第5-4話「石壁の街」~例外として歩く者
ラファエルの言葉が、カナタの頭の中で何度も反響していた。
――測定不能。
――例外扱い。
――魂の総量が規格外。
門の内側に設けられた待機通路で、カナタは無意識に拳を握りしめていた。
石造りの壁は冷たく、規則正しく並ぶ紋様がやけに現実味を帯びて見える。
(……測定不能って、つまりどういうことだ?入市は許可された……けど、それが“普通の入市”とは限らない気がする……)
行政天使たちは忙しなく行き交っているが、誰も詳しい説明はしない。
それが余計に不安を煽った。
「……このまま、普通に街に行けるんだよな……?」
ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
その隣で、ソラは静かに立っていた。
表情はいつも通り、穏やかで落ち着いている。
だが、胸の奥では別の緊張が走っていた。
――ラファエルは、はっきり言った。
“案内天使……まだ同行しているのか”と。
カナタは、その言葉を聞いていた。
だが、理解していなかった。
測定不能という異常事態。
自分の存在が危険視されるかもしれないという恐怖。
それらが、他のすべてを押し流していた。
(……気づいていない)
ソラは、内心で安堵する。
本来なら、すでに離れていなければならない立場だということも。
カナタの歩調が、わずかに乱れる。
不安が、魂の奥でざわついている証拠だった。
「ソラ……僕、大丈夫なのかな?」
その問いは、助けを求めるようでいて、答えを怖れている響きだった。
ソラは一瞬だけ、視線を伏せる。
――今ここで、真実を伝えることはできない。
「大丈夫ですよ」
だから、そう言った。
嘘ではない。
だが、すべてを語ってもいない。
「少なくとも、あなたは“拒絶”されていません。測定不能というのは、異常ではありますが……危険と即断されるものではありません」
言葉を選び、慎重に。
それだけで、想像以上に魂を使う。
カナタは、その説明に少しだけ肩の力を抜いた。
「……そっか。よかった」
その安心した声を聞いた瞬間、ソラの胸に微かな痛みが走る。
――この人は、何も知らない。
――自分が、どれほど“特別な位置”に立たされているのかを。
待機通路の壁際で、ソラはほんの一瞬だけ、手を添えた。
誰にも見えない角度で。
誰にも悟られないように。
測定不能な魂を、外部干渉から“押さえ続ける”補助。
行政領域への立ち入りを可能にする、“例外同行”という行為。
どれも、本来なら案内天使の役割を越えている。
(……それでも)
ソラは、ゆっくりと呼吸を整える。
擬似的な呼吸でも、魂を落ち着かせるには必要だった。
カナタは、その小さな異変に気づかない。
気づけるほど、余裕がなかった。
――もしこの先で、何かあったら。
――もし自分が、この街にいてはいけない存在だったら。
そんな不安で、頭がいっぱいだった。
やがて、通路の先で扉が開く音が響く。
市街へ続く正式な入り口だ。
「……行きましょう、カナタさん」
ソラは、いつもと同じ声で言う。
疲れは、きれいに隠したまま。
「うん」
カナタは前を向き、歩き出す。
その背中を、ソラは半歩後ろから見守る。
――悟らせない。
――まだ、入門していない。
――ここで明かすには、早すぎる。
そう自分に言い聞かせながら、ソラは静かに、重くなり始めた魂を抱えたまま、街へと足を踏み出した。




