう……」
受付嬢の表情が固まる。
普段は明るく事務的な彼女も、初めて目にする異常事態に言葉を失っていた。
書類も手元で止まり、他の受付カウンターの女性たちもちらりとこちらを見ている。
そのとき、受付嬢がため息交じりに小声でつぶやく。
「……これは……ギルド長を……呼ばないと……」
小さな声が、しかし部屋の空気を一変させた。
周囲の冒険者たちのささやきが連鎖し、ざわめきが広がる。
ソラはカナタの肩をそっと支え、落ち着いた声で言った。
「心配しないで。私は側にいますから」
カナタは小さく頷く。
胸の奥にあった不安が、少しだけ和らぐ。
それでも、測定不能――という言葉は、耳の奥で重く響いた。
あの門番のときと同じく、再び計測できない――そんな恐れが頭をかすめる。
やがて、受付嬢が小さく頭を下げ、カナタとソラに声をかけた。
「ソラ様、カナタ様……ギルド長がお呼びです。ご案内いたしますので、ギルド長室まで同行をお願いします」
カナタは胸の奥で小さく緊張が走る。
隣のソラは落ち着いた様子で肩に手を添え、静かに微笑む。
「大丈夫です、カナタさん。落ち着いてついてきてください」
二人は受付嬢に導かれ、重厚な扉を抜けて廊下を進む。
壁には古い地図や依頼達成証の額が並び、冒険者ギルドの歴史が感じられる。
やがて扉の前で受付嬢が一礼する。
「こちらがギルド長室です。どうぞ」
扉が開くと、大柄な体格の男性が椅子に座っていた。
長い銀髪を後ろで束ね、紺色のマントに銀の刺繍が光る。
だが表情は思ったより気さくで、にこやかに笑った。
「おう、いらっしゃい。私がこのギルド長――ハルヴェルだ」
大きな手を軽く振り、椅子から立ち上がる。
「まぁ座ってくれ、測定の件で呼んだだけだ」
カナタは少し戸惑いながらも、深呼吸を一つして頭を下げる。
「カナタです……よろしくお願いします」
ソラも静かに一歩前に出て、落ち着いた声で自己紹介する。
「ソラです。カナタの同行者として、同席しております。よろしくお願いします」
ギルド長は両者を交互に見渡し、満足そうに頷く。
「なるほどな、あんたら二人か。よし、これで話は早い」
そして、先ほどの測定不能の件に話を戻す。
「カナタ君……の魂が大きすぎて、測定登録できなかったそうだな」
カナタの胸が一瞬跳ねる。
門番での失敗を思い出し、再び不安が波打つ。
ソラが肩を軽く叩き、落ち着かせる。
「大丈夫です、カナタさん。私はそばにいます」
ギルド長は豪快に笑いながら椅子に腰かけ直す。
「ハハハ! 門番でも同じようなもんだっただろ!? でも、悪いことじゃねぇ。魂が大きいってことは、使える量も力も多いってことだ。だが……その膨大な魂を制御できての話だがな」
カナタは胸の奥で緊張と期待が入り混じる。
ソラも内心少し緊張していたが、手を握り励ます。
「そんな心配な顔すんな。冒険者になれねぇ訳じゃねぇんだ。今回は特別に、臨時の登録タグをカナタ君に付与する。これにギルド情報登録するから、無くしたりするんじゃねぇぞ」
その言葉を聞きカナタは少し安堵しつつも、胸の奥にわずかな不安がくすぶる。
「制御……まだ自信はないけど、ここから始められるんだ」
ギルド長は豪快に笑った。
「臨時のタグを使う時が来るなんてな……ハハハ! 俺が就任してから初めてのことだ、ワハハハ!」
カナタは思わず肩を揺らしそうになるほどの笑い声に圧倒される。
ソラは冷静に立ちつつも、内心では少し緊張をほぐされたような気分になった。
ギルド長は受付嬢に向かって指示を出す。
「受付嬢、すまんが臨時タグにカナタ君の情報を登録してを持って来てくれ」
しばらくして━━
受付嬢は少し緊張した様子でタグを手に取り、慎重にギルド長の元へ運ぶ。
ギルド長はカナタの前に腰をかがめるようにして、手渡した。
手に取ったそれは、まるでドックタグのような金属製の小さな札。
カナタの目に自然と文字が映る。
【カナタ Fランク】
思わず息を呑む。
夢にまで見た冒険者ランクが、自分の手の中に確かに存在している。
小さなタグ一つで、ここに自分の存在が認められたことを示している。
(……ついに……冒険者になれたんだ……Fランクだけど、これで間違いなく……)
小さな喜びが胸の奥で弾け、自然と笑みがこぼれる。
ソラもその笑顔を見て、そっと微笑んだ。
「よかったですね、カナタさん」
「……はい、ありがとうございます」
ギルド長は満足げに頷き、視線をふとソラに向ける。
「おう、そこのお嬢さん━━君がそばにいれば、いずれカナタ君も制御もできるようになるだろう?しっかり育てろよ」
ソラが少し顔を上げてその声を聞く。
ギルド長の目には、期待と信頼が込められているように感じられた。
「期待してるぞ、カナタよ。精進せよ、ワハハハ!」
その豪快な笑い声が部屋に響き渡り、緊張と不安を一気に洗い流す。
カナタは胸の奥で小さく拳を握り、決意を新たにした。
「……はい。頑張ります」
ソラはそっとカナタの肩に手を添え、落ち着いた声で囁く。
「大丈夫、カナタさん。これから少しずつ、あなたの魂も制御できるようになります」
カナタは深く息を吸い込み、手元のタグを握りしめる。
その重みが、単なる金属の塊以上の意味を持つことを、心の奥で理解した。
再びタグを見つめ、小さく息をつく。
(……よし、これからだ。冒険者として、歩き出すんだ……!)
ギルド長の笑い声が室内に響く中、二人は静かに、新しい一歩を踏み出したのであった。




