第51話 風溜まりの夜明け ―ログアウト不可区域― PART3
地が裂けた。
岩が砕け、空気が焼ける。
《グラヴァベア》が岩皮を震わせ、腕を振り下ろすたび、地面が火花を散らしてめくれ上がる。
地底から飛び出した《サーペントワーム》が咆哮し、削れた大地を巻き込みながら暴れ回る。
衝撃波が走り、霧が一瞬で蒸発する。
ただの呼吸すら、命懸けだった。
「新人が……こんなの見たら気絶するぞ……」
タケルの声が、熱に飲まれて消えた。
その戦場の端。
岩の隙間で、小さな青い影が震えていた。
風のような耳飾り。――《スプリントラビット》。
「おい、アキラ! あれ……!」
「やっぱり、間違いない」
「ララ……!? なんであんな所に!」
サーペントワームの尾が地を薙ぎ、岩が砕け散る。
衝撃で空気が軋む。
ララは動けず、怯えた瞳でただ震えていた。
「……あのままじゃ、やばい」
「助けるぞ」アキラが即答した。
「まだ、あいつには借りを返してない」
タケルが頷く。
「任せろ! オープン――セット!《惑わせの鈴》!」
鈴の音が風のない空間に鳴り響く。
キーン……。
だが――何も起きない。
《警告:実力差がありすぎます。効果は自然消滅します》
「はあ!? 店主に騙されたああ!?」
「焦るな、タケル!」
「焦ってない! 焦ってるけど焦ってない!!」
――そのとき、背後でふわりと影が揺れた。
どこからともなく、黒い耳のようなものがひょこっと出てくる。
「サクラ殿、呼んだでござるな」
サクラが振り返る。
「いや、呼んでないけど」
「まあ、良いとこ来たわ。あそこにいる青いリボンのスプリントラビット、ララをこっちまで連れてきてほしいの」
「任せるでござる! 影しっぽ忍法――瞬間移動の術!」
(実際は、早く小さい腕を振ってるだけ)
「いいから、早く助けに行きなさい!」
「アイアイさ!」
チヨが霧を切って駆け出す。
軽い足音が、戦場の轟音の中でも不思議と響いた。
「ララ殿でござるな。こっちに来るでござる」
「……助けに来てくれたの?」
「主人達に感謝するでござるよ」
チヨが隙を見て、ララを抱きかかえる。
その瞬間、サクラが笛を構えた。
「――セット。《共鳴の笛》!」
澄んだ音が霧を震わせる。
巨大な捕食者たちの動きが、わずかに止まった。
世界が、一瞬だけ呼吸を取り戻す。
「効いた……!」
「今だ、アキラ!」
アキラが手をかざす。
「セット!《導きの羅針盤》!」
掌から青い羅針盤が浮かび上がり、霧の中に一本の光の筋を描く。
風を思わせるその道が、彼らを導いた。
サクラの笛が鳴り、タケルが食糧袋を投げて陽動する。
《グラヴァベア》の注意が逸れた瞬間、チヨが合流。
チヨと三人はララを抱え、一気に飛び出した。
霧の中、光の道が揺れる。
《導きの羅針盤》が青白く脈を打つ。
風が戻った。
彼らはその風の流れに身を預け、死地を抜けた。
──そして、音が遠のいた。
⸻
岩陰に身を隠し、全員が息を整える。
ララの耳飾りが、微かに風を揺らした。
「どうして、あんなところにいたんだ?」
アキラが問う。
「夜明け前に“風溜まり”を抜ける――あの助言が、今の時期は役に立たないのを忘れてたの」
ララが耳を伏せた。
「この時期は、縄張り争いが激しくてね。風の道が通じなくなるの」
「わざわざ伝えに来てくれたのか?」
「ええ。感謝しなさい。……と言いたいけど、気づいたら巻き込まれてたのよ」
タケルは唇をかみしめ、
こらえ切れずララの前で涙をこぼした。
「俺たち……迷っちゃった……。
道が分からない……。
このままだと……推薦入試、間に合わない……」
ララが目を丸くする。
「え、どういうこと?」
アキラが前に出て、落ち着いた声で言った。
「モンマスのマップ機能が壊れてて困ってたんだ。中央都市まで案内してくれないか?」
「案内? 報酬は?」
「中央都市で、ご馳走だ」
ピクッ。ララの耳が跳ねた。
「……ご馳走?」
「モンマス⭐︎5の最高級のニンジンシチューにしてよね!」
「決まりね! 案内してあげる!」
さっきまで泣きべそだったタケルの表情が、ふっと明るくなる。
「……仲間、また増えたな」
サクラが微笑んだ。
「風って、出会いを運ぶんだね」
ララが振り返り、尻尾をふわりと揺らした。
「せっかくだから、寄り道してもいい?
この森の奥――“風の巣”があるの。
ノラミラモンたちが憩う場所。
恐れられているこの地帯にも、“安らぎの風”はあるのよ」
霧が晴れ、光が差し込む。
ララの青いリボンが、その光を受けて揺れた。
風が、彼らの頬を撫でていく。
朝の光と混ざり合いながら、静かに――次の物語へと誘うように。




