第4-7話「狭間の基礎」~次の人生へ運ばれるもの
カナタは、ふと自分の手を見つめた。
生前、ほとんど動かせなかった手。
文字を書くことも、走ることも、何かを積み上げることも――ほとんど経験しないまま終わった人生。
「……じゃあ」
ぽつりと、疑問が零れる。
「ここで経験したことは……どうなるんですか?」
ソラは歩みを緩め、カナタの方を向いた。
「どういう意味ですか?」
「もし、ここで勉強したり、戦ったり、商売を覚えたりしたら……」
言葉を選びながら、続ける。
「それは、転生した先でも……意味を持つんですか?」
ソラは少しだけ、優しく目を細めた。
「ええ。持ちますよ」
その一言は、迷いがなかった。
「魂は、記憶だけを持ち帰るわけではありません」
「……?」
「経験の“重なり”が、魂の癖になります」
ソラは胸のあたりに手を当てる。
「勉学に励んだ魂は、学を受け取る形が整います。知識そのものは消えても、理解する速度、考える型が残る」
「じゃあ……」
「体を使い続けた魂は、体力や持久力、技量への適性を得ます」
カナタの心臓が、少しだけ強く打つ。
「商売に成功した者は?」
「価値を見抜く感覚、人の流れを読む力、決断の癖を持ち帰ります」
ソラは静かに言った。
「それが、向こうの世界では“才能”と呼ばれるものです」
「……生まれつきの?」
「生まれつきに見えるだけです」
ソラは微笑む。
「前の生で、あるいはその前の生で、魂が積み重ねてきた結果です」
カナタは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
「じゃあ……努力って」
「無駄になりません」
きっぱりとした言葉だった。
「世界が変わっても、立場が変わっても、魂は覚えています」
風が吹き、砂が舞う。
「病室で終わった人生だと思っていても」
ソラは、まっすぐにカナタを見る。
「あなたの魂は、まだ始まったばかりです」
カナタは、思わず息を吸った。
「……ここで何をするかが」
「次の生を形作ります」
「得意なことも、苦手なことも?」
「ええ」
ソラはうなずいた。
「苦手だったものに向き合えば、それは次では“少し得意”になります」
「……それって」
カナタは、小さく笑った。
「やり直しじゃなくて……積み上げ、ですね」
「そうです」
ソラも微笑む。
「この世界は、魂の訓練場であり、休息地であり、準備の場所です」
遠くの街が、はっきりとした形を帯び始めていた。
カナタは思う。
——もし、ここで学べたなら。
——もし、ここで歩けたなら。
——もし、ここで誰かと向き合えたなら。
それはきっと、次の人生で、理由のない自信。
なぜか出来てしまうこと。
として、自分を支えてくれるのだろう。
「……よし」
カナタは、前を向いた。
「ちゃんと生きよう。ここで」
ソラは、満足そうにうなずいた。
「それでこそです、カナタさん」
二人は再び歩き出す。
この世界で積み重ねたものが、次の世界で“才能”として花開くと知って。




