第5-1話「石壁の街」~魂の門
荒野を越えた先に、それはあった。
遠くからでもはっきりと分かる、灰白色の巨大な壁。
積み上げられた石は一つ一つが人の背丈ほどもあり、無数の継ぎ目が幾何学的に組み合わさっている。
高さはおそらく十メートルを優に超えているだろう。
外壁というよりも、街そのものを守るために築かれた要塞だった。
「……すご……」
思わず、そんな言葉が零れた。
ゲームや小説で何度も見てきた“異世界の街”。
その理想像が、目の前にそのまま現れたかのようだった。
石壁の上部には見張り台が並び、ところどころに青白い光が灯っている。
魔法灯だろうか。太陽のない空の下でも、街ははっきりと輪郭を持って存在していた。
「ここが、最寄りの街です」
隣を歩くソラが、穏やかに告げる。
「狭間に存在する中規模都市のひとつで、魂の定着が安定した者が集まる場所でもあります」
門へと近づくにつれ、その大きさがさらに実感として迫ってくる。
巨大な両開きの門扉は石と金属で作られており、表面には複雑な紋様が刻まれていた。
装飾というより、何かを識別するための術式のように見える。
門の前には、二人――いや、二体の門番が立っていた。
一瞬、人だと思った。
だが、次の瞬間、それが違うとわかる。
背丈は人間と変わらない。だが、その背には白銀の翼があった。片方は完全で、もう片方は先端が欠け、石のように固化している。
鎧は白でも黒でもなく、光と石が混ざり合ったような質感をしており、どこか無機質だ。
何より――目。
感情を感じさせない、澄み切った光の瞳が、こちらを正確に捉えていた。
「……天使……?」
カナタの呟きに、ソラは小さくうなずく。
「行政天使です。天国でも地獄でもなく、狭間に属する管理者」
門番の一人が、一歩前に出た。
その動きは静かで、無駄がない。
「通行者、停止」
声は低く、淡々としている。
威圧はない。
だが、逆らってはいけないと魂が理解してしまう。
不思議な圧があった。
「街への入場には、魂の定着確認が必要だ」
天使の視線が、まずソラへ向けられる。
狭間において、魂の定着は“感覚”ではなく“数値”で管理される。
そのため、街へ入る者は必ず行政用の測定器に魂を通す決まりになっていた。
「案内人識別。階位――中位。役割、護送」
次に、その視線がカナタへ移った。
「対象魂、未登録。新規滞在者か」
カナタは思わず背筋を伸ばす。
「は、はい……その、ここに来たばかりで……」
行政天使は感情のない顔で、静かにうなずいた。
「問題ない。定着検査を行う」
天使が片手を上げると、空間に淡い光の円が展開される。
それは魔法陣のようでもあり、鏡のようでもあった。
「検査は危険を伴わない。ただし、魂の状態は正確に記録される」
ソラが一歩前に出て、カナタに小さく声をかける。
「大丈夫です。深く考えず、自然体で」
カナタはゆっくりと頷き、光の円の中へ足を踏み入れた。
瞬間――
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
何かを“見られている”感覚。
だが、不快ではない。
むしろ、自分という存在が、正しくここに在ると確認されていくような、不思議な感触だった。
行政天使の声が響く。
「魂位相、安定。定着率――測定中」
光が、静かに脈動する。
カナタは、息を呑みながら思った。
――これが、この世界で“生きる”ための最初の関門なのだと。
石壁の向こうには、未知の街、未知の生活、未知の出会いが待っている。
その入り口で、今、自分の魂が試されている。
光が、さらに強まった――。




