第46話 ノワール村の青年と、霧の中の約束
タケルが青年に声をかけようと一歩近づいた、
その瞬間――。
森の奥で、バキッ……! と何かが折れる音が響いた。
サクラがビクッと肩を震わせる。
「な、なに今の……?」
アキラは目を細め、わずかに身構えた。
(……誰かいる?)
緊張が走る中、タケルはごくりと喉を鳴らし、倒れている青年へ手を伸ばす。
歳は十代半ばから後半だろうか。
痩せた体つきで、どこか幼さの残る顔立ちをしている。
そして、その頬を軽く叩いた。
「おい、大丈夫か?」
青年はうっすら目を開けるが、力なく答えた。
「う、うぅ……グゥ~~~~……」
直後――静かな森に、盛大なお腹の音がこだました。
「……今の、絶対この人のお腹よね?」
サクラが半目で言い、タケルは目をしばたたかせる。
青年の視線は、タケルたちを行き来し、
「何か食べ物をくれ」と訴えているのは明らかだった。
「タケル、お腹空いてるみたいよ」
「見りゃ分かるっての……!」
青年は遠慮がちに手を振る。
「いや、悪いよ……その、ご飯、君たちの……グゥ〜」
お腹の音が再び鳴った。
タケルは苦笑しながら、ため息をついた。
「……これ、食べる?」
タケルはモンマスをバインダー型に展開させた。
「セット!《ホロホロ鳥獣の串焼き》、《フロスト根菜》の丸焼き!」
料理を、青年の目の前に差し出す。
「え、いいの!?」
青年は遠慮する間もなく、一瞬で串焼きを平らげた。
その直後――。
「グゥ〜」
また腹の音。しかもタケルを見つめる瞳が、まるで犬みたいにキラキラしている。
「くっ……持ってけ泥棒! コンチクショ!最後の一個なのに」
タケルが泣きべそをかきながらカードを構える。
「セット!《ホロホロ鳥獣の串焼き》、《フロスト根菜》の丸焼き!」
青年は瞬く間に平らげ、満足げに息をついた。
「ぷはー! 生き返った! 命の恩人だよ、少年!」
「胃袋のブラックホールかお前は……!」タケルがツッコむ。
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食後、青年は笑いながら頭を下げた。
「助かった。ほんとにありがとう。実は、ノワール村の近くに住むノラミラモンに勝負を挑まれてね。
カードを全部取られて、この霧で帰り道も分からなくなって倒れてたんだ」
「ノラミラモンと勝負?」アキラが眉を上げる。
「うん。《スプリントラビット》っていうウサギ型の種族さ。長耳に青いリボンがトレードマーク。
名前は……確か“ララ”。長い耳に青いリボンが特徴の可愛いヤツだよ」
「可愛いのに恐ろしいね……」サクラが苦笑する。
「勝負に勝ったら“ハイ・ポーション”をくれるって言われたんだ。
姉が倒れたって聞いて……万能薬が必要だったんだよ」
「お姉さん?」
青年の表情が、ふと陰る。
「姉ちゃんは、中央都市のグランディア中央学院で研究員をしててね。
『ミラ結晶の共鳴』を研究してたんだけど、その実験中に倒れたらしいんだ」
「グランディア中央学院……!」アキラが驚く。
「俺たちもそこを目指してる」タケルが頷く。
「そうなのか? そりゃ奇遇だな」
青年は笑い返し、手を差し出した。
「俺の名前はリオ。改めて、ありがとう」
「オレはタケル。こっちはアキラ、サクラ」
「私たち、これからノワール村に行くところなんです。一緒に行きますか?」
サクラの言葉に、青年は嬉しそうに笑った。
「恩にきるよ! 村まで送ってくれたら、昼飯ぐらい奢るよ!」
四人は並んで歩き出した。
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やがて霧が完全に晴れ、遠くに木造の屋根が見えてきた。
「おお……灯りだ!」サクラが声を上げる。
ノワール村に入った途端、村人たちの歓声が湧いた。
「おい! リオが帰ってきたぞ!」
「バーヤ婆さんに知らせてこい!」
人々が駆け出していく。
通りのあちこちから「グッドミラ!(※村の挨拶)」という声が響く。
どうやらこの村では、挨拶も独特らしい。
すると、白髪の老婆が人混みをかき分けて現れた。
「リオ! どこ行ってたのさ! 心配で心配で……!」
「ごめんよ、バーヤ。姉ちゃんが倒れたって聞いて、居ても立っても居られなくて、薬を探しに行ったんだ。
でもノラミラモンに負けて、カードも無くして……」
「まったくもう!」バーヤはため息をつく。
「何度も言ったでしょ。
薬は特殊なルートで手配して、ベテランの冒険者が最短で中央都市まで運ぶって」
バーヤはタケルたちに深く頭を下げた。
「この子を助けてくれて、本当にありがとうねぇ」
「無事で良かったです」アキラが柔らかく答える。
「お腹も満たされてるみたいだしね」サクラが笑った。
「はは、もう三日は何も食べてなかったからな……」リオが照れ笑いする。
「さあ、礼にご飯でも食べてっておくれ!」
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村の食卓には、香ばしい匂いのスープと焼き野菜が並んだ。
「うっま!!」タケルが感動の声を上げる。
「おかわり三杯目よ、タケル……」サクラが呆れる。
「君たちは中央都市のグランディア中央学院の推薦試験を受けるのかい?」
リオが興味深そうに尋ねた。
「まあ、そんな感じだ」アキラが答える。
「優秀な子供たちだね。姉ちゃんも学院で教える研究者だから、きっと会えるかもな」
「姉ちゃん、どんな人?」
「真面目で、ちょっと天然でさ。小さい頃から観察が得意だったんだ。
ミラリアに入った10歳のときなんて、初日からミラモンと普通に話してて、みんな驚いたって……姉ちゃん自身がよく話してたよ」
リオの声に、ほんの少し寂しさが混じる。
タケルはその横顔を見つめながら思う。
(……誰かのために頑張るって、悪くねぇな)
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食事のあと、バーヤが湯気の立つ茶を持ってきた。
「お礼にこれを。ノワール村特製の“ミラ茶”だよ。疲れがすっと取れるの」
「ありがとうございます!」サクラが笑顔で受け取る。
「若いあんたたちの旅に、神の加護がありますように」
バーヤは目を細め、静かに祈った。
その言葉に、タケルの胸がほんのり熱くなった。
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「そういえば、俺が勝負した《スプリントラビット》……あれはこの辺のノラミラモンの中でも群を抜いて早い。
本気で勝負したいなら、“本気の一戦”になると思うよ」
「面白そう!」タケルが身を乗り出す。
「やめときなさい、タケル。あなたの得意分野じゃないわ」
サクラの一言で場が笑いに包まれた。
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食後、村の外れを歩きながら。
「これからどうする?」アキラが尋ねる。
「ノワール村、ちょっと探検したいな!」タケルが笑う。
「私はアイテム補充に行く」サクラが答える。
「じゃあ決まりだな。ログアウト不可区域に入る前に装備を整えて、
明日の朝、中央都市グランディアへ出発しよう」
三人は頷き合った。
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ノワール村の道具屋。
「いらっしゃい! 見ない顔だね。冒険者かい?」
店主の陽気な声が響く。
「ログアウト不可地帯を抜けるなら、これを持って行くといい!」
差し出されたのは、小さな鈴。
「“惑わせの鈴”。鳴らすと十分間、ミラモンの方向感覚を麻痺させることができる。
逃げる時に便利だよ。値段は一個1000ミラ!」
「高っ!」タケルが叫ぶ。
「でも安全のために必要ね」サクラが財布を開く。
「念のため一人一個だな」アキラが冷静に言う。
店主は満面の笑みで包みを差し出した。
「毎度あり!」
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店を出ると、サクラが苦笑する。
「商売上手な人だったね」
「全くだよ。おかげでミラがスッカラカンだ」タケルが肩を落とす。
「お前、勧められたら全部買う癖、直せよ」アキラが笑う。
そんな中、村の中心から人々のざわめきが聞こえた。
「なんだ?」
「中都市に物資を運ぶベテラン――“赤電のロラン”が狙われたらしいぞ」
「なに!? “あの”ロランが!?」
その言葉に、アキラがはっと顔を上げた。
「……その物資、行き先はどこだ?」
村人が答える。
「決まってるだろ。中央都市グランディアだ」
タケルとサクラが、同時に息をのんだ。
ノワール村に、緊張が走る――。




