2.初めての調査。
「……えっと。ここが問題の露店だな?」
「あぁ? なんだってんだ、坊主。買う気がないなら帰れよ」
「ずいぶんな口振りだな、オルドの爺さん。今日はそれ以上に重要なんだよ」
俺たちが足を運ぶと、髭を蓄えた店先の老爺が喧嘩腰にそう言った。
するとダリが呆れたようにため息をつきながら、その店主――オルドをたしなめる。そんな幼馴染みの言い方が気に食わなかったのか、彼は軽く舌を打ってからちらり、アリアを見た。
そしてこちらへ視線を投げながら、鼻で笑うのだ。
「なんだぁ? そこのガキの窃盗について、補償でもしにきたか」
「いや、違う。少し引っ掛かることがあったんで、調査しにきたんだ」
「……調査、だって?」
しかし俺はあえて相手にせず、単刀直入にそう告げる。
オルド爺はそれに眉をひそめるとまた、縮こまる少女に視線を投げた。その上でどこか呆れたように肩を竦め、このように続けるのだ。
「物好きな兄ちゃんがいたもんだ。貧困街のガキに協力しようなんざな」
「貧困街出身だからって、絶対に犯人とは限らないからな」
「どうだか。儂だって最初は信じていたが、何度も裏切られ続けたんだ。どうせ今回だって、そこのガキがくすねたに違いねぇさ」
「まぁ、それはいったん置いておこうぜ。……な? オルドさんよ」
「……ふん」
俺と爺さんの間に険悪な空気が漂うと、ダリが苦笑しながらフォローを入れる。
今回は別に口論をしにきたわけではないのだ。ただアリアの無実を証明するためであり、俺自身もダリの証言に引っ掛かりを覚えたからだった。
オルド爺は苛立ちを隠さない素振りでまた鼻を鳴らし、自分の座席に腰かける。
そして、調べるなら調べろ、とでも言いたげに両手を広げた。
「さて、と。それなら――」
それならこちらも遠慮する必要はない。
俺はそう考えて、まずは店先に置かれている商品を確認した。並んでいるのはどれも、安物のアクセサリーばかり。盗まれたところでオルド爺の懐は痛まないだろう、とさえ思えてしまう。
しかし彼が怒りを見せているのは、金銭的な理由ではない。
きっと貧困街の少年少女に煮え湯を飲まされた経験が、いまに至っているのだ。
それでも出自で犯人が決まるなんて、そんなわけがない。
俺は一つ息をつくと、商品にかざした手に意識を集中させた。
「何やってるんだ、兄ちゃん」
「オレにも分からないが、とにかく見てなって爺さん」
首を傾げる店主と幼馴染み。
そんな彼らには答えず、俺はさらに感覚を研ぎ澄ませた。すると、
「……やっぱり、な」
一つの可能性に行き着くのだ。
それと同時に自然と漏れた声に、訊き返したのはダリ。
「なにが『やっぱり』なんだ?」
「微かだけど、特殊な魔力の残滓を感じ取れた」
「魔力の残滓……?」
俺がそう返すと、訝しんだのは店主のオルドだった。
彼は意味が分からないといった様子で、蓄えた髭をしきりに弄っている。そんな老爺に対して、俺はこのように告げるのだった。
「予感が確信になったよ。爺さん、アリアは間違いなく――」
自然と口角が上がって。
少女の頭に手を乗せ、軽く撫でてながら。
「犯人じゃない。むしろ、濡れ衣を着せられた被害者、だな」――と。
◆
――街外れの小さな森の中。
俺は三人を引き連れて、店先で感じ取った残滓を追跡した。すると、
「綺麗……!」
「……これは、たまげたな」
「これで信じただろ? アリアは犯人じゃない」
行き着いたのは、人が足を踏み入れたことがないような空間。
森の広場のようになったそこには清らかな水が流れており、美しさには思わず息を呑んでしまうほどだった。ただそれよりも、オルドの目に留まったのは――。
「これは、間違いない。儂の店で売っていた品だ」
広場の中央にある大きな樹。
そのすぐ下に集められた装飾品の数々だった。すべてがオルドのものではないだろうが、どれもキラキラと光を放っている。おそらく真犯人は、そういったものを好んでいるのだ。
いいや、あるいは――。
「なぁ、兄ちゃん。これはいったい……?」
「犯人――といっても人じゃないけど、やったのはこの子たちだよ」
「……この子たち?」
不思議そうに首を傾げるオルドに、俺はほんの少し自分の魔力を送り込んだ。
これできっと、彼にも見えるようになる。
「なんだ、これ!」
「これはもしかして、妖精か……?」
同じくダリとアリアにも。
すると彼らは驚いたように目を見開き、周囲を跳ね回る存在に釘付けになった。それというのも、最後にオルド爺が口にした通りのもの。
そうきっと、これまでの犯行は――。
「悪戯だったんだよ、この子たちの……な」
――妖精たちのちょっとした遊び心。
魔力の素養のない者には、眉唾物の話かもしれない。
それでもこうやって、証拠が揃えば否定するのは難しいだろう。妖精たちはちょっとした悪戯として、綺麗に光る品々を集めていた。もとより妖精は人間の暮らしに興味津々であり、優れた工芸を愛すると言われている。
「……なるほど、な」
そういった類の民話は、おそらく年長者であるオルド爺の方が詳しいだろう。
彼は静かに目を細め、ふっと息をついた。
そして、
「すまなかったな、お嬢ちゃん。儂の勘違いだったよ」
アリアに向かって深々と頭を下げ、そのように謝罪するのだ。
少女はちょっとだけ困惑したようにするが、しかし安堵したように微笑むと頷く。妖精が引き起こしたちょっとした事件は、こうやって幕を下ろした。
俺たちの和やかな会話を耳にした悪意なき犯人たち。
彼らはどこか嬉しそうに、楽しげに飛び回っているように見えたのだった。
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