第07話 スライムとの出会い
虹色の光が弾けた。
タケルは、ゆっくりと目を開ける。
最初に感じたのは、風だった。
現実世界の風とは、少し違う。
青々とした草の匂いと、甘い花の匂い。どこか遠くで流れる水の冷たさが混ざった、不思議な風。
足元には、どこまでも続く石畳の街道。
見上げれば、新緑に覆われた巨大な浮遊大陸が空に浮かんでいる。
その縁から、虹色の滝がきらきらと光の飛沫を散らしながら、遙か下へと流れ落ちていた。
遠くに見えるのは、白い城壁に囲まれた町。
まるで、絵本の中に飛び込んだみたいだった。
「ここが……ミラリア……!」
サクラが胸に手を当て、感嘆の声を漏らす。
アキラも黙ったまま空を見上げていたが、その瞳はいつもよりずっと熱く輝いている。
「バラバラになったらどうしようかと思ったけど……」
サクラが振り返って、ふわりと笑った。
「また一緒に、ここから冒険できるんだね」
「ああ」
タケルは深くうなずいた。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(ここから始まるんだ。自分で選んだ、バトルの道が)
◇◇◇
「なぁ、みんな。最初のミラモン、何もらったんだ?」
歩き出しながら、アキラが問いかけた。
「私からね!」
サクラが嬉しそうに、ピンク色のモンマスを掲げる。
「アクセス! リリーフェア!」
きらきらと光の羽音が響いた。
花びらのような羽を持つ、小さな妖精がふわりと舞い降りる。
リリーフェアはサクラの肩の周りをくるりと飛び、光の粒をこぼした。
「かわいい……!」
タケルは思わず声を上げた。
「でしょ?」
サクラが嬉しそうに笑うと、リリーフェアも褒められたのが分かったのか、タケルの前でちょこんとお辞儀をした。
続いて、アキラが少しだけ照れくさそうにモンマスを構えた。
「アクセス。……クロウルガー、出てこい!」
青白い雷光が激しく地面を走った。
その中から飛び出したのは、漆黒の毛並みを持つ狼型のミラモンだ。
鋭い目つきに、引き締まった体。
地面を踏みしめるたび、足元に小さな火花が散る。
「すげぇ……」
タケルは息を呑んだ。
かわいいリリーフェア。
かっこいいクロウルガー。
二人には、もう隣に立ってくれる相棒がいる。
自然と、自分の左腕に目が落ちた。
銀色のモンマスは、静かに沈黙している。
「タケルは?」
サクラが首をかしげた。
「……俺だけ、もらえなかったんだ」
タケルはなるべく軽く言ったつもりだった。
でも、自分の声が少しだけ沈んだのが分かった。
「えぇっ!? そんなことあるの?」
サクラが目を丸くする。
アキラも驚きに眉をひそめたが、すぐにタケルの肩を軽く叩いた。
「気にするな。俺もサクラもいる。タケルの相棒は、これからここで探せばいい」
「そうだよ! 一緒に探そう!」
「……ありがとな」
二人の言葉に、胸の重みが少しだけ軽くなる。
けれど、完全には消えなかった。
ランクG。
適道なし。
第二種族なし。
初期ミラモンなし。
みんなが当たり前にもらえたものを、自分だけがもらえなかった。
その冷たい事実が、胸の奥に小さな棘のように刺さっていた。
◇◇◇
「始まりの町は……あっちだな」
アキラがモンマスを掲げる。
「リード!」
モンマスが本型に変わり、空中に半透明の地図が広がった。
石畳の街道の先に、輝くマーカーが示されている。
「よし、行こうぜ!」
三人は顔を見合わせ、歩き出した。
──だが、冒険の現実はすぐにやってきた。
街道脇の草むらが、ぬるりと揺れる。
「スライム!」
サクラが声を上げた。
半透明の丸いミラモンが、ぽよんと跳ね上がる。
その一匹が、サクラへ向かってまっすぐ飛びかかった。
「きゃっ……!」
次の瞬間、リリーフェアが眩しい光を放った。
淡い光の壁がサクラの前に広がり、スライムを激しく弾き飛ばす。
「ありがとう、リリー!」
サクラが声をかけると、リリーフェアは嬉しそうに宙をくるりと回った。
「よし、次は俺だ!」
タケルは拳を握りしめた。
相棒はいなくて、カードもない。
でも、何もしないまま後ろで見ているのだけは、絶対に嫌だった。
「うおおおっ!」
タケルはスライムに向かって走り込み、思いきり拳を突き出した。
ズニュ。
拳が、ぷにゅっと頼りなく沈む。
「……え?」
効いていない。
むしろ、恐ろしい弾力で拳が押し返されていく。
「ちょ、待っ──」
ぼよんっ!
タケルの身体は勢いよく弾き飛ばされ、石畳の上を無様に転がった。
「いってぇぇ!」
〈ピコン!〉
【打撃相性:とても悪いです】
「先に言えよ、それ!!」
タケルが起き上がりながら叫ぶ。
「まったく、見てられないな」
アキラが一歩前へ出た。
「クロウルガー!」
黒い狼が激しい雷光をまとって駆ける。
すれ違いざまの一閃。
スライムは青白い光に包まれ、あっという間に粒子となって消え去った。
「……すげぇ」
タケルは泥を払いながら、圧倒的な実力差に立ち尽くす。
そのときだった。
「遠くから見てたぜ」
ひどく冷たい声が響いた。
振り返ると、金色の髪を揺らした少年が立っている。
「ヒカル……!」
サクラが嫌そうに眉をひそめた。
天城ヒカルは薄く笑い、黄金のモンマスを掲げる。
「スライム一匹まともに倒せないなんて、さすがだな。ランクG」
タケルはぐっと唇を噛んだ。
「見せてやるよ。これが本当の『バトルの道』だ」
ヒカルが鋭く腕を振る。
「アクセス! ドラゴレッド!」
赤い光が爆発するように弾け、小さな竜が現れた。
小柄だが、その鋭い眼光には凶暴な炎が宿っている。
ドラゴレッドが口を開いた瞬間、紅蓮の炎が街道を一閃した。
残っていたスライムたちは、悲鳴を上げる間もなく光の粒子へと変わる。
「弱いやつとつるんでたら、同類に見られるぜ」
ヒカルはタケルを一瞥した。
「俺は先に行く。落ちこぼれは、そこでせいぜい泥でも払ってろ」
そう言い残し、ヒカルはドラゴレッドを連れて悠然と歩き去っていった。
「なにあいつ……っ!」
サクラが悔しそうに拳を握る。
アキラも黙ってヒカルの背中を見つめていた。
タケルは、何も言い返せなかった。
悔しい。
悔しい。
めちゃくちゃ悔しい。
でも、何より悔しいのは、実際にスライム一匹倒せず、助けてもらうことしかできなかった自分自身だった。
(……くそ、俺だって……!)
タケルは爪が肉に食い込むほど拳を握りしめた。
(絶対に……絶対に自分の手で倒してやる!)
◇◇◇
しばらく進むと、一匹の小さなスライムが目に入った。
その周囲には、地面を大きくえぐるような跳ね跡がいくつも残っている。
人間の気配に気づいたのか、近くにいた大きなスライムたちは一目散に逃げていった。
残された小さなスライムは、逃げ場を失ったように、その場でぷるぷると震えている。
さっきのスライムより、ずっと小さい。
体も少し濁っていて、頼りない。
見ただけで、強そうには見えなかった。
「……この弱そうなやつなら……!」
タケルは息をのんで拳を握った。
情けない考えだと、少しだけ思った。
でも、それ以上に悔しかった。
ヒカルに馬鹿にされたまま終わりたくなかった。
自分の手で一匹くらい倒したかった。
「いくぞ!」
タケルは地面を蹴った。
小さなスライムが、びくりと震える。
それでもタケルは止まらなかった。
「うおおおっ!」
拳を振り下ろす。
だが、次の瞬間。
小さなスライムは、震えながらも全力で跳ねた。
ドンッ!
「ぐはっ!?」
思ったよりずっと重い衝撃が腹にめり込む。
タケルの身体はあっさり弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「いっ……てぇ……」
泥だらけになりながら、タケルは顔を上げる。
小さなスライムは、まだそこにいた。
ぷるぷると震えている。
でも、逃げていない。
怖がりながらも、自分より大きな相手に全力でぶつかってきた。
「……」
タケルは、何も言えなかった。
弱そうだと思った。
これなら勝てると思った。
ヒカルに馬鹿にされた悔しさを、目の前の小さなスライムにぶつけようとした。
なのに、負けた。
弱かったのは、このスライムじゃない。
自分だった。
「……ごめんなさい」
タケルは、ゆっくりと膝をついた。
サクラが息を呑む。
アキラも何も言わなかった。
タケルは両手を地面につき、額を泥のついた石畳につけた。
「弱いのは、お前じゃない。俺の方だった」
小さなスライムが、じっとタケルを見つめる。
「勝てそうだからって、殴ろうとしてごめん」
声が震えた。
「俺……強くなりたいんだ。ガイアスみたいに。誰かに笑われても、それでも勝てるって証明したいんだ」
タケルは顔を上げずに続ける。
「でも、今の俺は、スライム一匹にも勝てない。だから……ごめん」
小さなスライムは、ぷるぷると震えた。
それは怯えなのか、驚きなのか、タケルには分からなかった。
ただ、スライムは逃げなかった。
泥だらけで頭を下げるタケルを、じっと見つめ続けていた。
次の瞬間。
タケルの腕のモンマスが、静かに光った。
〈ピコン!〉
──つづく。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ついに、タケルの前に一匹の小さなスライムが現れました。
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「ぷる……?」
タケルの冒険は、ここから少しずつ動き始めます。




