第4-6話「狭間の基礎」~欠片の行き先
荒野は相変わらず静かだった。
風が吹き、砂が流れ、空はどこまでも青い。
だが、それだけだ。
「……ソラ」
歩きながら、カナタはぽつりと声を出した。
「ここまで歩いてきて、ずっと気になってたことがあるんです」
ソラは歩みを止め、隣に立つ。
「この荒野……あまりにも静かすぎませんか?」
「静か、ですか」
「はい。異世界――じゃなくて、生前に読んでた物語だと、こういう場所には何かいるものなんです」
カナタは少し照れながら言葉を選ぶ。
「魔獣とか、猛獣とか……そういう存在が出てきてもおかしくないのに」
ソラは、その言葉に即答しなかった。
代わりに、ゆっくりと砂の大地を見渡す。
「どうして、そう思ったのですか?」
「……だって」
カナタは周囲を指さす。
「異世界ものだと、荒野ってだいたい危険じゃないですか。魔獣とか、猛獣とか、魔族とか……」
言いながら、自分で少し苦笑する。
「スライムが出てきたり、狼に襲われたり、いきなりドラゴンが飛んできたり……」
ソラは小さく首をかしげた。
「ドラ……?」
「あ、えっと……大きなトカゲみたいな、空を飛ぶ生き物です」
「なるほど……」
少し考えるように間を置いてから、ソラは答える。
「結論から言うと――存在します」
カナタは思わず身構えた。
「えっ」
「魔獣、猛獣、魂を喰らう存在。あなたの言う“魔族”に近いものもいますし、エルフやドワーフ、ドラゴニュートに似た種族も存在します」
「……いるんだ」
安心と緊張が同時に湧く。
「でも……じゃあ、なんでここには何もいないんですか?」
カナタは率直に疑問をぶつけた。
「ここまで、ソラ以外の生き物に一度も出会ってない。足跡も、気配も……何もない」
ソラは歩きながら、穏やかな声で答える。
「この荒野は、“狭間の外縁”だからです」
「外縁……?」
「狭間の中心には、街や集落、種族が集まる場所があります。ですが、ここはそのさらに外側。魂が定着する前の、準備の領域です」
カナタは少し考える。
「つまり……初心者エリア?」
「……似たようなものですね」
ソラは素直にうなずいた。
「狭間は、魂を選別し、鍛え、導くための世界。いきなり危険に晒されて消えてしまっては意味がありません」
「だから……安全なんだ」
「はい。特に、カナタさんのように“到着したばかりの魂”が歩く領域には、害意を持つ存在は近づけない仕組みになっています」
カナタはほっと息を吐いた。
「よかった……正直、いつ襲われるのかって、内心ビクビクしてました」
ソラはくすっと笑う。
「魂は正直ですね。でも、それでいいのです」
カナタはふと、別の疑問を口にする。
「じゃあ……エルフとかドワーフとか……そういう種族たちは、街に?」
「ええ。種族ごとに文化や居住区があります。交易をする者、冒険者になる者、職人として生きる者……さまざまです」
「……異世界もの、そのままだ」
思わず呟くと、ソラは少し首を傾げた。
「“異世界もの”という概念は、あなたの魂が持っている物語の枠組みでしょう。でも、狭間はそれよりもずっと現実的です」
「現実的……?」
「それらは“物語の存在”ではありません」
カナタは思わず目を瞬かせた。
「え?」
「エルフやドワーフ、魔族や竜種――それらは、この世界に実在する種族です」
ソラは静かに、しかし断言するように言った。
「この世界が“元”なのです」
その言葉に、カナタの胸が小さく揺れる。
「じゃあ……僕がいた世界で読んでた物語は……?」
「順序が逆ですね」
ソラは歩みを止めず、淡々と続ける。
「人の魂は転生する際、完全に無垢にはなりません。ごく微量ですが、記憶の欠片を宿したまま生まれ変わります」
「……欠片」
カナタはその言葉を反芻した。
「はい。ただし、それは“こちら側”の記憶です」
ソラは空を仰ぐ。
「この世界で実在する存在、概念、種族、力――そのほんの一部が、魂に付着したまま、現世へと渡るのです」
「それが……向こうで?」
「ええ。ですが、記憶は断片に過ぎません」
ソラは静かに言葉を継ぐ。
「向こうの現世では、ここで培われた種族や力を“現実”として再現することはできません」
一拍置いて、ソラは告げた。
「だから――物語になるのです」
カナタは思わず息をのむ。
「小説……神話……伝承……空想……日本で言えば、妖怪や神々も同じですね」
「……全部、元は“こっち側”なんだ」
「ええ」
ソラはうなずく。
「向こうの世界の人々は、魂の奥底に残った欠片を、“想像”として受け取ります。そして、それを言葉や物語に変換するのです」
「だから……あんなにも、似ている」
「似ているのではありませんよ」
ソラはわずかに微笑んだ。
「写し取られているのです」
カナタはしばらく、言葉を失った。
自分が読んできた無数の物語が、ただの空想ではなかったという事実に。
カナタは、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
「……それ、ちょっとワクワクしますね」
「ええ」
ソラは小さく笑う。




