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第6-幕間「魂が街を覚える」ー眠る魂は、すでに世界に触れている

カナタの寝息は、まだぎこちなかった。

狭間に来て初めての睡眠。

初めて、魂が安らぐ夜だった。

疲れ切った体と魂が、ようやくこの世界のリズムに身を委ねている。


ソラは布団の横で、静かに立ち上がった。


(……無事に眠ったね)


視線だけで、カナタの体の緊張がほどけ、魂も静まっていることを確認する。

声に出さず、ゆっくりと呼吸を整える。

部屋の空気は、日中とは違う微かな張りを帯びていた。

温もりはあるのに、空間の端々がわずかに揺れている。

ソラは指先を軽く動かす。

手元で、目には見えない微細な波紋が生まれる。


(……これで、少しだけ様子を確認できる)


布団の向こうで寝息を立てるカナタには、この変化はもちろん見えない。

だが空間は微かに震え、透明な膜が部屋を包むように広がる。

まるで空気自体が呼吸しているかのように、揺らぎが柔らかく光を屈折させる。

窓の外、狭間の街灯の光が淡く揺れ、遠くの木々の葉が音もなくざわめく。

微細な風が部屋をかすめ、香りや温度までわずかに変化する。

外からの風ではない。


(……やはり、カナタの魂が、この世界に影響を及ぼしている)


ソラはゆっくりと膝を折り、座り込むようにして両手を組む。


今夜は、案内人に報告しなければならない。

義務ではない。

カナタが特別だから、状況を知らせる必要があるのだ。


手のひらで魂の微細な波動を整えながら、ソラは術式の準備を始める。

これは簡易的な思念通信ではない。

かなりの魂の消耗を伴う、本格的な術式だ。


(……起きていたら無理だった)


覚醒時のカナタの揺らぎは、術式を弾き返すほどに強力だ。

だが、今は眠っている。

魂が世界に身を預け、揺らぎが抑えられている――この静けさが、通信の条件となる。


ソラは手をかざし、指先から微細な光の線を描くように魂の波紋を伸ばす。

膜に触れるように、空間を伝って案内人へと意識を送る。

内部からの振動が指先に返る。受け手は応答の意思を持って静かに待っている。


「……今夜も、強すぎる魂が狭間に干渉しているな」


案内人の意識が、静かにソラの内側へ響いた。


「はい。魂の制御補助を行って抑えていますが・・・それでも・・・。今は、彼の睡眠を妨げず、観察のみを行います」


ソラは正確に答える。

心の声での応答は、微かな波紋だけで伝わる。

膜の揺らぎは視覚に敏感な存在だけに察知される。

夜行性の小動物や精霊たちが、一瞬動きを止める。

木々の葉も、風に揺れる角度がわずかに違う。

全ては小さな変化だが、ソラには違和感がはっきりわかった。


「このままでは、いずれ他の存在にも影響が出るだろう」


案内人が続ける。


「監視は続けるが、彼には悟らせるな」


「承知しました」


ソラは布団に横たわるカナタを見下ろす。

穏やかな寝顔は、昨日までの病弱さを微塵も残さない。

今は魂も体も、少しずつ狭間の環境に順応している。

膜は部屋を完全に包み、微かに光を反射して踊る。

視覚でわかるのは膜の揺らぎだけ。

カナタは知らないが、狭間の内部では、彼の存在が世界に小さな印を刻している瞬間だ。


(……彼の魂がこの世界に影響を与えるのは、喜ばしいことでもあり、警戒すべきことでもある)


「忘れるな……この強さは、今後必ず試練となる」

「……承知しました」


ソラは小さく息をつき、手を下ろす。

術式の消耗は大きかったが、報告は無事に完了した。


部屋は再び静寂に包まれた。


揺らぎも膜も、外から見れば何事もない夜の一コマに過ぎない。

しかし、狭間の深部では、強すぎる魂の痕跡が確かに残されていた。

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