第5-2話「石壁の街」~測定不能
光の円が、静かに脈動していた。
行政天使の前に浮かぶ術式が、淡く回転しながらカナタの魂を読み取っていく。
数字とも記号ともつかない光の列が、空中に次々と浮かび、消えては再構成されていた。
「魂位相……安定」
行政天使の声は、相変わらず感情を含まない。
「定着確認、完了」
カナタは内心、ほっと息をついた。
どうやら、街に入ること自体は問題なさそうだ。
――が。
次の瞬間、行政天使の動きが、ぴたりと止まった。
「……?」
ソラが、わずかに眉をひそめる。
空中の術式が、不規則に揺らぎ始める。
光の円が一瞬だけ強く輝き、そして――止まった。
行政天使は、沈黙したまま動かない。
「……えっと……?」
カナタが恐る恐る声を出すと、行政天使の瞳が、わずかに瞬いた。
「――定着率、測定不能」
その言葉は、淡々としていた。
だが、その直後、行政天使の翼が微かに震えたのを、カナタは見逃さなかった。
「測定不能……?」
ソラが静かに問い返す。
行政天使は一拍置き、再び術式を展開した。
「再測定を実施する」
今度は、先ほどよりも複雑な光の構造が重なっていく。
複数の円、重なり合う紋様、深く潜るような光。
カナタは、胸の奥を何かが撫でられる感覚を覚えた。
不快ではない。だが、奥底まで“見られている”感じが強くなる。
数秒――
いや、数十秒。
やがて。
「……」
行政天使は、再び沈黙した。
「再測定結果――測定不能」
その瞬間、門の周囲の空気が、目に見えて張り詰めた。
隣に立っていたもう一体の行政天使が、わずかに顔を向ける。
「……個体異常か?」
「否。魂は定着している。欠損も破損も確認されない」
「では、なぜ測定できない」
行政天使は、ほんの一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いた。
「……規格外」
その単語に、カナタの背筋がひやりとする。
ソラは一歩前に出て、静かに告げた。
「この魂は、狭間における滞在を正式に選択しています。危険性はありません」
行政天使はソラを見つめ、やがて首を縦に振った。
「理解している。しかし、測定不能の魂を、管理者の判断なしに通過させることはできない」
天使は翼を畳み、まっすぐに立った。
「上位管理者を呼ぶ。ここで待機せよ」
そう告げると、行政天使は光の粒子へと分解されるように、その場から消えた。
残されたのは、静寂。
門の前で、カナタとソラ、そしてもう一体の門番だけが立ち尽くす。
「……測定不能、って……」
カナタは小さく呟く。
ソラはカナタを見て、ほんの一瞬だけ、困ったように、そしてどこか納得したような表情を浮かべた。
「大丈夫です。慌てる必要はありません」
「でも……普通じゃない、ですよね?」
「ええ」
ソラは正直にうなずいた。
「ですが、異常=危険、とは限りません。ただ……」
言葉を切り、門の奥――石壁の向こうを見つめる。
「注目される存在になった、というだけです」
カナタは、無意識に拳を握っていた。
街の中は、すぐそこだ。
夢見た異世界の生活は、目の前にある。
――なのに。
自分の魂は、“測れない”。
それが意味するものを、まだ誰も説明していない。
やがて、空気が再び揺れた。
別の、より強い光が、門の上方に集まり始める。
「……来ます」
ソラが、静かに告げた。
上位管理者。
行政天使の“上司”。
狭間の管理者たちは、今――カナタという存在に、目を向け始めていた。




