第38話 忍者狐チヨと化かし道
「拙者、《変化キツネ衆》のチヨ!」
「廃寺まで案内するでごじゃる!」
チヨは胸を張り、ビシッと忍者のポーズを決めた。
「……この子が案内役?」
サクラが不安そうに長老を見る。
「大丈夫なの?」
「失礼でごじゃる!」
チヨが頬を膨らませる。
長老は苦笑した。
「チヨは数年前、人間界の大河ドラマ《忍者の里》をミラネットで見てから、すっかり忍者にハマってしまってな」
「ハマっただけ!?」
タケルが叫ぶ。
「ただの忍者好きじゃん!」
「ただの、ではないでごじゃる!」
チヨが両手を交差させる。
「拙者は立派な忍者を目指し、毎日修行しているでごじゃる!」
「実力は申し分ない」
長老が言った。
「……少々、空回りすることはあるがの」
「心配無用でごじゃる!」
チヨは自信たっぷりに胸を叩いた。
「泥舟に乗ったつもりで、拙者に任せるでごじゃる!」
「泥舟って……」
サクラの不安そうな顔は消えない。
「ならば見てて、でごじゃる!」
チヨが懐へ手を入れた。
「忍法――影分身!」
バッ!
両手に何かを構える。
「どやっ!」
「……」
タケルが目を細めた。
チヨが持っていたのは、二枚の紙人形だった。
「紙じゃん!」
「しょぼっ!」
タケルとサクラの声が重なる。
「しょ、しょぼくないでごじゃる!」
チヨは紙人形を大事そうに懐へ戻した。
「忍者の奥深さを知らぬ者には分からぬのでごじゃる!」
「さらに不安になったんだけど」
「サクラ殿まで!?」
長老が小さく笑う。
「まあ、行けば分かる」
「よーし!」
チヨが気を取り直して腕を上げた。
「ついてくるでごじゃる!」
ポンッ!
白い煙が弾ける。
チヨは小さなキツネの姿へ戻った。
そのまま森の奥へ駆け出す。
「速っ!」
タケルたちも慌てて追いかける。
チヨは木の幹を蹴り、枝から枝へ軽やかに飛び移っていく。
「ひらり、風のように――でごじゃる!」
「おおっ、すげぇ!」
タケルの目が輝く。
「俺も!」
「やめときなさいよ」
サクラが止めるより早く、タケルが木へ飛びついた。
「とうっ!」
バシッ!
「うおっ!?」
枝には届いた。
だが、両手でぶら下がっただけだった。
「落ちる落ちる落ちる!」
足をバタバタさせる。
「俺、忍者じゃなくて原始人だー!」
「何やってるのよ!」
サクラがタケルを引っ張り下ろした。
「いてて……」
「普通に歩きなさい!」
「はい……」
少し先で、チヨが得意そうに尻尾を振っていた。
「忍者への道は険しいでごじゃるな」
「お前にだけは言われたくない!」
◇
しばらく森を進むと。
「むむっ!」
チヨが急に止まった。
ポンッ!
白い煙が弾け、人間の姿へ戻る。
「どうした?」
目の前で、道が二つに分かれていた。
右の道。
左の道。
生えている木も。
落ちている葉も。
置かれている石まで、まったく同じだった。
「……同じじゃん」
タケルが右と左を見比べる。
「どっちだ?」
「ふふん!」
チヨが胸を張った。
「こういう時こそ、忍者の力を見せる時でごじゃる!」
「おおっ!」
「どっち?」
サクラが聞く。
チヨは腕を組み、目を閉じた。
「むむむむむ……」
「……」
「…………」
パッ!
右を指さす。
「こっちでごじゃる!」
「理由は?」
アキラが聞く。
「忍者の勘!」
「勘かよ!」
「忍者の勘を甘く見てはいけないでごじゃる!」
チヨは自信満々に右の道へ進む。
一歩。
二歩。
三歩。
四歩目を踏み出した瞬間――。
ポンッ!
「へ?」
チヨの足元から道が消えた。
「ぎゃあああああ!?」
「チヨちゃん!」
身体が崖へ落ちかける。
サクラがとっさにチヨの腕をつかんだ。
「う、うわぁぁぁ!」
「じっとして!」
アキラもサクラを支える。
二人でチヨを引っ張り上げた。
「た、助かったでごじゃる……」
チヨが地面にへたり込む。
タケルが崖を覗き込んだ。
「底、見えないぞ……」
チヨは冷や汗を流しながら立ち上がった。
「ふっ……」
「何だよ」
「これで一つ、大事なことが分かったでごじゃる」
「何が?」
チヨは反対側を指さした。
「右は偽物でごじゃる!」
「失敗を成果みたいに言うな!」
「案内役が最初に落ちないでよ!」
サクラにも怒られる。
「め、面目ないでごじゃる……」
チヨの耳がしゅんと垂れた。
だが、すぐに顔を上げる。
「次こそは絶対に間違えぬでごじゃる!」
「大丈夫かなぁ……」
三人は左の道へ進んだ。
少し進んだところで。
「待つでごじゃる!」
チヨが両手を広げた。
「今度は何だ?」
「そこ!」
チヨが地面を指さす。
細いロープが、木と木の間に張られていた。
「おおっ! 今度はちゃんと見つけた!」
「ふふん!」
チヨが懐へ手を入れる。
「見るがよい!」
取り出したのは――。
ハサミだった。
チョキン。
「忍法・罠外し!」
「ハサミじゃねえか!」
「切れれば勝ちでごじゃる!」
「忍法関係ないでしょ!」
サクラが呆れる。
「むぅ……二人とも忍者に厳しすぎるでごじゃる!」
◇
さらに森の奥へ進む。
その時。
チヨが急に足を止めた。
「チヨちゃん?」
サクラが声をかける。
返事がない。
チヨは低い枝を見上げていた。
枝の先。
そこに、小さな白い毛が一本だけ引っかかっている。
「……」
チヨがそっと手を伸ばした。
白い毛を摘み取る。
「……姫様」
さっきまでの笑顔が消えていた。
「白狐の毛か?」
タケルが聞く。
チヨは小さく頷く。
白い毛を、ぎゅっと握った。
「……この道で間違いないでごじゃる」
顔を上げる。
「急ぐでごじゃる」
チヨは走り出した。
「お、おい!」
三人もすぐに追いかける。
サクラは走りながら、チヨの背中を見つめていた。
◇
やがて木々が途切れた。
「あれか……」
アキラが足を止める。
目の前には、古びた鳥居。
その奥に、大きな寺が建っていた。
屋根は傾き。
障子は破れ。
赤い提灯だけが、風もないのにゆらゆらと揺れている。
「うわ……」
タケルが顔を引きつらせた。
「絶対なんか出るだろ、ここ……」
「タヌキがいるって分かってるでしょ」
サクラが言う。
「そういう意味じゃない!」
「じゃあ何よ?」
「オバケだよ! オバケ!」
「タヌキが人間に化けるのは平気なのに?」
「それとこれとは別!」
「よく分かんない」
チヨが寺を指さした。
「ここが変化タヌキ衆のアジト。《廃寺》でごじゃる」
「よし!」
タケルが正門へ向かう。
「入ろうぜ!」
「待つでごじゃる!」
チヨが服をつかんだ。
「うわっ!」
「正門から堂々と入るなど、忍者ではないでごじゃる!」
「いや、俺は忍者じゃないし」
「それに――」
チヨが目を細める。
「罠の匂いがするでごじゃる」
「また勘?」
「今度は本当でごじゃる!」
チヨが小石を拾った。
「確認するでごじゃる!」
正門へ向かって投げる。
ぽいっ。
コロコロ……。
小石は門の手前で止まった。
「……届いてないぞ」
「むっ」
チヨがもう一個拾う。
「今のは練習でごじゃる!」
「絶対違うだろ!」
「今度こそ!」
ブンッ!
小石が門の中へ飛び込む。
カツン。
次の瞬間――。
ガコン!
「うおっ!?」
門の床が一気にひっくり返った。
大きな落とし穴が現れる。
「マジで罠だった!」
「ほら見ろでごじゃる!」
チヨが胸を張る。
「たまたまじゃない?」
「そこは言わなくていいでごじゃる!」
「で、どうやって入るの?」
サクラが聞く。
「忍者は正面から入らぬでごじゃる」
「じゃあ、どこから入るんだ?」
「こっちでごじゃる!」
チヨは寺の横へ走った。
三人も後を追う。
建物の側面へ回ると、チヨが茂みをかき分けた。
「ここでごじゃる!」
そこには、人一人が通れるほどの小さなくぐり戸が隠されていた。
「おおっ!」
タケルの目が輝く。
「すげぇ! 今度は本当に忍者っぽい!」
「今度は、とは何でごじゃる!」
「さっき崖から落ちかけたから」
「それは忘れるでごじゃる!」
◇
チヨを先頭に、四人は隠し入口をくぐった。
廃寺の中は薄暗い。
「暗っ……」
「静かにするでごじゃる」
「分かってるって」
細い通路を進む。
やがて――。
「……またか」
アキラが立ち止まった。
目の前に、三本の道がある。
「右、真ん中、左……」
タケルが順番に見る。
そしてチヨを見る。
「で?」
「?」
「どっちだ?」
「……」
チヨが右を見る。
真ん中を見る。
左を見る。
腕を組む。
「むむむ……」
「まさか……」
サクラの顔が引きつる。
「……これは拙者も知らないでごじゃる」
「案内役ぅぅぅ!?」
タケルの叫びが通路に響いた。
その瞬間。
ガコン!
「え?」
足元から重い音がした。
「な、何でごじゃる?」
ゴゴゴゴゴッ!
床と壁が一気に回転する。
「うわああああ!?」
「きゃあああ!?」
「拙者も聞いてないでごじゃるぅぅぅ!」
四人の身体が投げ出された。
そのまま斜面を滑り落ちていく。
「止まれぇぇぇ!」
「無理ぃぃぃ!」
そして――。
どすん!
「いてて……」
タケルが尻餅をつく。
「もう……何なのよ……」
サクラも身体を起こした。
「ここは……?」
アキラが周囲を見る。
薄暗い広間。
天井には、いくつもの赤い提灯が吊るされていた。
その時。
ポッ。
一つの提灯に明かりがつく。
ポッ。
ポッ。
次々と赤い明かりが灯っていく。
「な、なんでごじゃる……?」
チヨもきょろきょろと辺りを見回す。
暗闇の奥から――。
元気な声が響いた。
「ようこそ!」
「タヌキ衆秘密拠点へ!」




